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第五十七話

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 俺の言葉に、セスは先回りするように釈明をはじめた。
 出先で酒は飲んでいない。
 むしろ飲んだのはフィルと意気投合してからのことでと微妙におかしなことを言っていた。
 かつての投石事件のこともある。
 気が早く、手も早い。
 それは若者らしいし、セスらしいとも言える。
「まあいい、言い訳はわかった。剣はともかく、口の方は立派に育ったことがな」
 皮肉でまとめあげられて、セスはさらに反論しようとした。
 が、待たされ通しだった男が、セスの肩に手をおく。
 放っておかれたままだったから、自分から催促したのだろう。
「はっ、これは失礼を。先生、このかたはフィルと申す御方。みずからの剣のみを頼りに各地を旅して回られているとのこと。先ほど申しました通り、『是非に手合わせを』ということで、勝手ではありましたがシャーウッド村までご案内したのです」

 久々の再開であった。
 仲間であり、配下であった男との予想外の出会いに、懐かしさが込み上げてくる。
 どこで何をして、数年を過ごしてきたのか。
 ほかに生きている者がいるのか。
 聞きたいことは山ほどあり、言葉が出ない。
 かつては俺に次ぐ剣技を誇った男だ。
 口だけでなく、剣を交えて語ったことも数限りない。
 セス程度が、かなうはずもない相手なのだ。
 適当に遊ばれたというのが本当のところだろう。
 俺は懐かしさに一歩を踏み出しかけ、しかし思いとどまる。
——フィルは、この男は、俺をどう思っているのだ?——
 俺は身を隠している。
 だからこそこうしてフィルを前にしていても、セスがいることもあり平然を装っている。
 だがどうだ?
 フィルの方はといえば、俺を見て驚く様子が一切無いではないか。
——まさか俺がいると、知っていた?——
 偶然、村にフィルがやってくることなどあるだろうか?
 ましてや今日のゴロつきの騒ぎの直後だ。
 少し落ち着いてくると、再会の興奮は急速に薄れ、そのかわりに疑念が頭をもたげた。
「セス……、俺が他所の村に出向いて、立ち合ったところを見たことがあるか?」
 俺はとりわけセスに目をかけ、可能ならば極力連れ歩くようにしていた。
「それは、ありません」
「ならば安請け合いした責任は自分でとるんだな」
「先生! しかしこうして御足労いただいたのですから」
「招いたのは俺か? 自分の客は自分でもてなすべきだ。他人に歓待を押し付けるなど、聞いたこともないぞ。メシでも食わせて、帰ってもらうんだな」

 その後も食い下がるセスと拒否する俺の間に、落とし所などない。
 しばらくやり取りをするも、とりつく島のない俺にセスは黙り込んだ。
 するとフィルはセスに任せていられなくなったのか、「村のためであれば、いいと言われるか、貴殿は」と言った。
 昔と違うフィリップの言い様に、心がざわついた。
「……俺は、シャーウッドの村人だ」
 いまの立場を明確に、教えるように告げた。
 かつての主従ではない、と。
「村の命と財産を守る。それが俺の務め」
「用心棒、ということですか? ただの村人であるはずのあなたは、村人らしからぬ一風変わったお仕事に就かれているようですね」
「……」
 フィルはいつの間にか短剣を取り出していた。
 セスの首を抱えて極めると、何を思ったのか頬に刃を当てる。
「こ、これは……
 フィル殿? フィル殿、おやめ下さい。このような悪い冗談。先生が本気になってしまいます。先生は冗談が通じぬお方ですから」
 フィルはなだめようとするセスをちらりとも見ない。
 その視線は、ただ俺だけを見ていた。
「冗談が通じぬなら、それで好都合。ではもう一言追加しましょう。
 この男を殺しましょうか? それならば、十分立ち合う理由になるはず」
「俺は茶番に付き合う気はない」
「さて、茶番かどうか……
 私が何をしに、誰に会いにきたのか。貴殿には少し考えればすぐわかることと思いますが、いかがか? ……セス君。君の師はおっしゃった。自分の客は自分でもてなせ、とね。約束の立合いが叶わぬなら、私は君の血でもてなしてもらう。それだけのことだ」
——血の気の多い性格、昔と変わらずか。どうあっても俺と立ち合うつもりか——
「このような片田舎で、農民相手の剣術指南ごっこ。いったいどれほどの仕事ができるものか、大いに興味が湧きますね」
——フィル。この男はなぜ俺を探しに来た? やはり俺を恨んでいるのか? ……恨んでいる、だろうな。当然だ。勝ち馬に乗り損ねたのだから。俺を探しにきた男たち。あれはフィルの使いなのか? 俺に探りを入れに来た?——
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