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第十一話

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 翌日、朝早くにジャックはやってきた。
 ジャックは俺に、自分の仕事の手伝いをやらせた。
 狩りの手伝いだ。
 罠の設置、それの見回り、手入れ。
 獣を追い立ててジャックの方へと誘導することもやらされたが、慣れない俺ではろくに上手くいかない。
 せっかくの獲物を逃すためにやっているようなもので、呆れられた。
 またある日には樹木の伐採。
 木を切り倒し、枝を払い、縄を掛けて途中まで引いた(俺は村には行かないから、途中までだ)。
 村の建物の建築、修理のための資材らしい。
 そんなこんなでただ働きをさせられて……、というと、少し違った。
 狩りでは獲物を分けてもらったし、伐採では端材をもらい薪にした。
 毎日ではないがジャニスもやってきた。
 三人で、あるいは俺がジャニスに付き添って、一緒に山菜や果実を採った。
 こういった日々が、ぐるぐると何日も続いた。

 ジャックは俺を騙すと言っていたが、なんのことはない。
 ようは働き手で、手伝い人夫。
 そしてその代わりに、俺はメシを食うことができ、服などの生活雑貨までも手に入れることができた。
 追手から逃げ回ることだけを考え、鬱屈としていた時間が長く続いた俺だ。
 かつての立場とは大きく違う、使われる立場、雑役夫、お手伝い……、ではあるが、むしろいい気分転換だった。
 闇雲に当てなく彷徨っても、なんの目的もない。
 大きな目的こそ無いが、役割というものがあった。
 それになにより安定して食事にありつけるのはありがたい。
 特に昼にはジャニスの料理した、美味いものが食えるのだ。
 いまではもう、出された料理にみっともなくガツガツ喰らいつく必要はない。
 ゆっくりと落ち着いて口に運び、噛み締めて味を感じる。
 それは久しく忘れていた感覚だった。

 朝になるとジャックが、あるいはジャックとジャニスが来て、山で仕事をする。
 陽が落ちる前に二人を村はずれまで送り、小屋に戻る。
 そんな生活が続いた。
 一人では何もできない俺は、事あるごとにジャックとジャニスにからかわれた。
 俺は火のおこし方も知らなかったし、服の穴を塞ぐ方法も知らない。
「どうやって生きてきたの?」と、何度もジャニスに笑われた。
 剣ならともかく、手先の細かい仕事はなかなか覚えられず、できない。
 無理だと何度も投げ出すが、ジャニスはそのたびにすぐ拾い、突きつけてくる。
 そうして俺に笑顔で言うのだ。
「じゃ、食事は抜きね」、と。
 少女にそう言われてしまうと、もう仕方がなかった。
 上手くできない俺を、ジャニスはからかいながらも根気よく教えた。
 
 ボロボロだった小屋も、いくらかはマシになった。
 朽ちかけていたデッキはすべて解体し、取り払った。
 建物内の傷んだ床も、ジャックが俺に説明しながら直してくれた。
 自分の住む小屋だ、任せきりにするわけにはいかない。
 ジャックの仕事を見よう見まねして、いびつながらも自分の手でも少しずつ直していく。
 それを見たジャニスが「なによこれ、ひどい出来ね」と笑い、俺が頭にきて引きはがし、やり直す。
 そんなこともあった。

 そんな日が続いていたが、ある日。
 狩りに出た俺たちは、いつぞやにジャニスを追い回していた怪物熊に遭遇することになった。
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