REBIRTH〜国を追われ、名を捨てて〜

1976

文字の大きさ
2 / 90

第二話

しおりを挟む
 近づけばそれは、粗末な小屋であった。
 
——罠ではないか?——
 そんな疑問が頭をよぎる。
 部隊が総崩れとなって以降、俺は何度も何度も、繰り返ししつこく狙われた。
 だからそれは当然の疑問。
 襲撃されるたびに供は減り、ついには俺ひとりだけ。
 本当の意味で、自分の身は自分で守るしかない今の状況だ。

 枯葉の一枚さえも踏まぬよう、油断なく足を運ぶ。
 遠巻きに小屋の周囲を巡りつつ気配を伺い、怪しい影のないことを十分に確認。
 直接入り口へ向かうことはせず、慎重に慎重を重ね、壁に張り付き中の様子を探るべく、俺は聞き耳を立てた……

 ……本来ならそうするべきであった。
 そう、本来ならそうするべきだろう。
 だが、もうどうでもいい。
 そんなことをやる余力など、今の俺にあるはずもなかった。
 そしてこの建物だ、なんと粗末な建物であることか。
 住まう主人を失って、もう久しいのだろう。
 小屋から突き出たデッキの部分など、雨風に晒されたせいだろう、痛みが激しく一部が朽ちて穴を開けていた。
 転落防止の手すりは波打ち、場所によっては倒れている有り様。
 少し離れたところの、おそらく倉庫であったと思われる建物など、ひしゃげて地べたに屋根がくっついているような始末。
 いちいち警戒する必要などないと思える、ひどい荒れようだった。
 心身共にまともな状態なら、こんな気味の悪い幽霊屋敷を思わせるボロ屋になど、踏み込む奴はいない。
 だが、果たして今の俺はまともと言えるだろうか?
 むしろ今の俺にはよく似合う。
 ボロボロでも、夜露や雨がしのげればいい。
 形だけの壁でも、まるで死んだ者たちの恨み言のように聞こえる夜風を防いでくれるなら、それで十分。
 もう、それだけでいい。
 自分のまわりすべてが解放された野天で、安らぎを得ることなどできない。
 まるで落ち着かないのだ。
 不吉に聞こえる鳥や獣の鳴き声、吹きすさぶ風の音は俺を責め立て、落下した果実が地面にぶつかり落ちてぼとりと潰れる鈍い響きは、刎ねられて落ちた腹心の首を思い出させた。
 いつ誰が襲ってくるとも知れぬ、追手の影に怯える日々。
 身体がどれほど疲れ、眠りを求めて止まずとも、神経が張り詰めたままでは決して安らぐことはない。
 疲れは積み重なり、溜まり続け、心地よい目覚めなど決して訪れはしないのだ。

 そんなこんながもう、全部うんざりだった。
 ボロ屋であろうとも、屋根があって壁もあるなら、獣や不吉な黒い鳥に悩まされずに済む。
 さすがに食い物はないと思うが、それでも十分すぎる。
 投げやりになった俺は、とにかく中へと入ることに決めた。
 年月を経て、たわんでしまったと思われるドアは、ひどく渋い。
 上下に何度も上げ下げを繰り返してやらないと開いてくれなかった。
 デッキが朽ちているくらいだ、もうすでに小屋全体が歪みはじめているのだろう。
 俺の立ち入りを拒むようなドアをやっとこじ開け、中へと踏み入る。
 後ろ手にドアを閉めようとするが、開けるときと同様に軋み、完全には閉まらなくなってしまった。
 そんな些細なことは、どうでもいい。
 適当に閉まるだけ扉を引き、それで良しとする。
 家探しすることもせず、部屋の真ん中まで進むと、そのまま崩れるように倒れ込んだ。
 俺はそこで、意識を失った。



「ん、まぶしい、クソッ」
 白い何かが、俺の目を穿つ。
 顔をしかめながらわずかに片目を開けると、まぶしい光が目を刺した。
 たまらずに顔を背け、まぶたを固く閉じた。
 暴力的な眩しさが薄れると、少しずつ目を開けていく。
 そこには、ほこりとも吹き込んだ土とも判然としないようなものが、床一面に積もっていた。
 寝返りを打った跡だろう、俺の近くの床だけ、それがこすりとられた跡がある。
——そうか、昨日は倒れ込んでそのまま……——
 視線を上げると、差し込む光の中でキラキラしたものが舞い踊っている。
 手を伸ばすとそれは、逃げるように方々へと散った。
 屋根を抜ける光の角度からすると、どうやらもう昼近い。
 ずっと碌に眠れなかったのだ、寝坊も仕方がない。
 それだけ疲れていたということだろう。
 身体を起こし、右手で左の肩のうしろを揉む。
 寝過ぎたせいか、傷んだ荷車の車輪のように、肩や背中が軋んでゴリゴリと音を鳴らした。
「……腹が、減ったな」
 だんだんと目が覚めるにつれ、空腹が気になりだす。
 外へ出て、食べられるものを探すことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。 もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。 純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく! 最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。 名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。 絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。 運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。 熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。 そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。 これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。 「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」 知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...