剣と恋と乙女の螺旋模様 ~持たざる者の成り上がり~

千里志朗

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最終章EX 星の英雄

148.少年と機神

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 ※


「どうして、そんな自信満々に断言出来るんですか?」

 ゼンには、甚だ疑問だ。

 あんな、星を破壊出来るとんでもない怪物が、一体でなく三体もいた。

 ラグナロク神々の黄昏は、他の機動装甲兵装(エインヘリヤル)よりも大き目だが、その大きさはヴォイドと比較すると、魔竜と大人の冒険者よりもまだ差がある。

 戦いとは、敵味方の大きさ比べではないとは言え、あちらが抱えている魔力(マナ)総量も、相当なものに思える。

 直接対峙すれば、自分との差が分り、対策が練れるかもしれないが、映像越しでは、それもままならない。

【そう心配するでない。ラグナロク神々の黄昏は他の機動装甲兵装(エインヘリヤル)とは、見た目は似ていても、まったく中身の違う、別兵器と言っていい程の代物だ。

 出力も桁違い。予想数値だけで、機動装甲兵装(エインヘリヤル)の数十倍、数百倍に達する場合もあるらしい】

「何じゃ、それは。同じ文明の産物で、どうしてそれ程の差が生じるのかや」

【制作者が違う。基本の技術は同じだが、設計思想が根本から違う。

 ムーザルでも天才と言われ、科学万能の世界で魔術師でもある異能の持ち主、アイザック・アシモフが独自の魔術理論と科学の融合技術で造り上げた、ただ一体きりの機体。それが機神(デウス・マキナ)ラグナロク神々の黄昏なのだ。

 それは、乗り手パイロット、の資質、適合率によって大きく変化するのじゃ】

「アイザック・アシモフ……。かなり異世界の情報に感化された文明の様じゃな」

 アルティエールがポツリと呟く。

【魔王と勇者の戦いが、その二百年程前にあり、勇者はムーザルに長期滞在した、との記録がある。機動装甲兵装(エインヘリヤル)等は、それらの影響の産物なのだろう】

 テュール軍神の言葉は、その同意なのだろう。

「ところで、適合率って何ですか?」

ラグナロク神々の黄昏乗り手パイロットの相性、とでも言うべきものがあってのう。それが、他のSランク冒険者ではなく、お主が選ばれた理由じゃ】

「相性……?見た感じ、余り気が合いそうに見えませんでしたが」

 毒々しい色のラグナロク神々の黄昏を思い浮かべる。色が、あの忌まわしい記憶のオークキングと似ていて、好きになれそうもない。

【それを測れる機械があるのじゃよ。ラグナロク神々の黄昏自体が強い力を保持しているから、乗り手パイロットにもそれなりの力量を求められる。適合率が50%を超えなければ、ラグナロク神々の黄昏を歩かせる事すら出来ん。ムーザルでは、ついに現れなかった、幻の強者じゃな】

「増々、俺が選ばれるのが、変な気がしますけど……」

【お主がいなければ、儂等は、人の強者を募って、機動装甲兵装(エインヘリヤル)の部隊で迎え撃たせるか、と迷っておった】

「別に、ラグナロク神々の黄昏と一緒に戦わせてもいいんじゃないですか?そうしたら、俺も楽が出来そうですし……」

 自分一人……いや、アルもいるが、単独の機体で迎え撃つのは余りに心細い。

【性能が桁違いだ、と言ったじゃろう。他の機体では、ラグナロク神々の黄昏について行く事すら出来ん。戦闘でも、むしろ邪魔になると予想される】

 なんとなく、『人間弱体党』の襲撃作戦の時に、壁役にまわされた冒険者達を思い出させる話だ。だが、彼等は部隊が取りこぼしたオークやゴブリンをきっちり始末して、その役割をしっかりと果たしていたが。

「その、適合率って、俺の数値はいくつなんですか?」

【……アルティエールの適合率は65%。ゼンの適合率は……80%を超えておる】

(え~と。ぱーせんと、ってのはこの場合、8割として考えるんだったかな……)

「……なんか、妙に高いですね」

「わし、ゼンに負けておるのか……」

【異常な数値じゃよ。アルティエールでも充分高いのだが、副(サブ)にまわってもらい、ラグナロク神々の黄昏とゼンとの同調(シンクロ)の繋ぎをしてもらい、各所の調整や、ゼンでは分からぬ兵器類の操作もして欲しいのじゃ。

 それだけ、ラグナロク神々の黄昏の操縦は難しい。補助脳的な役割じゃな】

「補助……。そうか、ファ〇ィマじゃな!」

「アル、いい加減、異世界のロボネタ止めて欲しいんだけど。緊張感がなくなるよ……」

「ぶうぶう~。ゼンにはその内、遊び心の大事さを教え込まねばならんな」

「まあ、この戦いで生き残ったらね」

 神々は太鼓判を押すが、まだラグナロク神々の黄昏の力を実感出来ないゼンには、これから始まる戦いに、どれだけ勝機があるのか分からない。まだ未知数でしかないのだ。

「同調(シンクロ)ってまさかあの、魂の融合が起きてしまう……?」

 アリシアに怒られたばかりの、膨大な力を生み出す技術。

【いや、それと似てはいるが違う技術じゃ。ラグナロク神々の黄昏に魂はないし、性別の違う男女では、融合する程に魂の同調(シンクロ)は起きんよ】

 ゼンはホっと安堵する。

 要は、ラグナロク神々の黄昏にアルティエールとゼン、三者?が協力して、その操作を行うものらしい。

「それで、ヴォイドは今どこにいるんですか?まさか、もう何処かの都市が襲われたりとかしてないですよね?」

 自分がゴネていたせいで、被害が出ていたら、と流石のゼンも気まずいのだ。

【大丈夫じゃ。前の経験があるからのう。この星系内には、大神(オーディン)が次元転移を妨害する結界がある。奴等は星系外から転移なしで、普通に移動して来なければならん。

 それでも、物凄い速度でこの星を目指しておる。前と同じ3体で、これが奴等の小隊基準なのかもしれん】

 ゼンは、流し込まれた知識で、なんとか星系の意味を把握し、その単位の規模の大きさに、目まいがして来るぐらいだ。

「じゃあ、まだ何日か余裕はあるんですね」

【そうだ。だが、なるべく早く、遠くで迎え撃って欲しい。一体でも、この地に近づけさせてはならん】

「勿論そうしたいんですが、そうなると、その、宇宙空間での戦闘になるんですか?」

 当然、そんな経験のないゼンには、不安要素ばかりが思い浮かぶ。

【それは当然だ。ラグナロク神々の黄昏や機動装甲兵装(エインヘリヤル)には、元から宇宙空間での戦闘も想定して造られておるからな】

「……何でですか?今みたいな外敵を予想して?」

【いや、神を打倒した後、他の星々の侵略を考えていたようじゃな】

「うわ……。完全な侵略国家だったんだ」

 海に沈められた、と聞いてゼンは同情していたのだが、それにはそれなりの理由があったようだ。

【あんな超兵器で、神にもな至らぬ身で、他の星々を手に入れて、神々を気取ろうとしていた。ある程度の民は、他の大陸に移したが、技術者、研究者、学者や政治家どもには、その責任を取らせてもらった】

「……自業自得なんですね」

「よくある話じゃぞ?この星では、な」

 アルティエールは冷めた目をしている。人類の愚考の限りを知る、数少ない生き証人なのだろう。

【もしこの星まで、ヴォイドが到達した場合、お主の師と戦ってしまうかもしれんからな……】

「ああ、師匠のあの技なら、ヴォイドでも通用するかもしれませんね」

 ゼンは、ラザンの空間切断の絶技を思い出し、師への絶対の信頼感から、楽天的な結果を予想してしまう。

【かもしれん。じゃが、儂等が懸念しておるのは、あの技をヴォイドが吸収してしまう場合じゃ。そうしたら、次元封鎖を破る力を、奴等は手に入れてしまうかもしれぬのだ……】

 そんな事は、予想もしなかった。それは、師匠(ラザン)の敗北を意味するからだ。

「……この地に近づけるな、と言うのは、被害の心配ではなく、それの為ですか……」

 神の判断は、間違ってはいないのだろう。前は、一つの星を、世界を犠牲にして、ヴォイドの浸食を食い止めたのだ。

 非常に合理的な、非情な判断だ。

 ゼンも前は、そういう考え方をしていた。自分は、いつの間に変わってしまったのだろうか?

 今は、人死にを出来得る限り出したくないと考えている。神々の判断に、反発している。

「……要は、近づけさせず、あいつらを殲滅すればいいんですよね?」

【んむ?その通りだ。奴等の目標は、ここだからな。それぞれ単独行動を取る可能性もある。各個撃破の機会(チャンス)とも言えるが、一体一体に手こずるようなら、どれか一体を取り逃がす事になるやもしれん】

「それを許すつもりはありませんが、目標がこの星って、あいつらは無差別に星を滅ぼす兵器だったんじゃないんですか?」

【大事な事を話しておらなかったのう。儂等、神々が人とスキルで繋がっていると、お主は前に予想しておったな。あれは、おおまかな意味であっておる。

 そして、冒険者達がヴォイドに吸収された時、一瞬じゃが、奴等の意識にも繋がり、その目的が読めたのじゃよ】

「……それで?」

【奴等の目標設定には、ただ一つ、神を造る星を破壊せよ、じゃった。

 その為の自己強化の為に、他の多くの星々や文明を滅ぼした様じゃが、目的は、ここじゃった、と言うわけじゃ】

 また神への進化、うんぬん、だ。

「何故?何の為に?」

【分らぬよ。それ以外に、奴等は何も情報を持っておらなんだ。だが、わざわざ星の核まで潜って自爆した理由は、そういう事じゃったのだ】

【この無限に近い次元世界の何処かに、我等の創造主に敵対する者がいるのか、創造する者が生まれたから、破壊する者が、対となって生まれでもしたのか、それらは何も分からん。今のところ、予想してそれに対応するしかない】

「……神様にも、分からない事なんてあるんですね」

【それは当然じゃ。よく、神を現わす言葉に、全知だの、全能だのあるが、そんな物は存在しない、単なる言葉遊びじゃよ】

「そうなんですか?」

【知識とは、果てなく続く情報の海じゃ。それを全て知る者がいるのなら、それはもう何もする必要のない者となろう。

 全能も同じ事。何でも出来る者には、もう必要な物など何一つ存在しない。すでに持っているのだからな。そこで完結してしまう】

「………」

【人であろうと、神であろうと、何でも出来る訳ではないからこそ、こうしてあがくのではないかな?】

「そうかもしれませんね……」

 アルティエールには、親しみを持つな、と言われ、前はあれ程嫌っていたのに、今は何故か同意してしまう。

 それだけ、ミーミル知恵の神テュール軍神の演技が上手い、という事なのだろうか。

 よく解らないが、今はいつもの様に、自分に出来得る事を、最大限の力でやり遂げるだけだ。

「……改めて、一つお聞きしたい事があるのですが」

【何じゃね。制約のない今のこの状況でなら、儂が知る事なら何でも答えよう】

「貴方方が、『本流』と呼ぶ可能性の世界、そして、今ここでヴォイドを閉じ込めている可能性の世界。その違いって、何なんですか?」

【……本流とは、無限に枝分かれする可能性の世界で、多くの選択肢を保持しつつ、破滅には行きつかぬ世界、とでも言えばいいのか。何か間違った選択をして、少しよれたとしても、次の選択で挽回出来るような、“猶予”のある世界。行ってみれば、普通の世界じゃよ】

「なら、今のこの世界は?」

【大神(オーディン)が、無理に可能性を狭め、ヴォイドを閉じ込める檻として造った、非情に危険な、可能性の閉塞する世界】

「生贄の羊、ですか」

【言葉を飾らず言ってしまうなら、その通りじゃ】

「なら、別にラグナロク神々の黄昏なんて危険な物を持ち出さなくてもいいんじゃないんですか?」

【それは違う。ヴォイドが、必ずしも前の様に行動し、自爆するかどうかは分からぬ。前とは別の個体、と言う事は、同じ様な自己進化をしていない筈。こちらが予想し得ない様な機能を、手段を持ち、次元閉鎖を破れでもしたら大事じゃ。

 それに、ヴォイドを撃退する方法があるのなら、それを確認するのは非情に重要な情報の一つとなろう。この戦いは、決して無駄ではないのじゃよ】

「……可能性の閉塞する世界って、ヴォイドを倒しても、世界は終わるか消滅するか、するんじゃないですか?」

【かもしれぬ。じゃがそれは、百年先か、一千年先かも分らぬし、何かの可能性を、この世界でも見出して、細々と続いて行く事もあり得る。

 それに、ヴォイドを倒さなければ、あの映像が、この世界でも繰り返される。人が、大勢死ぬのだ。フェルズも例外ではない】

 そう。何もしなければ、ゼンの大切な人達が確実に命を落とすだろう。ゼンにとっては、世界よりもそこが重要な問題だった。

「俺が大神(オーディン)に見せられた本流の世界は、この世界の戦いがあるからこそ、確かに続いて行く、そう思ってもいいんですよね?」

【その通りじゃよ。逆に失敗して、逃げられ、本流を、いや、全ての可能性世界に危機を広めてしまう事にもなりかねんが】

 ゼンは、大きく息をついて、現状の確認を、その目まぐるしく思考する頭脳の中で検討し、答えを模索する。

 ―――結局の所、先程考えた事と変わりはなかった。

(やれる事を、やるしかない、か……)

「アルは、何かしたい事はないの?ラグナロク神々の黄昏に乗りたくない、とか」

 ゼンは、先程から大人しく、余り喋らないアルティエールに話を振ってみる。

「わしか?今のわしには、残念ながら選択肢はないのじゃよ。神が二柱もいて、やれと言われれば、やらぬ事は出来ぬ。それが原初の種族の宿命じゃよ」

【無理強いはせぬぞ】

「ハッ!よくもまあ……。いや、いい。ゼンを一人で行かせるつもりはない。わしが責任を持って、フェルズに連れ帰らねばならぬのが、連れ出したわしの責任じゃよ」

 別に、あれがあったから、この世界にいる訳ではないと思われるが、アルティエールには彼女なりのこだわりや意地があるのであろう。

「……俺としては、凄い助かるよ。自分より強い人が味方にいるって事は、本当に心強い。ありがとう、アル」

「……わしは、お前に謝らなければならぬがな。つまらぬ誤解をして、危うくお前を殺しかけた。すまなかった……」

「それは……うん、凄く危なかった。謝罪はちゃんと受け取ったよ」

 笑うゼンを、本当にすまなそうな顔をして見ているアルティエールは、心中で、絶対の大きな決心をする。

(絶対に死なせはせん。わしの命にかけて……)


 ※


 ゼン達は、改めて格納庫の、ラグナロク神々の黄昏の前に来ていた。

(そもそもラグナロク神々の黄昏って名前が、不吉過ぎる。それだけ神々を打倒したかったんだろうけど……)

「こいつに、名前を付けても構いませんか?」

【名前は、ラグナロク神々の黄昏ではないか】

「余りいい名前じゃありせんし、不吉でしょ?普通に言いにくい名前だし」

【まあ、名前を変えるぐらい、構わんじゃろ。あれは、機体のコードネームみたいな物じゃしな。で、どんな名前にするのじゃ?】

「『ジーク』。やっぱり、悪い魔物を退治するんだから、英雄の名前から取った方がいいでしょう?」

【成程、ジークフリートの『ジーク』か。いいではないか】

 テュール軍神が赤い光を点滅させる。喜んでいるようだ。

「俗な名前を……」

 批判的なアルティエールの言葉を、ゼンはあえて聞かないフリをする。ある宇宙戦争物のネタふりなので、その対応で正解だ。

「じゃあ、お前は今から『ジーク』だ。よろしくな、ジーク」

 ゼンが、その巨大な機神(デウス・マキナ)に呼びかけると、途端に、不思議な現象が起こった。

 ウォン……、と何かの反響音のような音が鳴ったかと思うと、青黒く、不穏な感じを発していた、旧名ラグナロクが、見る見るうちに、その黒っぽさが抜け去り、深く透明な蒼色に変化したのだ。

 心なしか、その不穏な感じすらも、すっかり払拭されている。

「あれ?もしかして、気に入ってくれたのかな?こいつ、自我があるんですか?」

【いや、我等は兵器開発者ではないから、分からんな。色々な魔獣の生体パーツ、つまり素材が使われた、キメラ(合成獣)的な機体ではあるらしいが、この様な反応を示すとは……】

 テュール軍神ミーミル知恵の神も、機神(デウス・マキナ)の意外な反応に驚いていた。

テュール軍神殿、機神(デウス・マキナ)の適合値が、85%まで上がっている……>

<もしや、長き歳月を経て、魔獣達の残留思念が、一つの物に、意志ある物に昇華したのか……?>

 二柱はこっそりと念話を交わし合う。

 考えてみれば、ゼンは従魔を7人もその身に宿す、規格外の存在だ。

 案外、魔物に好かれる体質なのかもしれない、と二柱の神々は思ったりするのであった。





*******
オマケ

それは、
破壊する為に造られた物。
殺す為に造られた物。
奪う為に造られた物。
戦う為に造られた物。
忌まわしき宿命の名を贈られ、それに縛り付けられし物。
呪われた運命にありながら、乗り手すら現れず、見捨てられた物。

突然、その人は現れ、言った。
「お前は今からジークだ。よろしくな、ジーク」
―――……
「スキッ!」

意外とチョロインだった。
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