REBIRTH〜国を追われ、名を捨てて〜

1976

文字の大きさ
5 / 90

第五話

しおりを挟む
 娘は座り込んだままだった。
 坂を下って歩み寄り、娘のそばに立つ。
 せっかく大きな恩を売ったのだ。
 引き出せるだけの情報を、少女から引き出したい。
 それによって、俺の今後の動き方が変わってくるかもしれない。
「娘、連れはどうした、いないのか?」
「その前に、一言いい?」
「好きにしろ」
「ここは普通、心配するところだと思うけど。『大丈夫か』とか、『怪我はないか』って」
「フン、しゃべっているだろう。なら、生きている」
「そう、そういうんだ。だったら、あなたの心配をする必要もないわね」
「……で、連れは?」
「今日は一人よ。今までこんなところで襲われたこと、なかったもの」
——女が一人だけでいる。するとここは集落に近いのか?——
「無謀だな、護衛もなしで」
「いつもなら兄と一緒よ。兄は狩人だから。私も兄も、森に詳しいの」
 やはり近くで見ても、年端のいかぬ少女。
 まだ女と言うには若すぎた。
 この娘には、俺に対して含むようなところがない。
 むしろ少々厚かましいくらいで、警戒する素振りの一つもなかった。
 ということは、追手はこいつらの村で俺を探し回ったりはしていないと考えてもいいだろう。
 だが、できれば村の位置だけでも確認しておきたい。
——もしも兵が詰めているような村なら、あとあと面倒なことになりそうだしな——
「狩人か……、あんな化け物じみた熊が出るくらいだ、さぞかし獲物に不自由しないんだろう。だが今回のように、自分が狩られる側にならないよう注意することだな」
「それ、あたしへの小言のつもり?」少女は横を向いて不満げにつぶやく。
「……まあいいわ、あなたには、それを言う権利があると思うし、大人しく今は聞いておきましょう」
 俺はあいも変わらず座り込んだままの少女へと、手を差し伸べてやる。
 娘は遠慮なくそれをつかむのを見て、グイッと引き上げ、立たせてやった。
 正面から向き合う形になると、小柄な少女はうつむいて、頭に手をやる。
 散々追い回されて怖い目にあったのだろう、引っ詰め髪はほつれ、歪んでいた。
 いったん結びをほどき、その紐を赤い唇に咥える。
 頭を左右に振ると、細く長い髪が舞った。
 それを両手でサッと整えてうしろで縛りなおすと、俺を真っ直ぐに見つめる。
「ありがとう、助かったわ。あなたは私の恩人ね。……でも、なんて言うか……、ひどいわよ、その格好。穴だらけで、おまけにひどい汚れだわ」
「ん、まあな。おまえ——」
「——『おまえ』は止めてちょうだい。ジャニス、ジャニスよ。あなたは?」
「俺か、俺は——」
 逃亡者が本当の名前を言うわけにはいかない。
 俺はあたりを見回し、慌てて答えた。
「——ウッド、そう、ウッドだ」
「あら、覚えやすい名前ね。それに、何だか縁もありそう。あたしの村、シャーウッドの村っていうのよ」



 俺は娘を村の近くまで送った。
 娘——ジャニスだ——は、俺に礼をしたがった。
 『私の家に来て』と。
 だが、俺はそれを頑なに拒んだ。
 何も知らない場所に安易に踏み込むことほど危険なことはない。
 これが罠で、少女が俺を嵌めようとしてるなどとは、さすがに思わない。
 だが、万一にも追手に手がかりを与えるような愚は避けたかった。
 本当は喉から、いや、それこそ腹の底から手が出るほどに、礼が欲しかった。
 『食べられる物をくれ』と、恥も外聞もなく言ってしまいたい。
 いったいその言葉が、何度口から出かかったことか。
 命の危険から守ってやったのだ。
 それぐらいの報いはあるべきだ。
 当然のように、そう思った。
 しかしそれと同時に、はじめは『娘を見捨てようとしていた』という負い目もあった。
 『成すべきことを成したまで』と、誇れない自分がいる。
 良いことをしたはずではあるが、経緯を思えば自己嫌悪を覚えずにいられなかった。

 娘を送るために山を下りながら見た村は、三、四十軒程度、ざっくり二百人をこえるくらいの規模に思えた。
 村には櫓のようなものはないし、囲う柵も、門もない。
 本当に田舎の集落という体で、兵士が詰めているようなこともなさそうだった。
 どうやらこの村について、そこまで警戒しなくてもいいように思えた。
「これからどこへ行くの?」
「森に戻る」
「ここまで来たんだから、村に寄ればいいのに。良さそうな村でしょ? 行きたくなった? どう?」
「この格好を見ろ。誰がどう見ても、おまえ、いや、ジャニスを襲ったのは獣じゃなく俺だと思われるのがオチだ」
 ジャニスは声をあげて笑った。
「そんなの気にしなくてもいいと思うけど。まあでも、確かにそう思われてもおかしくないわね。嫌なら仕方ないわ。縁があったら、また会いましょう」
——呑気なものだ。さっきの事件のことなど、もうすっかり過去のことか……——
「いいか、絶対に一人で山に入るなよ。人を襲う奴は、そいつが死ぬまで何度でも人を襲うぞ」

 ジャニスは村へと下りながら何度も振り返り、そのたびに俺へと大きく手を振った。
 その様子を村の誰かが見て、興味を持ったりしないかと不安になる。
 俺はジャニスを見送るのを止め、背を向けた。
 村の状況がわかったことは収穫。
 だが……
 腹が減り、疲れた身体を引きずって坂を上り、あの小屋まで戻らねばならない。
 あの村に下り、謝礼を受ければ、それこそ腹一杯に食えたことだろう。
 感謝され、腹一杯になり、破れのない屋根の下で夢を見て眠れる……
 なまじ人の生活に近付いてしまったために、その想像が止められなかった。

 一人に戻った帰り道は、ひどく憂鬱だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。 もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。 純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく! 最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた

黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。 名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。 絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。 運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。 熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。 そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。 これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。 「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」 知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...