剣と恋と乙女の螺旋模様 ~持たざる者の成り上がり~

千里志朗

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最終章EX 星の英雄

エピローグ?

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 ※


 それは、暗闇に光が明滅する、いずこかの空間。

 ヴァルハラと呼ばれた場所。

 普通に城であったり、謁見の間や玉座があったりと、明確な場所としてのイメージがしっかりなされていたのが、今やすっかりおざなりで適当になっている。

 それは、アルティエールが神、いや、管理者というものの意味に気づき、その役割に幻想を抱かなくなってからなのか、それとも彼等のいわゆる、世界の破滅要因の駆除、汚れ仕事的な、破壊行為などをよく手伝うようになってからなのか、彼女自身ももう昔過ぎてよく覚えていない。

 他のハイエルフにとっては、荘厳で神々しい場所の筈だ。

 アルティエールがエルヘイムにある原初の森所属なので、神々はそちらの名称、呼称となるが、信仰の違う者が来れば、そこは違う聖地だ。オリンポス神殿であったり、バビロンであったりもする。

 要するに、その場所は『神界』であった。

 ゼンは、まるで無信仰であったので、対ヴォイド戦の時は、アルティエールの信仰が神々に反映されていた。

<―――それで、ゼンの様子はどうなのだ?>

 光の中でもひと際大きく、大いなる存在感を醸し出す輝きが、厳かに告げる。

「どうも何も、私に聞かずとも、“目”はいくらでもあるでしょうに。大神(オーディン)」

 正論だが、アルティエールの態度は不遜で、とても主神に対する態度ではなかったが、それが昔からいつの間にか定着したアルティエールの無作法だった。

 神々の視界は、この世界の生物全て、世界樹によって支えられた世界は、植物側からも覗ける。精霊達も、正しく神のシモベ、使徒だ。見る手段は無数に存在する。

<……見た目と精神状態は、必ずしも一致する訳ではないであろうに……>

 溜息でも洩れて来そうな念話だ。

「……そうかもしれませんが。初日から、余り変わっていませんよ。見る影もなく落ち込んでいます。自室に閉じこもって、婚約者達とも、今は会いたくない、と」

<そう、か……>

「まだあれから五日しか経っておりません。それだけ、彼が自分の出自に、衝撃を覚える事は、予想出来ていたでしょうに」

 冷たく突き放しているようで、その声にはゼンを案じる愛情を隠せていない。こんな場所ではなく、フェルゼンにいたいのに、用件があって来たからアルの機嫌は尚更悪いのだ。

<それは、そうなのだが……>

 管理者達も、彼等なりの懸念を覚えているのは分かる。

「もう彼の提案に乗り気で、善神ぶるのですか?」

 なのにアルの言葉は、辛辣で皮肉気だ。

<ぶるとは露悪的な……。乗る乗らないではなく、神としての行動を演じるのなら、祈りを聞き届ける事に、意味はある、と賛意を示している管理者が、それなりにいるのだ……>

 周囲で輝きをまたたかせている光は、それに同意した神々なのだろう。妙に周囲はざわついていた。

「制約に縛られないのであれば、それもありなんでしょうかね」

<汝の言い方では、まるで反対のようだが?」

「いえ、別に。ただ、管理側にその気があったのなら、制約を受けながらでもやり様はあったのでは、と思うだけです」

 嫌味混じりに言うが、実際それも正論だった。直接の干渉が禁じられているのなら、間接的な干渉をすればいい。実際、そうした例も少数ながらあった。

 アルティエールなどは、正当な理由の召喚があった場合のみ、原初の森から出る事が出来る原則を逆手に取り、竜人族のように、危機に陥った時の眷族へ助力を、始祖である古代竜と交わし、それを約定として、召喚の呪文を教え伝えた。

 それは、単に彼女が外の世界に出たいだけの欲求から、正当な理由をでっちあげる、言わばマッチポンプのようなものだった。危機に一度も陥らない種族等いはしない。

 そうして、同族眷族(エルフ)達以外からの要請にも応え、他のハイエルフよりも多く、アルティエールは外の世界で暴れていた。

 アルティエール程攻撃的で能力の高いハイエルフは、他にはいなかったので、管理者は彼女の、ある程度の逸脱行為や、やり過ぎを黙認していた。自分達の要請にも応えてもらう為だ。

 ヴォイド戦などは、その最たるものだと言えよう。

<……汝は、管理側の信徒である事に、それ程不満であったのか?>

「不満、と言いますか、終わりなき苦行に付き合わされている実感はありました」

<ならば、他のハイエルフの様に、原初の森と同化すれば良かったのではないか?>

「それは、終わりではなく、単なる自己の放棄。そして、永遠なる思索の集団に仲間入りするだけでしょう」

<つまり?>

「植物になってまで、平穏でつまらないだけの生を、永らえたくない、と言っているんです」

<死を望んでいるとは、思わなんだが?>

「……死を望んでいた訳ではなかったのですが、自分が何にイラつき、何を思って戦いを好んでいたか、にようやく気が付けたのです」

<ほう。それが、エイエルフの座を降りる事になるのかな>

「ハイエルフがどうの、ではなく、自分が連れ添いたい相手が見つかった。落ち着ける居場所を得たので、そこに相応しい人種(ひとしゅ)になりたい、と望むのです。

 なのに、何故、私の願いは聞き入れられないで、待たされているのですか?」

 それこそが、アルティエールが苦しむゼンの傍を離れ、こちらに来た真の理由だった。

<……確かに、ハイエルフからエルフへの変化は可能だが、逆は出来ぬのだぞ?>

「存じております。過去にいくつか前例がありますから」

 ハイエルイフからエルフになった者はそれなりにいる。何故、力の劣る下位種になりたがるか、その当時のアルには理解の及ばぬ話だった。

 アルの覚悟が本物で、揺らぎようのない程に堅牢なものだと知って、管理者も、本音で説得しなければならない必要性を認識したようだ。

<……実は、その願いの成就は、ゼンが冒険者を引退するぐらいの、先の話としてもらえないだろうか?>

「は?何故ですか?それじゃ、私はハイエルフのままで、真にゼンの仲間になれません!」

 強者過ぎて、ゼンはクランにもパーティーにも参加させてくれないのだ。

<落ち着くがいい。代用措置はとる。この“指輪”を嵌めれば、汝は弱体化し、多少強めのエルフとなろう。外せば、元に戻るが>

 アルの前に、忽然と銀の指輪が現れる。アルはそれを見るだけで、手に取ろうとはしなかった。

「どうして、そんな面倒な事を?」

<それは、この次元世界が、当初予想していたよりも長く保ちそうだからだ>

「どういう事ですか?可能性が収束するのではなかったのですか?」

<この星、世界の破滅要素は、ほとんどがヴォイド関連の物だった。その為に、次元閉鎖して、この世界にヴォイドを封じ込めたのだから当然だ。

 そして真面目な話、我等は、ゼンがヴォイドを完全な形で撃退、殲滅出来るとは予想だにしていなかった>

 試せる余地があったので、やらせてみた、程度の話だった。

<あれは、あくまで機神(デウス・マキナ)の能力テストの様なものだった。確かに、機神(デウス・マキナ)の力は強大だ。それでも、ヴォイド相手に不慣れなゼンと汝では、勝算はおぼつかない、と試算が出ていた>

 ざわついた雰囲気が静まったのは、それぞれが承知の上の話だったのだろう。

<多少上手く行ったとしても、火星や月を失い、アースティアの自然環境は甚大な被害を被っただろう。その場合、人種(ひとしゅ)が、生物が生きて行くのには過酷な惑星へと、環境が激変する事態になったであろう。

 その場合、この次元世界は破棄。我等が自爆して消滅させる可能性が、70%以上あったのだ>

「……でも、現実は違った」

<そうだ。ゼンは、自分の生命力、全てを消費尽くしてでも、ヴォイドを倒し、この星を、世界を救う事に貢献してくれた。お陰で、この世界が破滅する因子は、現状ほとんどないと言ってもいい。

 我等は、星を救った英雄に、あの3つの願いだけでは、釣り合わない報酬だと考えている。

 そこで、この世界でも有数の上位者であり、ゼンの伴侶の一人でもある汝には、もしもの時、ゼンを護れるぐらいの力を温存しておいて欲しいのだ。

 この世界には、ヴォイドとまでは行かなくとも、竜種や魔獣、幻獣等、強大な適性生物はいくらでもいるからな>

「私に、いざとなった場合、ゼンの護衛をしろ、と」

<そういう事だ。引き受けてはもらえないだろうか?でなければ、汝にも不利益な事態が訪れる事は間違いない>

「恐喝ですか……」

<脅す訳ではないが、汝が断るのなら、上位の種族の、強者の乙女を複数送らねばならん>

「なんで乙女を、しかも複数なんですか?!」

<乙女なのは、希望者を募れば、自ずとそうなるからだ。分かるであろう?複数なのは、汝程の強者ではないからな>

「クッ……卑怯な……」

<管理者を卑怯呼ばわりするでない。人聞きの悪い……。これは、純粋な依頼だ。受けてもらえぬのなら、代案を実行させるだけの事>

 まるで、人質を取っての政治交渉のようだが、アルティエールがことさら騒ぎ立てている程悪辣な話ではない。

 こうなると、アルティエールに拒否する選択を取る訳にはいかなくなる。ただでさえ、彼の周囲には、彼を慕う者で溢れている。現状でも多過ぎるのだ。

「……分かりました。仕方なく、その依頼を引き受けますが、私の願いは、事実上、棚上げ状態になります」

 アルは仕方なく眼前の指輪を取る。

<何か他に、叶えて欲しい願いでもあるのか?>

「女神の方々に、余り適当な理由をこじつけて、ゼンの周りに来させないで下さい。自重させるように」

 周囲の光が、ギクリと言わんばかりにいくつか明滅した様に見えたのは、アルの気のせいではないだろう。

<ふむ。あい分かった。その方向で善処しよう>

「それ、どこぞの政治家が適当に誤魔化す時の常套句では?」

<我は意見する。注意もする。しかし、今の世界は、我等にとっても予期せぬ自由を手にしてしまった世界なのだ。完全に統制が効くものでもあるまいて>

「開き直られても、困るのですが……」

 アルはぶっすぅ、と渋い顔をする。

 逆にホっと安堵する様な雰囲気が、周囲の一部から感じられる。

<とにかく、当面の方針と、アルティエールの報酬面での話はこれでいいとして、汝には、ゼンの精神面を癒す、救う手だてに当てはあるのか?>

「……彼は、自分に知らされた事情以上に、自分への自覚に欠けています。それは、管理側、神々も同様と思われます」

<??汝は、我等が感知し得ぬ事情を知ると申すのか?>

「そうです。あるいは、ミーミル知恵の神テュール軍神は気づいているかもしれませんが」

<戦いに同行した二柱が?>

「本来、『〇〇』は弱い存在です。神々の加護がない、スキルの芽生えない個体であれば、当り前の話。その為に、そうと知れるその前に、『〇〇』は消えていなくなっている事の方が多い、そうですよね?」

<……恐らくはな。観測された例も極少数の為に、我等は予想をするしかないが>

「ですが、ゼンは強い。強く成長し、人の強者とも充分渡り合える存在となっている。それは何故か。それは“ゼン”が“ゼン”であるからだと、私は思っています」

<??それは、哲学的な話か?禅問答か?>

「似たようなものかもしれません。ともかく、私はゼンが『〇〇』であるから愛した訳でもなんでもなく、彼の周囲の者も、そうである、という事です」

<……ほう>

 また周囲の光がざわめくのを感じる。

「その事実そのものが、彼に納得させられるのなら、改善は容易だと思われますが、あの少年は、自己卑下がひどく、簡単にその事を受け入れられないでしょう」

<ならば、いかにして>

「その時は、荒療治になりますが、ちょっと私が、過激に元気づけてあげますから、大丈夫です!」

 アルがない胸を張る。

<アア、ナルホド。その……凄く汝らしいやり方であろうな……>

 力技こそが、彼女の彼女らしいところ、ハイエルフらしからぬ気性なのだから。

<ところで、我は常々不思議に思うておったのだが―――>

「何でしょうか?」

<汝はその……何故、普段は年取った老人の様な口調をする様になったのだ?今の方が、素であろうに>

「ああ、それは長き年月を生きた種族はそうするものであると、聞きましたので」

<そのような決まり事があったか?>

「異世界の知識です」

<アア、ウン、ワカッタ>

「確かに、不老不死や長命な者は、それに相応しき言葉を使わなければならぬ個性なのだと。まったくもってその通りですね。私も、結構気に入っているのですよ」

<本人が気に入っておるのなら、それで―――>

 話は終わった。

 何故か問答無用に、アルは神界からはじき出された。

 それもどうでもいい話。

 ハイエルフは、そこからすぐに、自分の愛しき者が待つ世界へと転移した―――













*******
ここに小ネタを入れるのも変なので。
読了いただき、本当にありがとうございました!
3月末からの連載なので、大体8カ月ちょっと、でしょうか。
途中、何度か中断もしました。ifルートではありますが、一応の第一部終了です。
次が第二部、となりますが、とりあえず、年末で帰省などもありますので、他のをはさんだりして、やるとしても来年のいつからか、となる筈です。
期待、して待ってくれる方々がいれば良いのですが~。
でもとにかく、たくさんのPVに支えてもらいここまで来れました!またお会い出来る日まで~
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