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第1章 魔の森編
016. “欠片”
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烈皇神聖帝国の皇帝・虞麗沙(グレイシャ)が、ラザンに謎の捨て台詞(ゼリフ)を残して飛び去って行ってから、すでに小1時間は過ぎていた。
皇帝の強烈な気勢に当てられたゼンは、しばらく酩酊している様にフラフラしてからまた意識を失い、しばらく目を覚まさないでいた。
それも仕方なき事。
まだ“気”の扱い方を習ってすらいない無防備な子供が、最強の霊獣・麒麟(きりん)の霊気を浴びたのだ。それが攻撃的な意図を持って放たれたものであれば、少年の未熟な精神はズタボロに引き裂かれ、元の人格を取り戻す事すら困難であっただろう。
それ程の規模の“力”だ。
『流水』という特殊な流派の達人級であるラザンでなければ耐えられはしなかった。
実際に、目標ではない、“四神”の朱雀を宿す李朱蘭ですら、不意をつかれ、その余波で意識を失っていたのだ。
なので、ラザンはゼンがまだ意識を取り戻さない事、それ自体は心配していなかった。
ゼンのテントに彼を運び入れ、横にして寝かしつけてある。
問題はやはり、彼女(皇帝)が残した捨て台詞(ゼリフ)と、ブツブツと呟いていた言葉、その意味する所だ。
ラザンは地に胡坐(あぐら)をかき片手で頬杖をついて、しばし深く瞑想する。
皇帝はゼンを、“欠片(カケラ)”と言った。
それは、ゼンの生い立ち、出生の謎の答えなのであろうか。
戦いにおける、戦術、戦略などにはいくらでも頭を使うラザンであったが、こういう漠然とした主題の謎解きに関しては、余り頭が働く方ではないし、そもそも使わない。
いつもなら、面倒、の一言で切り捨て、それ以上は考える必要性すら感じなかっただろう。
だがしかし、これは彼の愛弟子に関する重要問題だ。おいそれと放り出していい事柄ではない。
それでも、皇帝の残した言葉は、余りにも断片的で脈絡がなく、ほとんど意味不明だ。
彼女自身、そうと断定出来かねる、とまで言って言葉を濁しているのだ。
いや、それすらも、知略に富んだ皇帝の詐術であって、こちらを惑わす策なのかもしれない。
(……“欠片(カケラ)”ってのは、何を意味する言葉なんだ?)
普通に考えると、陶器の器やガラスか何か、形ある物が壊れたその破片などを指す言葉だ。
しかし、皇帝の勿体ぶった口ぶりからは、それが何か特別な物を意味する、隠語のようなものであるらしい事が伺えた。
(ゼンが、“欠片(カケラ)”……?元が何かは分からねぇが、集めて組み合わせると特別な何かに復元、再生する……なんて、ふざけた意味合いでもなさそうなんだがな……)
ラザンが知る、ゼンに話した国元で発見、保護された身元不明で神々の加護(スキル)を持たない子供達の知識にも、それ程大した情報はない。
ゼンを安心させる為にその話をしてはみたが、その子供達は大抵、身体が虚弱な者や、加護(スキル)を持たないが為に能力が低く、ひ弱で早死にする者ばかりだったらしい。
なので、そのスキル無しな子供達についてはロクな情報もない。
ただそういう子供達がいた、それだけの限定的な情報だ。
親と思われる存在は今まで一人も発見されず、何故そんな子供達が野山から湧いて出た様に現れるのか、学者や研究者にも確たる答えを出せた者はいない。
それは完全に謎に包まれた存在、現象だ。
発見された野山に親なり保護者なりが子供を放置した、と解釈するのが一番自然な話だろう。何処の国でも、貧しさに耐えかね生まれた子供を捨てる親は一定数いるものだ。
だが、その足取りがまったく判明しない、見つからないという事実は普通にあり得ない異常な怪奇現象だ。それが、その子供達の謎をより一層深くしている。
そしてまた、早死にする子供達が、死んだその後、何故かその周囲の人々から記憶が薄れ、はっきり思いだせなくなる、という不可解な謎現象までが起きていた。その為か、そうした子供達の情報を正確に詳しく記した記録等はほとんど残っていない。
ただ、そうした加護(スキル)を持たない、神々から見捨てられた様な子供達がいた、と彼等を保護した一部の人々の口から伝わる、まるで単なる噂だけの様な空虚な言い伝えが残るだけだ。
しかし、山奥の厳しい環境を修行の場とする『流水』の流派では、実際に加護(スキル)無しの子供を何人か保護した事がある為に、それが単なる噂などではなく、歴然とした事実である事を流派の内部では知れ渡っていた。
(ゼンを慰める為に、同じ様な子供達がいる事を教えはしたが、その先に何があるのか、スキル無しの子供とは何なのか、判明している訳じゃねぇ。“神帝”……アイツは、それが何なのか、解明する糸口になるような“何か”を、知っているのか……?)
帝国の歴史は長い。
学問や技術もそれに比例して、周囲の国々よりも一段、二段上まで発展している。
皇宮の地下に収められているという機密の蔵書、記録キューブには、他国にはない特殊な魔術、呪術、方術などの特異な技術が記されていると、まことしやかに噂されている。
恐らく、“四神”の霊獣や、『麒麟』などの事も、そうした国家機密の、秘奥義級の失われかけた古代技術なのでは、とラザンは当たりをつけていた。
(帝国の秘められた全てを知る事の出来る立場である皇帝なら、俺ら国外の庶民では分からん何らかの情報を握っていても、確かにおかしくはないんだが……)
もう一つの問題は、皇帝がその、迂闊にも洩らした言葉の記憶を消した事。特に、その対象であるゼンの記憶を消す事に重きを置いていた様に、ラザンには感じられた事だ。
無理をすれば、ラザンの記憶を消す事も出来た筈だが、彼女はそれに固執していなかった。
(チィ……。こういうややこしい問題を考える事には、ゼンの方が向いてるんだがな……)
ゼンとの付き合いがまだそう長くはないラザンも、弟子にした少年の勘の良さ、一瞬の閃き、頭の回転が異常に速く、物事の理解も早い、その非凡な長所をすでに熟知していた。
虞麗沙(グレイシャ)がゼンの記憶を消したのには、それ相応の意味がある気がする。
ラザンの戦場でつちかった勘は、ゼンにそれ教えるべきではないとチリチリ囁(ささや)いていた。
(面倒な……。だが、アイツが意味のない行動をする訳もない。保留案件だな……)
それと、自分も含め、ゼンが『流水』を継承した時に、自分達の所に来て、また強引に引き取るような事を言っていた事も頭が痛い。ラザンよりもゼンの方に興味が移っている様であったが、どちらにしろ拒絶するしかない話だ。
(……最初はゼンが平凡だのなんだのとこき下ろしておいて、“何か”に勘づくと、あっさりと手の平を返しやがって、現金な皇帝さまだな……)
苦笑混じりに思うが、事態はよりマズい方向に動き出してしまった。
烈皇神聖帝国の皇帝・虞麗沙(グレイシャ)は、最強の霊獣『麒麟(きりん)』を宿している、世界の最高峰の強者に位置すると思われる、超ド級の怪物だ。
それに少しでも抵抗が出来るのは、自分を含め、極一部の達人。冒険者で言えば、S級以上の者でなければ、その相手にもならないであろう。
ゼンがこれから、どれ程修行をしようとも、『流水』を継承出来たとしても、虞麗沙(グレイシャ)を相手にするのは、力不足、実力不足としか言い様がない。少なくとも、十年、二十年以上を修行に費やしたとして、やっとその爪先まで触れられるか、その程度でしかない。それ位の化物だ。
彼女は統治者だ。戦士ではない。ある程度の護身術のような訓練をしてはいる様だが、それはあくまで一応であって、その動きには素人特有のムラやつけいる隙があり、弱点、とかろうじて言える点が、それ位だけだが確実にある。
問題はあの、ただ自身の力を常にたれ流しているだけなのに堅牢過ぎる防御壁が、こちらの普通の攻撃では抜けない事だ。
絶対的なエネルギー量の違いが有り過ぎて、全ての攻撃は、属性の違いや質に関わらず、あの防御壁を貫(つらぬ)く事が出来ない。
物理的な剣技も、特級の魔術、大魔法でも通じないであろう。
つまり、どんな攻撃も本体まで届かず、ダメージが通らないのだ。
(唯一、通じるとしたら……)
ラザンは、 皇帝の袖をわずかに切り裂いた、自分の技の事を考える。
(“アレ”を完全な形で会得出来れば、何とかなるかもしれんのだが、『今』の俺には出来ん。布石を打っておく必要があるな……)
ラザンが顎に手を当て思案していると、目前のテントでゴソゴソと動く気配がした後、少し寝ぼけ眼のゼンが外に出て来た。
「よぉ。意識はどうだ?キツイようならまだ寝ていても構わんぞ」
声をかけられたゼンは、照れた様に頭をかく。
「もう大丈夫だと思います、師匠」
無理している様子もないので、ラザンはゼンを自分の前に座らせゼンの記憶がどこから消されたのかを確かめる為にも、問答を始めるのだった……。
***************************
ラザン
極東の島国から流れて来た『流水』という流派の最後の剣士。
強いけどズボラ、いい加減、だらしない、駄目人間。その他諸々。
ゼン
本来、人間や生物が神より授かる筈の加護(スキル)を持たない不思議な少年。
自分が加入したPTの足手纏いになりたくないと思い、ラザンの弟子となって剣術修行の旅に出た。(まだ序盤)
虞麗沙(グレイシャ)神帝
崩壊しかけた東方の烈皇帝国を再興した偉人。
東西南北の中央に降り立つと言われる最強の霊獣“麒麟”を宿している最強皇帝。
李朱蘭(りしゅらん)
皇帝の近衛、“四神”の一人、南の朱雀。炎の霊獣、不死鳥とも呼ばれる、を宿した、烈皇神聖帝国最強の四武将の一人。武器は朱槍。ラザンに想いを寄せていた。
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