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最終章EX 星の英雄
166.月面決闘(5)陰陽輪舞
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右から普通に斬りかかっても、剣を切り裂きそのまま偽機神(フェイク・マキナ)を倒せたかもしれない。
しかし、無駄な手傷を負わせただけでは戦闘は終わらせられない。
体力の落ちているゼンは、それを懸念して、敵の虚をつき、確実に相手の中心部を斬る方法を選んだのだ。
(これで、終わる……?)
朦朧とする意識の中で、ゼンがその最後を確認しようと、荒い息を吐きながら見張っていると、偽機神(フェイク・マキナ)は意外な行動に出る。
剣を持つ右腕の、肩関節部が外れ、腕部が剣ごと、まるで一つの生き物であるかのように、勢いよく後方へと回転しながら飛び去り、月面に剣が見事に深々と刺さる。
<しまっ……!>
蜥蜴の尻尾切りの様に自切した。いや、関節部に脱着機能があったのか。本体でなく、末端の方で逃げるとは、流石に思っていなかった。
常識にとらわれ過ぎていたか、とゼンはジークを操り、その右腕を始末しようと動くが、それを、未だ原形を留めていた偽機神(フェイク・マキナ)の本体の方が邪魔をする。切り裂かれ、ズレ落ちた箇所は、まだかろうじて残っている左腕で掴みかかり、本体の下半身は、我武者羅に進路を妨害しようと、こちらにぶつかって来る。
いつものゼンなら、そんな物、軽く躱し、先へ進めていただろう。
だが今は違う。
自由に動かない身体を無理矢理動かしているのだ。その弊害は大きく、結果、ヴォイドが『波紋浸透』で消滅する、数瞬の時間を稼がれてしまった。
剣を地面に突き刺した、右腕のみの、その抜け殻を、ゼンは苛正し気に、収納具から出した実剣の方で斬り、消滅させる。
<逃げられた……。多分、火星の時と同じ様な事をするつもりだろう……>
<往生際の悪い奴じゃな……>
分離したヴォイドは、右腕一本分。
だが、月は火星よりも小さい。
【【………】】
二柱の神々は、黙して語らない。
ゼンにはもう、火星の時のように、追いかけて倒す様な余力がないと見ているからだ。
ゼンは、未だ左腕にある『刃(やいば)無き剣(つるぎ)』に目をやる。
月に同じように星霊がいるのなら、火星の子(星霊)との力の親和性は、高いかもしれない。
<ゼン、止めっ―――>
アルティエールが、ゼンの意図に気づき、制止しようとしたが、間に合わなかった。いや、間に合っていても、ゼンはそれを振り切って実行しただろう。
左腕の『刃(やいば)無き剣(つるぎ)』を逆手に持ち直し、月面に深く深く突き刺した。
そして、自分の持つ、全ての力を、火星の精霊に分けて貰った力も含め、全てを注ぎ込んだ。
(届け…届け……届け………!)
その瞬間、『刃(やいば)無き剣(つるぎ)』はまぶしく光輝き、消滅した。
それは、ゼンの中に戻ったのではない。
具現化した、全ての力を使い切ってしまったのだ。
<………っ>
ゼンは、足首だけの跳躍で、月の上空、引力を振り切って、見下ろせる位置まで上がった。
途中、奇妙な残骸に眼を向けると、それは偽機神(フェイク・マキナ)の使っていた飛行ユニットだった。
アルティエールの魔術で、動力部をやられ、飛行機能がないそれは、動力部の爆発か何かで流されて、ここまで来てしまったらしい。
このまま流されると、母星の重力に引かれる位置まで行ってしまうかもしれない。こんな、何の準備も、操縦する者もいない機体では、大気圏の摩擦で燃え尽きてしまうだろう。
重い頭で考え、放置する事にする。今は他に、見定めなければならない事がある。
今はまだ、何も変わらぬ様子の月を見る。
<セイン、『浄眼』の視界を……>
<は、はい!御貸しします!>
セインは、今にもいなくなってしまいそうな程にか細い、ゼンの心の声に、不安に震えつつ、自分の視界を主(あるじ)に見せる。
<……何じゃ、あの黒々とした、巨大な魚は>
<多分、あれがヴォイドだ。月の内部を食い荒らして、再生してるんだと思う……>
明らかに、片腕部分よりも肥大したそれは、ジークを通して同調(シンクロ)しているアルティエール等にも見える。
月、という海に落とされた、余りにそこには不似合いの、巨大な禍々しい黒い魚。
それは、月面下を、まるで水中であるかのように、自由に泳ぎ回る、存在してはいけない異物だ。
<物質透過が出来るのか。地下は、あいつの独断場なのかもしれない……>
<……能力や特性を、いくらか隠していそうではあったが、とんでもない食わせ者じゃな>
【さて。どうなる事やら】
テュールの口ぶりは、まるで他人事の様だが、自分達にもう出来る事はないと達観しているのかもしれない。
その、傍若無人な黒い魚の前に、同じように巨大な、白き魚が現れる。
<あれは何じゃ……?>
<多分、月の星霊が、奴に対抗する形をとったものだと思う。その為に、火星の子に託された
力を注ぎ込んだんだ>
<少しぐらい、自分の分を残すべきじゃったと思うのだが……。お主、物凄く生命力が低くなっておるぞよ。正直、いつ心臓が止まってもおかしくない位で、おっかないのじゃ>
<……自覚はるけど、出し惜しみして、アレが負けたら、それこそ成す術がない。月毎ジークと暴走して自爆したら、多分、月は半壊、アースティアもどうなるのか解らない……。
今の俺じゃあ、それも出来ないかも……>
<あー、もう辛気臭い話をするな!わしはそんなの認めんからな!お主には、貸して取り立てねばならぬ貸しが、山ほどあるのじゃ!>
<……そこまで貸しを作った覚えはないけど、とにかく、どうなるのか見ていよう>
【月は、世界樹(ユグドラシル)の影響下にある。火星の未成熟なそれとは違い、ある程度以上の力を持っておる筈じゃが……】
そこに、火星の力を分け与えた。決して、容易く負けたりはしない筈だ。
それから、月という、巨大な岩塊の水面下で、白と黒の、巨大な魚が自在に泳ぎ周り、お互いを喰らい合い、駆逐せんとする争いが始まった。
どちらも、片方を喰らう度に大きく成長していく。食われて減った分は何処に行ったんだ、質量保存の法則は?とか言いたくなるが、実際そうなっているのだから、見たままを受け入れるしかない。
それは、まるで現実味の欠いた光景だった。
ユニコーンの視覚を借りているからだろうか。月という、球形の巨大な水槽の中で、獰猛な白と黒、二匹の魚が、お互いを喰らい合い、一進一退の攻防を繰り広げている。
それは、何処か幻想的で、非現実的な、常識の殻を粉砕して行われる、弱肉強食の不気味な見世物のようだった。
黒い魚は、時に分裂して白い魚を包囲するが、白い魚はまるで構わずに、尻尾の一振りでそれを飲み込んでしまう。黒い魚も負けじと、横っ腹に喰らいつき、失った分を取り戻す。
いつ果てるとも分からない、互角の攻防の果てに、白と黒の魚は肥大し、月一杯まで広がって、その勢力図を二分する。
お互いに決め手に欠け、膠着状態に陥ったようだ。
【これは……!】
ミーミルが、感嘆の声を上げる。
【陰陽太極図?!】
それは、偶然なのか必然なのか、陰陽道等における、陰と陽、世界の理の有り様を現わした図に、非常によく似ていた。
白黒二つの勾玉の様な物がが、重なって円となり、両方に点となる部分が1カ所存在する。
<……?>
<東方の帝国の術式や、異世界の知識にもあるじゃろ?>
<……ああ、はいはい。ともかく、互角で固まったみたい、かな?>
<恐らくのう……>
<なら、外側から介入すれば、その均衡は崩せる>
アルティエールはギョっとして、ゼンに抗議する。
<お主、その死にかけの、棺桶に片足突っ込んでいる様な状態で、まだ何かするつもりなのかや?>
<だって、このままじゃ何も終わらないだろ。むしろ、ヴォイドの方が、後から何をしでかすか、解ったものじゃない>
<それはそうなんじゃが、無茶じゃ!無理をするな!>
<……力は、なるべくジークとアルのを使うから、何とかなるよ。多分、きっと……>
使う力は自分のにしない、とゼンは言うが、ジークを操縦するのがゼンである限り、その負担はゼロにはならない。
ゼンは、二人の力で、二本の光の槍を造り、左右それぞれに持ち、構える。
<くっ……いい加減、これで終ってくれ……よ!>
ゼンが投げた槍は、白の勢力にある黒い点、陽中の陰と、黒の勢力下にある白い点、陰中の陽に、正確に投げ込まれた。
効果は劇的だった。
陽中の陰に投げ込まれた槍によって、黒点の力は明らかに弱まり、周囲の白に呑まれ、消えてしまった。
陰中の陽をに投げ込まれた槍によって、白点は確かに力を強め、周囲の黒を押し返し、白の境界まで浸食し、味方の白へと合流した。
互角の均衡を保っていたからこそ、その崩れようは凄まじく、白は黒へ、激流のように流れ込み、黒にはもう、それを押し返す力は残されていなかった。
白と黒の境界線は、脆くも崩れ、なくなり、その衛星の、本来の主である星霊が、月を取り戻した。
その時、月は一瞬だけ、眩く輝き、自己の勝利を祝うように、正しき月の姿に戻れた事を、喜ぶように、自分の存在を主張した。
その光は、アースティアの昼の側でも、ハッキリと見える程の輝きで、まるで昼に二つの太陽が出現したかのようであったと言う。
こうして、月での戦いに、終止符が打たれたのであった。
*******
オマケ
セ「やったぁ!お役に立てました!」
ゾ「セインは魔術師でもあるし、いい眼も持ってるし、汎用性があるよな」
ガ「ゾート殿も、強力なスキルばかりで」
ボ「転移なんて、すっごく便利なスキルだと思うよ」
セ「鉱物の扱いだって、主様にお役立ちスキルじゃないですか~」
ゼ「一周まわって褒め合ってる。仲良くていいね」
ル「………ぉ」
ゼ「あー、ルフが役に立たないとか言ってるんじゃないからね」(汗
ル「……ほんとぉに?」
ゼ「勿論。ルフはまだまだこれからなんだから!」
4人((((主様は大変だ))))
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追記:2025/09/20
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