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第四十三話

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 別の木片が、まだあった。
 それはバラバラと樹の上から、ジャニスの上へと落ちていく。
 残像のようにゆっくりと落ちていく木々に向け、俺は飛んだ。
 慌てて駆け出す!
 しかし……
 間に合うはずもなかった。
「ジャニス! しっかりしろ、ジャニス!」
 木片の中に埋もれるジャニスを抱え起こした。
 気を失っているらしい。
 顔にかかる髪や木くずをそっと払いのけ、呼びかけるが反応はない。
 こういうときは動かしてはまずいと言う。
 木片を片っ端から投げ捨てるようにどかし、場所を確保する。
 強く抱いて揺すり、大声で呼び掛けたいがどうにかこらえ、そのままそっと横に寝かせた。
 そして何度もジャニスの名を呼びかける。
「どうしたんだ!」
 俺が大声で騒いでいるのを聞きつけたのか、隣家の住人が心配してやって来た。
 ジャニスと俺のまわりに散らばった薪のような木片を見て、事態を察したのだろう。
「薬師を呼んでくる」と言い残し、急ぎ駆けて行ってくれた。
 俺は気を失っているジャニスに届けと、ただひたすらに名前を呼び続けてやることしかできなかった。



 薬師が来てくれてからは、俺がここでできることはもうない。
 あとのことをよく頼み、立ち上がった。
 ジャニスが怪我を負ってから、もう時間はずいぶんと経っている。
 いるわけはないだろうと思いつつ、このあいだの茂みやその周辺を歩き、我が家が見通せる場所を探してみた。
 ジャニスが怪我をするなど、セスには想像もつかなかったはずだ。
 俺でさえそうだ。
 起こってしまった事態に衝撃を受けるあまり、逃げることを忘れてしまうこともある、そう考えたのだ。
 しかし、この辺りにはもういないようだった。
 あんなことになれば、考えられる行動は三つ。
 ジャニスが心配で即座に飛び出してくる。
 これはすでに消えた選択肢だ。
 呆然として、動けなくなる。
 これも今、可能性をつぶした。
——では、どこへ逃げた? 俺が悪ガキなら、どうする? 村はずれか、川原か? それとも森? ダメだ、俺はここシャーウッド育ちじゃない。だったらもう、片っ端からすべて探すしかない——
 あちこちを駆けずり回り、行き合う人に「セスを見なかったか?」と尋ねていく。
 セスの行方は、ようとして知れなかった。



 結局その日、セスは自分の家にも帰らなかった。

 夕方からは村の男たちが総出で探したが見つからない。
 日が変わる頃には、二次的な事故を避けるため、日が出てから捜索を再開することになって解散となった。
 だが、俺はひとりでそのまま探し続けた。
 セスはあの目だ、気が強い。
 だからこそ逆に責任を感じて追い込まれてしまっては、最悪の自体も考えられるように俺には思えたのだ。
 あの場にジャニスを連れ出したのは俺だ。
 そういう意味では俺にも責任がある。
 幸いジャニスにたいした怪我はなかった。
 打撲はあるが、驚いて気を失っただけのことだ。
 そちらがさほど心配ないなら、今はセスを確保しなければならない。
 仕掛けたセスへの怒り。
 ジャニスを連れ出してしまった、短慮な自分への怒り。
 そして追い込まれたセスへの心配。
 複雑な思いが、俺を夜通し動かしていた。



 月明かりだけを頼りに、忍ぶように探し歩く。
 松明の灯りを遠くにでも認めれば、奴は逃げてしまうかもしれない。
 そう思ったのだ。
 さんざ探しまわり、ようやくセスを見つけたころ。
 すでに空はしらみ始めていた。
 そこは川沿いの崖の下。
 ちょうど川の流れと高低差が相まって、囲まれたようになっていた。
 ここなら一人きりになるには、うってつけの場所だろう。
「よう、探したぞ」
 膝を抱え小さくなっていた影に声をかけると、それはビクッと動いた。
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