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第五十話
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祝宴は進み、酒樽は空になり、食事は食べつくされた。
すでに主役の席はない。
宴がすすめばすすむほどに、結婚式という形は失われていく。
もはや、ただの祭りのひとつだ。
ジャックといえば、はじめはこそ大人しく与えられた主役の席に座り、かわるがわるやってくる村人たちの挨拶を受けていた。
だが宴が進み酔いのまわったいまでは、主役の方があちこちへと歩き出し、声をかけて回っていた。
「ウッド! おまえ、いつ責任を取ってくれんだ!」
「ジャック、おまえ、飲み過ぎだ」
「飲み過ぎ? まだまだこれからよ、乾杯!」
そう言うや呷り、グイッと飲み干されて空になった杯へと、仕方なく酒を注いでやる。
するとジャックはまたすぐ呷り、空にしてしまう。
もっと注げと催促するよう、再び俺の方へと突き出すのだった。
「式が終わって、もう怖いもん無しだな。朝は追い詰められた獲物の兎かと見間違うほど、あんなに震えてたのにな」
「バカ言うな、この俺が震えてなんかいるものか!」
「そうか? まあいい、そういうことにして——」
不意にジャックが俺の腕をつかんだ。
その勢いで俺の杯から水がこぼれてしまう。
「おまえ、これはオヤジの……」と、つかんだ手首をじっと見ている。
それまでの酔いがまるで嘘のように、真顔になった。
俺の右腕には、昨日までは着けていなかったものがあった。
銀の腕輪だ。
盛大に酔っ払っていたジャックではあったが、それに気づいたようだった。
「そうか、ジャニスだな」
「ああ。ジャニスが今朝、俺にくれてな。兄の結婚式に父親を連れて行ってくれと。偶然にもサイズも合うようだし、な」
「そうか」
ジャックはしばらく俺の腕を引いたまま、それを眺めていた。
腕輪を通して、在りし日の父の姿を思い浮かべているのだろうか。
祝いの席に身につける装飾品。
そういった趣は、まったくない腕輪だった。
無骨な幅広で、肉厚。
こすり傷やぶつけた跡だらけで、おまけにくすんでいた。
きらびやかなところはなく、鈍く陽光を反射するだけ。
ジャックと同様に狩人であった、兄妹の父親が常に身につけていたものだという。
だからこそ、これを見たジャックにも、何か思うことがあるのだ。
「オヤジが死んだ時、ジャニスはまだ小さかったからな。寂しがる妹に、思い出の品としてくれてやったもんだ。もっとも成長した俺には、今度は小さすぎて合わなくてよ。それでそのままジャニスに、くれておいたままだったのさ。
そうか、久々に見たな。こいつを連れてきてくれて、ありがとうよ。親父に代わって礼を言う」
「よしてくれよ、べつに俺が感謝されるようなことじゃない。むしろジャニスの方にd言ってくれ」
「ああ、そうだな、うん。
……それはともかく、だ。これをおまえがもらって、どうするんだ? このままだと、セスたちの方が先に結婚しちまうぞ?」
「それは困るな」
「だろうよ。だったら——」
「——奴の剣の上達に使える時間が少なくなってしまう。無理矢理にでも、時間をつくってセスに叩き込んでおくかな」
「……そういう話じゃないだろうが。ま、セスの奴は特別に教えてもらえると聞けば喜ぶかもしれんがなぁ。まあいい、そっちはいいんだ。
ウッド、おまえジャニスと、なんだ、その、やることはやってるんだろ? もう何年も一緒に住んでるんだ。俺よりよっぽど真面目で、おまえが女遊びなどしてないことは知っている。だから兄の俺としては、だ。『早く結婚して欲しい』という気持ちがないかと言えば、それは嘘だ。だが結局は当人同士のこと。俺としては、二人からいい報告を待つしかない。……俺は勝手に、それをおまえがジャニスにもらったのなら、そういうつもりだと思っておくぞ」
ジャックを呼ぶ声がかかり、花婿は別の村人たちの元へと連れて行かれた。
おかげで俺は少しホッとして、ため息をついた。
二人のことを催促されても、結論の出ていないことに答えは返せないのだ。
すでに主役の席はない。
宴がすすめばすすむほどに、結婚式という形は失われていく。
もはや、ただの祭りのひとつだ。
ジャックといえば、はじめはこそ大人しく与えられた主役の席に座り、かわるがわるやってくる村人たちの挨拶を受けていた。
だが宴が進み酔いのまわったいまでは、主役の方があちこちへと歩き出し、声をかけて回っていた。
「ウッド! おまえ、いつ責任を取ってくれんだ!」
「ジャック、おまえ、飲み過ぎだ」
「飲み過ぎ? まだまだこれからよ、乾杯!」
そう言うや呷り、グイッと飲み干されて空になった杯へと、仕方なく酒を注いでやる。
するとジャックはまたすぐ呷り、空にしてしまう。
もっと注げと催促するよう、再び俺の方へと突き出すのだった。
「式が終わって、もう怖いもん無しだな。朝は追い詰められた獲物の兎かと見間違うほど、あんなに震えてたのにな」
「バカ言うな、この俺が震えてなんかいるものか!」
「そうか? まあいい、そういうことにして——」
不意にジャックが俺の腕をつかんだ。
その勢いで俺の杯から水がこぼれてしまう。
「おまえ、これはオヤジの……」と、つかんだ手首をじっと見ている。
それまでの酔いがまるで嘘のように、真顔になった。
俺の右腕には、昨日までは着けていなかったものがあった。
銀の腕輪だ。
盛大に酔っ払っていたジャックではあったが、それに気づいたようだった。
「そうか、ジャニスだな」
「ああ。ジャニスが今朝、俺にくれてな。兄の結婚式に父親を連れて行ってくれと。偶然にもサイズも合うようだし、な」
「そうか」
ジャックはしばらく俺の腕を引いたまま、それを眺めていた。
腕輪を通して、在りし日の父の姿を思い浮かべているのだろうか。
祝いの席に身につける装飾品。
そういった趣は、まったくない腕輪だった。
無骨な幅広で、肉厚。
こすり傷やぶつけた跡だらけで、おまけにくすんでいた。
きらびやかなところはなく、鈍く陽光を反射するだけ。
ジャックと同様に狩人であった、兄妹の父親が常に身につけていたものだという。
だからこそ、これを見たジャックにも、何か思うことがあるのだ。
「オヤジが死んだ時、ジャニスはまだ小さかったからな。寂しがる妹に、思い出の品としてくれてやったもんだ。もっとも成長した俺には、今度は小さすぎて合わなくてよ。それでそのままジャニスに、くれておいたままだったのさ。
そうか、久々に見たな。こいつを連れてきてくれて、ありがとうよ。親父に代わって礼を言う」
「よしてくれよ、べつに俺が感謝されるようなことじゃない。むしろジャニスの方にd言ってくれ」
「ああ、そうだな、うん。
……それはともかく、だ。これをおまえがもらって、どうするんだ? このままだと、セスたちの方が先に結婚しちまうぞ?」
「それは困るな」
「だろうよ。だったら——」
「——奴の剣の上達に使える時間が少なくなってしまう。無理矢理にでも、時間をつくってセスに叩き込んでおくかな」
「……そういう話じゃないだろうが。ま、セスの奴は特別に教えてもらえると聞けば喜ぶかもしれんがなぁ。まあいい、そっちはいいんだ。
ウッド、おまえジャニスと、なんだ、その、やることはやってるんだろ? もう何年も一緒に住んでるんだ。俺よりよっぽど真面目で、おまえが女遊びなどしてないことは知っている。だから兄の俺としては、だ。『早く結婚して欲しい』という気持ちがないかと言えば、それは嘘だ。だが結局は当人同士のこと。俺としては、二人からいい報告を待つしかない。……俺は勝手に、それをおまえがジャニスにもらったのなら、そういうつもりだと思っておくぞ」
ジャックを呼ぶ声がかかり、花婿は別の村人たちの元へと連れて行かれた。
おかげで俺は少しホッとして、ため息をついた。
二人のことを催促されても、結論の出ていないことに答えは返せないのだ。
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