剣・恋・乙女の外伝 ~『流水の弟子』の修行・大陸放浪編~

千里志朗

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第1章 魔の森編

005. 修行の日々(4)

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 ※


 ところで、ラザンとゼンが森で野営をしている最初の日、ゼンはゴウセルに持たされた、二人用のテントを出して、てっきりラザンも一緒にそこで寝るのだとばかり思っていたのだが、ラザンはキッパリとそれを断った。

「“俺とじゃ”、お前は眠れんよ。俺も一人用のテントがあるから、そっちで寝るさ」

 その理由は、その夜すぐに分かった。

 ラザンは寝る前、いや夕食時から酒を飲んでいたのだが、寝る前も晩酌として酒を飲む。しかも恐ろしく大量に、だ。

 その匂いはテントに籠り、テント内は酒蔵か何かの様に、アルコールの匂いで充満される。五感、鼻も耳も効くゼンでは、到底耐え切れないものであった。すでにテントその物にも匂いの残滓がしみついていた。まだ幼いゼンでは、匂いだけで酔ってしまうだろう。

 しかもその後、ラザンは壮大なイビキと歯ぎしりを響かせて眠るのだ。

 大き過ぎて、そのテント周辺はビリビリと震え、太鼓の様な打楽器を複数同時に目茶苦茶な組み合わせで鳴らし続けている様なものだった。

 初日、それでゼンは一睡も出来なかった。

 ゼンのその様子を見て、「スマン、スマン」とラザンは豪快に笑いながら謝り、自分のテントに遮音結界の魔具を設置するのを忘れていた事を説明した。

 遮音結界は、その周囲に真空の膜を結界として作り出すもので、それを設置すれば同時に匂いも洩れなくなるのだ。(それも完全とは言えない事を、ゼンはその夜の内に知る…)

 と、いう訳で、二人旅であるのに野営の時、二人は別々のテントで寝るのが基本となり、その後も最後までそれが変わる事はなかった。

 その時のゼンはまだ知らないのだが、そうした環境は、ゼンにとっても好都合であった。

 広めのテント内で、魔石や素材の整理、そして自主練と、“従魔の世話”が心おきなく出来るが為に……。

 ラザンとゼンが昼間に倒した魔物は、ラザンが適当でいい、というので、数が膨大過ぎた事もあって、低級の物は魔石のみ、中級以上で食材としての肉が取れるものは、ある程度ゼンが解体して収納具に入れ、日々の食材として消費された。

 夜中、別々になったのは、それらの魔石や素材の整理と、ゼンが一人でこなせる自主練、リュウ達が考えてくれた、上半身重視の強化鍛錬を行う時間となった。

 旅の中盤、パラケスが合流するまでは、ゼンの収納具には時間遅延系の魔術はかかっていないので、普通の日持ちしない食材はどんどん消費していかなければ腐ってしまう。

 だから、ゼンは勿体ない、と思いながらも解体して切り取る肉には、自分と師匠がすぐに食べ切れる分しか取れず、他は泣く泣く諦めるしかなかった。

 干し肉として加工もしたい所なのだが、ラザンがそんな時間は無駄だと切り捨てる。必要であれば、村や街で買え、と。

 ラザンにとってそれらは、ゴミ同然の価値しかないので、平気な顔で放置出来るのだが、下級冒険者のポーター荷物持ちをしていたゼンとしては、例え安くとも、売れる素材、食べられる食肉を諦めるのは、貧乏性で節約癖のついた彼には、断腸の思いであった。

 ラザンは、解体すらしない、素材放置主義。やる気がまるでない怠け者冒険者だった。

 それで今までどうしていたかと言うと、魔石ぐらいは刀でくり抜く。多少は高く売れそうな魔獣等は、大容量の収納具にそのまま入れ、ギルドに丸投げするか、闇業者に丸投げするか、なのであった。

 そして、ギルドから高評価を受けたり、貢献度が高いと見なされたくないので、税金分、必要最小限の素材や魔石しか、冒険者ギルドには渡していなかった。

 そのくせ、勝負事になると、負ける事を嫌い、闘技会でも上位の冒険者になってしまうので、ラザンは、強い癖に仕事をほとんどこなさない、問題児の冒険者として、ギルドマスターから毛虫の如く嫌われていた。

(冒険者の税金関連は、その国のギルドから全て支払われており、それは冒険者の報酬からキッチリと差し引かれている。なので冒険者は、その手の面倒な事は考えずに仕事が出来る仕組みになっていた。

 期間内に規定の仕事をこなさない場合、それは税金も未払いとなってしまうので、その冒険者は冒険者資格を失い、ただの一般人となる)


 小まめで几帳面で貧乏性なゼンは、この旅で、主に師匠が倒した素材、そして少量の自分の分、魔石の管理、整理、その売買まで全てを一手にこなす事となる。

 まさに、優秀で真面目な得難い従者であり、有能な愛弟子となるのだった……。


 ※


 どす黒い、緑の肌をした鬼の小人、攻撃的なに顔を醜悪に歪めるゴブリン小鬼だ。

 ラザンにとってはどうでもいい、吹けば飛ぶ様な雑魚であったが、まだ幼く力の弱いゼンには、丁度いい相手だ。

 普通の村人でも男なら、一対一で倒せなくもない魔物だが、奴等は基本、集団行動で活動する、群体動物の様な習性がある。

 そして、すばしっこく、敏捷で狂暴、小柄な特性を生かして、とにかく手数と数の利で攻めて来る。余り頭は良くないが、普通の人間には充分に脅威となり得る相手だ。

 メスが生まれない、という種族特性が、繁殖の為に他種族のメスをさらう、その悪辣さに輪をかけて、危険度を上げている。

 見かけたら、即時殲滅対象だ。

 そんなゴブリン小鬼も、この魔の森内では頻繁に見かける。何処かに大きな村でもあるのだろう。その内潰しに行くか、とラザンは、アリの巣でも壊す様な軽さで考える。

 ラザンは適度にゴブリン小鬼の首を飛ばし、後ろにいるゼンの方に何匹か行くように調整している。

 こんな小物、ラザンが威圧したら、硬直し、失禁して気絶してしまう。遠方なら、絶対に近づいては来ないだろう。今は“気”を抑えているので、人間に対する攻撃本能をむき出しで襲い掛かって来る。

 ラザンはゼンの様子を見ながら、片手間でゴブリン小鬼を排除する。

 腕の振り、身体の捻り、踏み込み、移動の速度に体重を乗せる工夫、今まではそれなりに手こずっていた複数のゴブリン小鬼を、首や腹等の弱い所を狙いつつ、巧みに威力のある一撃で攻撃している。

 悪くない。満点、とまでは言い難いが、確実に上達し、成長している。

 舌を巻く思いだ。やはり、自分よりも余程成長速度、上達速度が早い。

 もし同い年の入門者として並んだら、嫉妬で目も眩まんばかりに胸を焦がすだろう。弟子で良かったぜ、等と密かに考えている。

 ラザンとゼンが、総数三十体以上のゴブリン小鬼を無難に全滅させると、軽く一息つく。

 ゼンはゴブリンの魔石を死体の山の中を速足で移動し、いちいち全部採取している。

 ゴブリンの魔石なんぞ、二束三文にしかならんものを、とラザンは呆れ返る。

 とにもかくにもその作業が終わったゼンに、ラザンは修行を次の段階に進める、と宣言した。

「じゃあ、いよいよ“気”の修行ですか?」

 ゼンが意気込んで師匠に詰め寄る。リュウ達も使っていた闘気術を、自分も習えると心待ちにしていたのだ。

「あ~、いや、すまん。その前に、もうひとつやっておく事があった」

 全然すまなそうな顔をせずに、ラザンは平気でゼンの希望を打ち砕く。

「……もうひとつ、ですか?この前もそう言ったような」

「だからスマン、と言ってるだろーが。

 最後にやる技、型を教える。それも駆使して、お前さんの動きを完成させればいい」

「最後の、型、ですか?基本は一通りやったんじゃ?」

「一通り、ではあるが全部じゃない。いきなり全部覚えられる訳ねぇーつーの。基本の外殻をやったぐらいで、中身はまだまだあるからな。で、取り合えず、基本を覚えてからやる技術があるんだよ。それまでとはまるで違うからな。

 それは、―――腕以外、剣以外の場所を使ってやる。その一例が、足技なんだが」

「足、ですか?」

 ゼンが不思議そうな顔をする。前言っていた、“歩方”とは違うようだ。

「なんだ変な顔をして。剣術は、剣以外は使わないとか、つまらん常識、固定観念に捕らわれた事は言わんでくれよ。基本、この世界の武術は全て、人以外の、魔物、化物を相手にする為の技だ。

 魔物は、腕が2本と決まったものばかりではない。基本、人外の化物達だ。尻尾だって使う奴もいる。こちらも使える部位は、全て使っていかにゃあ割に合わんのよ。

 『流水』も、お上品に剣だけ使って綺麗に戦うだけの剣術じゃないって事だ。こっち(大陸)の流派でも、脚は多少は使う筈だぞ」

 と、またラザンは人の悪い、ニヤニヤ笑いを浮かべる。

 どうしてそう、皮肉気な笑いと言い方ばかりするのだろうか、とゼンは思うのだが、爽やかに笑うラザンも想像出来ない。

「そもそも、剣ってのは、人の上部についた腕を使って剣を持つ、が故に、下方に隙が多い。だからそれを、剣でいちいち防ぐんじゃなく、脚で防御し、更にやり返す事が出来る様にもするのが理想だ」

 随分と乱暴な言いざまだが、内容は分からなくもない。

「鍛錬だが、木剣は使わない。徒手空拳でやるぞ」

「何も持たない?それって、武術ですか?」

「いや、剣なしで『流水』もやる。お前はまだ、表面的な動きのみだが。あれは、別に剣がなくても出来る。それに、手以外の動きを覚えるには―――お、いい教材が丁度来たな。お前は運がいい」

 ゴブリン小鬼の血の匂いでも嗅ぎつけたのか、そこに重い足音を響かせながら現れたのは、血色の良い肌の色をした、大き目のオーク豚鬼だった。森の木々をかき分け、重そうな巨体を震わす。

 身の丈2メートルは軽く超えている。普通のオーク豚鬼よりも大きいのは、戦士級なのか、オーク豚鬼の上位種なのかはゼンには分からない。

「迷宮(ダンジョン)のDオークより弱いんだが、まあ仕方ない。見ていろ」

 ラザンもゆっくりとオークの方に歩み寄る。

 ゼンに見本を見せる為で、身体強化も完全に解いた。それでも大した相手ではない。

 オーク豚鬼は鼻息荒く、獲物でしかない人間に、持っていた大型の戦斧(バトル・アックス)を叩きつける。

 ラザンは余裕でそれを大太刀を持った片手で受け止めた。

「こうして、相手と互角のつばぜり合い、押し合いになったりした時に……」

 脚で蹴るのだろうか、と思ったゼンの考えとは違い、ラザンはヒョイと剣を引いて、その意表をつかれつんのめったオーク豚鬼に頭突きを喰らわせた。

 鼻面をへし折られ、オーク豚鬼が攻撃された部位を片手で押さえ、身を引くそこで鞭のような下蹴りが、左右一回ずつ、放たれた。威力があり過ぎて、オーク豚鬼の両足、ふくらはぎ部分が砕けた。

 鼻面を押さえたまま、立っていられなくなったオーク豚鬼は後方に倒れ込む。

「かぁーっ、なんつう弱い骨してんだ!カルシウム不足してんじぇねぇーのか?」

 手本を少ししか見せられず、ラザンは不満げに顔をしかめる。

「役立たずが……」

 ラザンは容赦なく、倒れて苦痛に呻くオーク豚鬼の胸骨を踏み潰してとどめを刺した。

「一応はこんな感じだ。腕が塞がれば、頭、脚、腕だって、肘打ちをしてもいい。“何でも”していいんだぜ。とにかく、空いている四肢で攻撃しろ」

 実例と、それをこれから習う自分との格差があり過ぎて、ゼンは困るしかないが、もうそれは最初からなので仕方がない。

 黙って頷くゼンを見て、ラザンも満足気に頷く。

「よし。ここだと又他の邪魔が入るかもしれん。野営している場所まで戻るか」

 丁度いい見本、と喜んだ癖にいざ終るともう邪魔者扱いだ。

 師匠の気紛れで破天荒、無茶苦茶な発言にも、ゼンは慣れつつあった……。

 










*******
オマケ劇場

ミ「新キャラって、出せばいいもんじゃないと思うですの」
リ「……女性キャラらしいわよ」
ミ「安易!〇ね!遅筆者!ですの!」
リ「……これって自虐よね」
ミ「意味ないですの」
リ「それはそれとして、幕間的な、番外の話も書いてるらしいわ」
ミ「本編進めてミンシャ出せ、ですの!」
リ「……そっちで出る可能性もあるわよ」
ミ「?なんでですの?」
リ「主様と、その……の、イチャイチャを書くらしいから」
ミ「え……?」
リ「感想に準じて、って訳でもないけど、そういうのが少ない、まだそこまで話が進んでないキャラのも書いていくらしいから。始めはザラ様ね」
ミ「……本編でそこまでいってない、あたし達も?」
リ「そう。可能性はあるわ。ただ、EXで私達はその…確定したから、後回しではあると思うの」
ミ「…もしかしてここ、予告変わりに使われてるですの?」
リ「そういう事みたいね」(ため息)
ル「お?じゃあ、まだなにもない、るーに、かのうせい、あるお!」
リ「それは否定しないわ」
ミ「なんでですの~~~!」
(忠犬の雄叫び)
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