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第二十八話
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俺たちは走り出した。
村へと続く下り坂を駆けて行く。
「ウッド、すまなかった。殴って」
「気にするな、貸しだ」
「そいつは高そうだな。まあいい、俺の代わりにジャニスにでも払ってもらう」
駆け下りながら、叫ぶように会話した。
——借りているのは俺の方だ。貸しはジャニスを取り戻すこと返す。さんざ世話になった礼、いま返さずにいつ返す!——
ジャックの話では引渡しはこれから行われるらしい。
結局のところ意識しようとすまいと、妹を思う兄はジャニスを救うため、俺を連れ出したかったのだろう。
ならば俺はそれに乗っかろう。
村のためなどクソ食らえでも、二人のためならみずからの血を流そうとも十分すぎる理由だ。
俺たちは村の近くまで行くと、広場が見渡せる丘へ足を向けた。
シャーウッドの村はすっかり静まりかえっているようだった。
炊事の煙さえ上がっていない。
住人たちには外出禁止令が出されているのだろうか。
あるいは、とばっちりを受けないようにするための自主防衛か。
俺たちが今いる小高い丘は、ちょうど村の中央に向かって食い込むかのように突き出していた。
そこから頭を低くして崖に近づき、見下ろすように覗き込んでみる。
見下ろすと向かって左手、すでにシャーウッドの村側は広場の端に来ているようだった。
「間に合ったみたいだな」
どうやらまだ引き渡しはされておらず、相手待ちなのだろう。
広場やそのまわりへ視線を走らせるが、賊はいない。
賊だけでなく、ただひとりの野次馬さえも見つけられなかった。
俺にしてみれば、そのことは都合が良い。
これなら戦いの邪魔は入らないはずだ。
相手の数がわからない。
それが不安な要素だった。
いかに数が多かろうとも、賊に後れを取るような俺ではないつもりだ。
たとえ正面からでも打ち果たしてみせよう。
だが、それは第三者がいなければの話だ。
巻き添えや人質に取られることを避けるには、考える必要がある。
「賊はどっちから来る?」
「南の街道から来て南に帰っていたぞ」
「では村に入る前に迎え撃つ……、いや、それには遅すぎたみたいだな」
俺とジャックが南を見ると、すでにいくつかの動く影が認められた。
「一刻を争う。とにかくここから降りよう」
「任せろ、ついて来な」
ジャックの案内で丘を下る。
こうなれば事は単純。
双方の間に割って入るより無いだろう。
「正面から迎え撃つしかないな」
「……なあウッド……」
「ん? どうした?」
「一つ、問題があるような気がするんだ」
いつもと違って、どうにも歯切れが悪いジャック。
もっとも今日は異常な日。
それも仕方のないことか。
「なんだ?」
「俺は狩りをずっとやってきた。腕に自信はあるつもりだ。でも、あれだ、なんというか、人を射ったことは……」
思わず『いまさらそんなくだらん事を!』と口を開きかけたが、すぐに『それはそうだろう』と思い直した。
ジャックは騎士や兵士ではない。
いくら鍛えられた肉体を持っていても、善良な村人のひとりなのだから。
急ぐ足を止め、男同士で向き合う。
不安は潰しておくべきだ。
「……ウサギと賊、どっちがでかい?」
「は?」
「いいから答えてくれ、ウサギと賊、どっちだ?」
「そりゃ賊だ、考えるまでもない。しかしそんなこと——」
「——では動きはどうだ? どっちがすばしっこい?」
「そんなの比べたことがあるかよ。俺にわかるわけ——」
「——獣ってのは生きるのに必死だよな。楽には獲らせてくれない。奴らには小さな音を聞き分ける鋭い耳があるしな。じゃあ賊はどうだ? 他人の物をかっさらって楽をして稼ごうといういう奴らだ。その二つ、比べることは難しいか?」
「いや、そんなことはない。獣には野生の勘てやつがある。間違いない、ウサギだ」
「今日の狩りの獲物は大きい。ウサギよりもはるかにでかいが、動きは鈍い。名人のおまえなら、いつもよりずっと楽なはずだ。なんせ腕に自信のあるという本人がそう言ってるからな」
「そりゃそうだが、どうもな。なんだか上手く乗せられてるな」
「それはどうだろうな。……いいか、相手はただの獲物じゃない。おまえの妹を狙う汚い奴らだ。そんなのは獣以下だろう、違うか?」
ジャックは目を伏せた。
しばらくすると何度も首を縦に振り、自分に言い聞かせるかのように「獣以下だ」と繰り返しつぶやいた。
「遠慮は一切いらない。どうせ獣以下。いつもの腕に、怒りを上乗せして見せつけてやればいい」
今度は一度だけ、しかし力強く「おう」とうなずいた。
その瞳に、獲物を狙うときの落ち着きが戻ってきていた。
村へと続く下り坂を駆けて行く。
「ウッド、すまなかった。殴って」
「気にするな、貸しだ」
「そいつは高そうだな。まあいい、俺の代わりにジャニスにでも払ってもらう」
駆け下りながら、叫ぶように会話した。
——借りているのは俺の方だ。貸しはジャニスを取り戻すこと返す。さんざ世話になった礼、いま返さずにいつ返す!——
ジャックの話では引渡しはこれから行われるらしい。
結局のところ意識しようとすまいと、妹を思う兄はジャニスを救うため、俺を連れ出したかったのだろう。
ならば俺はそれに乗っかろう。
村のためなどクソ食らえでも、二人のためならみずからの血を流そうとも十分すぎる理由だ。
俺たちは村の近くまで行くと、広場が見渡せる丘へ足を向けた。
シャーウッドの村はすっかり静まりかえっているようだった。
炊事の煙さえ上がっていない。
住人たちには外出禁止令が出されているのだろうか。
あるいは、とばっちりを受けないようにするための自主防衛か。
俺たちが今いる小高い丘は、ちょうど村の中央に向かって食い込むかのように突き出していた。
そこから頭を低くして崖に近づき、見下ろすように覗き込んでみる。
見下ろすと向かって左手、すでにシャーウッドの村側は広場の端に来ているようだった。
「間に合ったみたいだな」
どうやらまだ引き渡しはされておらず、相手待ちなのだろう。
広場やそのまわりへ視線を走らせるが、賊はいない。
賊だけでなく、ただひとりの野次馬さえも見つけられなかった。
俺にしてみれば、そのことは都合が良い。
これなら戦いの邪魔は入らないはずだ。
相手の数がわからない。
それが不安な要素だった。
いかに数が多かろうとも、賊に後れを取るような俺ではないつもりだ。
たとえ正面からでも打ち果たしてみせよう。
だが、それは第三者がいなければの話だ。
巻き添えや人質に取られることを避けるには、考える必要がある。
「賊はどっちから来る?」
「南の街道から来て南に帰っていたぞ」
「では村に入る前に迎え撃つ……、いや、それには遅すぎたみたいだな」
俺とジャックが南を見ると、すでにいくつかの動く影が認められた。
「一刻を争う。とにかくここから降りよう」
「任せろ、ついて来な」
ジャックの案内で丘を下る。
こうなれば事は単純。
双方の間に割って入るより無いだろう。
「正面から迎え撃つしかないな」
「……なあウッド……」
「ん? どうした?」
「一つ、問題があるような気がするんだ」
いつもと違って、どうにも歯切れが悪いジャック。
もっとも今日は異常な日。
それも仕方のないことか。
「なんだ?」
「俺は狩りをずっとやってきた。腕に自信はあるつもりだ。でも、あれだ、なんというか、人を射ったことは……」
思わず『いまさらそんなくだらん事を!』と口を開きかけたが、すぐに『それはそうだろう』と思い直した。
ジャックは騎士や兵士ではない。
いくら鍛えられた肉体を持っていても、善良な村人のひとりなのだから。
急ぐ足を止め、男同士で向き合う。
不安は潰しておくべきだ。
「……ウサギと賊、どっちがでかい?」
「は?」
「いいから答えてくれ、ウサギと賊、どっちだ?」
「そりゃ賊だ、考えるまでもない。しかしそんなこと——」
「——では動きはどうだ? どっちがすばしっこい?」
「そんなの比べたことがあるかよ。俺にわかるわけ——」
「——獣ってのは生きるのに必死だよな。楽には獲らせてくれない。奴らには小さな音を聞き分ける鋭い耳があるしな。じゃあ賊はどうだ? 他人の物をかっさらって楽をして稼ごうといういう奴らだ。その二つ、比べることは難しいか?」
「いや、そんなことはない。獣には野生の勘てやつがある。間違いない、ウサギだ」
「今日の狩りの獲物は大きい。ウサギよりもはるかにでかいが、動きは鈍い。名人のおまえなら、いつもよりずっと楽なはずだ。なんせ腕に自信のあるという本人がそう言ってるからな」
「そりゃそうだが、どうもな。なんだか上手く乗せられてるな」
「それはどうだろうな。……いいか、相手はただの獲物じゃない。おまえの妹を狙う汚い奴らだ。そんなのは獣以下だろう、違うか?」
ジャックは目を伏せた。
しばらくすると何度も首を縦に振り、自分に言い聞かせるかのように「獣以下だ」と繰り返しつぶやいた。
「遠慮は一切いらない。どうせ獣以下。いつもの腕に、怒りを上乗せして見せつけてやればいい」
今度は一度だけ、しかし力強く「おう」とうなずいた。
その瞳に、獲物を狙うときの落ち着きが戻ってきていた。
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