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第五十八話
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今日の今日という、このタイミング。
なにも関係がないと思うことこそ、不自然な気がしてくる。
使いっ走りで村に来た男たちは、友好的とはお世辞にも言えない奴らだったではないか。
「貴様、なぜ自分から乗り込んで来た? 使いを先に出しておきながら、ゆっくり待てなかったのか?」
「……なんの話ですかな?」
「とぼけるなよ。変わったのは見た目だけ。気の短さは、昔と変わらずのようだな」
「……変わったさ。変わりましたよ。あれから何も変わらずに、生きていけたと思われますか?
異国で手入れの行き届かぬ暮らしでは、自慢の黒髪もただ無惨なだけで、切ってしまうよりほかになかった。いや、髪だけではありません。時には卑しい仕事さえ引き受けて、日銭を稼ぎ糊口をしのいだこともある。だが、それでもマシな方でしょう。
……変わることさえ、できぬ者たちもいたのです。だってそうでしょう? 死んでしまった者たちには、変わる機会さえ与えられない。違いますか」
この男にも、この男なりの地獄があった。
そういうことだろう。
ならば……
「そうか」
俺は二人に背を向け、壁の剣をつかむ。
俺に恨みがあるというなら、この男の望みを叶える義務がある。
「ならば相手をしよう。セスを離せ」
家の中では立ち合えない。
やむなく表で立ち合う事となった。
剣を構え、互いに向き合う。
カンと剣先を軽く合わせると、互いに距離をとって向き合った。
立ち合いを望んだフィル。
避けようとした俺。
先手をフィルが取ったのは、必然であった。
袈裟に切り込み、振り下ろした剣を払い上げ、突き込んでくる。
交わし、払い、体を入れ替えて離れ、ふたたび向き合う。
「腕を上げたな、フィル」
剣を頼みにしてまわっているとは、どうやら本当のことのようだ。
かつてのフィルといえば、キザな性格を表すような綺麗な剣筋。
振り終わりをピタリと止め、音も無くスッと動かし、また静止する。
見栄えを意識したかのように、型を大事にしていた。
当時から腕は立ったが、俺からすれば読み易い剣でもあった。
しかし、いまはそうではない。
より実戦的に、流れを重視したものに変わっていた。
「セス君、よく見ておくがいい。君の先生は大陸一と噂されたほどの凄腕。君が師の強さを主張するのも、あながち間違いではないのだ。もっともそのせいで、敵も味方も大勢が死んだがね」
——チッ、余計なことを言う!——
これ以上は言わせんと自分から踏み込み、喉元へと腕を伸ばして突き込む。
それをフィルは剣先を逸らせつつ、後ろに飛び退きかわした。
チラッとセスへと目をやるが、その瞳に俺の過去をいぶかしむような色はない。
単純に目の前の勝負への興味しかないようだ。
俺がセスに意識を向けた瞬間、フィルはそれを逃さず打ち込んでくる。
鋭い踏み込みの突きに、立ち止まったまま剣を立てて逸らす。
近づいたセスと俺は、そのまま鍔迫り合いになる。
数度押し合ったのち、互いに離れた。
フィルの剣は、まさに現役の感覚だった。
俺はといえば、村では基礎のないド素人に教えるばかり。
戦うといっても、山での獣のみで、人間の強者と戦うという感覚。
明らかにそれが鈍っていた。
体力面では負けるつもりはない。
だが……
「受ける一方では、勝てませんよ、ハッ!」
「言ってくれるな! 短気者の太刀筋ほど読み易いものはない。俺は無駄打ちは、嫌いでな」
フィルが攻め、それを俺がいなす展開が続く。
たしかにフィルの言う通り。
守るだけでは勝てない。
だが、守り通せるなら負けはしないはずだ。
——負けなければ、いい? いや、そもそも俺が勝ってもいいのか?——
フィルは俺を恨んで探しにきた。
決して生き別れの再会を、抱き合って共に泣き、喜びあうためではない。
人質をとるような卑怯な真似をしてまで、俺に剣を抜かせたのだ。
一方で俺はどうだであろうか。
かつての部下たちを探しだすどころか逃げ隠れ、名を変えてシャーウッドの村に潜み、女とひとつ屋根の下で暮らしてさえいる。
ただの一度もかつての配下を探しに出たことなどない。
むしろ我が身を隠すことにこだわった。
そんな事実をこの男が知ったら、いったいどう思うだろうか?
見捨てたも同然ではないか。
そのようなことを聞かされたら、はらわたが煮えくりかえるに違いない。
フィルの重い剣撃の一つ一つが、俺への怨念に思えてくる。
——ならばいっそ、負けてやることもひとつではないか……——
なにも関係がないと思うことこそ、不自然な気がしてくる。
使いっ走りで村に来た男たちは、友好的とはお世辞にも言えない奴らだったではないか。
「貴様、なぜ自分から乗り込んで来た? 使いを先に出しておきながら、ゆっくり待てなかったのか?」
「……なんの話ですかな?」
「とぼけるなよ。変わったのは見た目だけ。気の短さは、昔と変わらずのようだな」
「……変わったさ。変わりましたよ。あれから何も変わらずに、生きていけたと思われますか?
異国で手入れの行き届かぬ暮らしでは、自慢の黒髪もただ無惨なだけで、切ってしまうよりほかになかった。いや、髪だけではありません。時には卑しい仕事さえ引き受けて、日銭を稼ぎ糊口をしのいだこともある。だが、それでもマシな方でしょう。
……変わることさえ、できぬ者たちもいたのです。だってそうでしょう? 死んでしまった者たちには、変わる機会さえ与えられない。違いますか」
この男にも、この男なりの地獄があった。
そういうことだろう。
ならば……
「そうか」
俺は二人に背を向け、壁の剣をつかむ。
俺に恨みがあるというなら、この男の望みを叶える義務がある。
「ならば相手をしよう。セスを離せ」
家の中では立ち合えない。
やむなく表で立ち合う事となった。
剣を構え、互いに向き合う。
カンと剣先を軽く合わせると、互いに距離をとって向き合った。
立ち合いを望んだフィル。
避けようとした俺。
先手をフィルが取ったのは、必然であった。
袈裟に切り込み、振り下ろした剣を払い上げ、突き込んでくる。
交わし、払い、体を入れ替えて離れ、ふたたび向き合う。
「腕を上げたな、フィル」
剣を頼みにしてまわっているとは、どうやら本当のことのようだ。
かつてのフィルといえば、キザな性格を表すような綺麗な剣筋。
振り終わりをピタリと止め、音も無くスッと動かし、また静止する。
見栄えを意識したかのように、型を大事にしていた。
当時から腕は立ったが、俺からすれば読み易い剣でもあった。
しかし、いまはそうではない。
より実戦的に、流れを重視したものに変わっていた。
「セス君、よく見ておくがいい。君の先生は大陸一と噂されたほどの凄腕。君が師の強さを主張するのも、あながち間違いではないのだ。もっともそのせいで、敵も味方も大勢が死んだがね」
——チッ、余計なことを言う!——
これ以上は言わせんと自分から踏み込み、喉元へと腕を伸ばして突き込む。
それをフィルは剣先を逸らせつつ、後ろに飛び退きかわした。
チラッとセスへと目をやるが、その瞳に俺の過去をいぶかしむような色はない。
単純に目の前の勝負への興味しかないようだ。
俺がセスに意識を向けた瞬間、フィルはそれを逃さず打ち込んでくる。
鋭い踏み込みの突きに、立ち止まったまま剣を立てて逸らす。
近づいたセスと俺は、そのまま鍔迫り合いになる。
数度押し合ったのち、互いに離れた。
フィルの剣は、まさに現役の感覚だった。
俺はといえば、村では基礎のないド素人に教えるばかり。
戦うといっても、山での獣のみで、人間の強者と戦うという感覚。
明らかにそれが鈍っていた。
体力面では負けるつもりはない。
だが……
「受ける一方では、勝てませんよ、ハッ!」
「言ってくれるな! 短気者の太刀筋ほど読み易いものはない。俺は無駄打ちは、嫌いでな」
フィルが攻め、それを俺がいなす展開が続く。
たしかにフィルの言う通り。
守るだけでは勝てない。
だが、守り通せるなら負けはしないはずだ。
——負けなければ、いい? いや、そもそも俺が勝ってもいいのか?——
フィルは俺を恨んで探しにきた。
決して生き別れの再会を、抱き合って共に泣き、喜びあうためではない。
人質をとるような卑怯な真似をしてまで、俺に剣を抜かせたのだ。
一方で俺はどうだであろうか。
かつての部下たちを探しだすどころか逃げ隠れ、名を変えてシャーウッドの村に潜み、女とひとつ屋根の下で暮らしてさえいる。
ただの一度もかつての配下を探しに出たことなどない。
むしろ我が身を隠すことにこだわった。
そんな事実をこの男が知ったら、いったいどう思うだろうか?
見捨てたも同然ではないか。
そのようなことを聞かされたら、はらわたが煮えくりかえるに違いない。
フィルの重い剣撃の一つ一つが、俺への怨念に思えてくる。
——ならばいっそ、負けてやることもひとつではないか……——
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