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第五十九話
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数年を経て、行き合ったのはこの男一人だ。
他の者たちは、おそらくもう、生きてはいまい。
ならばこの男の無念を受けて死すとも、他の者たちに不公平ということもあるまい。
「馴れ合いはもういい。そろそろ勝負をつける頃合いではないか?」
「防戦一方で、よくも言えますね」
「俺も貴様も覚悟がある、そういうことでいいな」
「当然です」
いったん離れて向き合う。
互いに円を描くように、右へ、右へ。
息をゆっくりと吐いて、吸う。
——そうだ、その通りだ。俺が負けてやればいいのだ。こいつにかつての感謝こそあれ、俺からの恨みなど一切ない。それでこいつの溜飲が下がるならば、剣に乗せたその恨み、受け止めてやればいい——
そう覚悟を決めてしまうと、ひどく落ち着いてきた。
目の前に、敵意を剥き出しにする男がいる。
今までは剣を交えるその男だけが、俺には見えていた。
男と俺にまつわる過去の複雑な想いが、覚悟を決めたことで急速に消えていく。
すると不思議なことに、俺の視界が急に開けた。
男の背後には、俺が数年を過ごしたシャーウッドの村が広がっている。
俺を受け入れ、癒してくれた、穏やかな地だ。
家々の屋根が見え、今ではその屋根の下に、どんな家族が住むかもわかるようになった。
——戦いの最中に、俺はいったいなにを——
フィルと斬り結び、立ち回りながら、俺はおかしなことを考え始めていた。
どの屋根の下に誰が住んでいようと、男と男の斬り合いの中では、そんなことはどうでもいいはずなのだ。
それなのに、「あの家のガキは幾つになったろうか?」「病に伏せっていた婆さんの具合はどうだろうか」などと、言ってみれば、どうでもいいことを考えている。
勝負の場に、あるまじきことだ。
『ジャニスは今頃、クリスに俺のことを愚痴っているに違いないな』
フッと、肩の力が抜けていくのがわかった。
「何を、笑っている!」
「俺が、笑っているだと?」
「そうだ」
フィルは続けて文句を言っているようだった。
だが、俺の耳には入ってこない。
くだらない小言に、価値はない。
口を動かし続けるフィルの奥には、物見櫓が見えた。
風を見るための吹き流しが、ゆるやかに、流れるように揺れる。
「そうか。笑っているか、俺は」
——そうだな。今はまだ、死ねん。まだセスたちも十分に育っていない。ジャニスに別れも告げていない。こんな状況では、やはり討ち取られてやるわけにはいかん。俺も存外に俗っぽくなったようだ。フィルには悪いが、この勝負、勝たせてもらう——
意思が、力が、身体中にたぎるのを感じる。
全身がたかぶり、ザワっとしたものが体内を駆け巡る。
必要なときに、必要なだけ、必要な場所に……
余計なことは必要ない。
いまはただ生き残る、まだやるべきことがある。
そのために、邪魔になる敵意が、害意が存在するならば、何度でも俺はそれを退けよう。
ただそれだけだ。
「来い‼︎」
俺のやる気があふれる一方で、一転してフィルは動かなくなった。
来いと待つが、微動だにしない時間が続いた。
いまさら来るべき結末に、恐れをなすような男ではないはずだった。
その意がつかめないが、つかむ必要もないだろう。
俺は悠然と背を伸ばして立ち、待ちに徹した。
すると突然、フィルがその場に膝を折るではないか。
剣を鞘に収めて脇に置き、さらには俺へと頭を下げてくる。
俺はといえば不可解な行動に対応できず、構えを解けないでいる。
「……勝負の途中で、いったいなんのつもりだ」
「懐かしいお姿、もう一度この目で見ることが叶うとは、ゆめゆめ思いませなんだ。その立ち姿、身体に纏う凛としたオーラ。まさに、私のただひとりの主人に相違ありません。長の年月、御身をお探ししておりました」
「やめよ、立て、いったいなんのことだ。俺はシャーウッド村のウッド。おまえの探している奴じゃない。やめるんだ」
俺は剣を捨て、慌てて近寄る。
こんなところを村の者たちに見られては困ったことになる。
膝突く男の腕を引いて無理矢理立たせ、砂を払おうとした。
「御手が汚れてしまいます! そのようなこと、どうかおやめください」
フィルは俺の手をつかみ、それを止めさせた。
二人して立ち上がると、セスと目が合った。
目の前で何が起こっているのか、セスには理解できないのだろう。
立ち合っていた二人が突然戦いを止め、馴れ合いだしたのだ。
フィルと俺の昔の関係を知らない青年セスには、理解できるはずもない事態。
「セス君。君の先生は君のいう通りの強者で間違いない。そのこと、かつてこの身で何度も思い知らされたものだ。君の師への無礼な発言、今ここで謝罪しよう。この通りだ」
事態を飲み込めぬセスは、うまく返せず言い淀んでいた。
——セスの前では話ができんな——
フィルとの積もる話は、まだほかの者に聞かせられない内容になるだろう。
「すまないが、外してくれるか、セス」
「しかし、よいのですか?」
セスはしばらく固まったままで動かなかったが、心中に抱えているだろう疑問を俺に問いただそうとはせず、俺の言葉に従って立ち去った。
他の者たちは、おそらくもう、生きてはいまい。
ならばこの男の無念を受けて死すとも、他の者たちに不公平ということもあるまい。
「馴れ合いはもういい。そろそろ勝負をつける頃合いではないか?」
「防戦一方で、よくも言えますね」
「俺も貴様も覚悟がある、そういうことでいいな」
「当然です」
いったん離れて向き合う。
互いに円を描くように、右へ、右へ。
息をゆっくりと吐いて、吸う。
——そうだ、その通りだ。俺が負けてやればいいのだ。こいつにかつての感謝こそあれ、俺からの恨みなど一切ない。それでこいつの溜飲が下がるならば、剣に乗せたその恨み、受け止めてやればいい——
そう覚悟を決めてしまうと、ひどく落ち着いてきた。
目の前に、敵意を剥き出しにする男がいる。
今までは剣を交えるその男だけが、俺には見えていた。
男と俺にまつわる過去の複雑な想いが、覚悟を決めたことで急速に消えていく。
すると不思議なことに、俺の視界が急に開けた。
男の背後には、俺が数年を過ごしたシャーウッドの村が広がっている。
俺を受け入れ、癒してくれた、穏やかな地だ。
家々の屋根が見え、今ではその屋根の下に、どんな家族が住むかもわかるようになった。
——戦いの最中に、俺はいったいなにを——
フィルと斬り結び、立ち回りながら、俺はおかしなことを考え始めていた。
どの屋根の下に誰が住んでいようと、男と男の斬り合いの中では、そんなことはどうでもいいはずなのだ。
それなのに、「あの家のガキは幾つになったろうか?」「病に伏せっていた婆さんの具合はどうだろうか」などと、言ってみれば、どうでもいいことを考えている。
勝負の場に、あるまじきことだ。
『ジャニスは今頃、クリスに俺のことを愚痴っているに違いないな』
フッと、肩の力が抜けていくのがわかった。
「何を、笑っている!」
「俺が、笑っているだと?」
「そうだ」
フィルは続けて文句を言っているようだった。
だが、俺の耳には入ってこない。
くだらない小言に、価値はない。
口を動かし続けるフィルの奥には、物見櫓が見えた。
風を見るための吹き流しが、ゆるやかに、流れるように揺れる。
「そうか。笑っているか、俺は」
——そうだな。今はまだ、死ねん。まだセスたちも十分に育っていない。ジャニスに別れも告げていない。こんな状況では、やはり討ち取られてやるわけにはいかん。俺も存外に俗っぽくなったようだ。フィルには悪いが、この勝負、勝たせてもらう——
意思が、力が、身体中にたぎるのを感じる。
全身がたかぶり、ザワっとしたものが体内を駆け巡る。
必要なときに、必要なだけ、必要な場所に……
余計なことは必要ない。
いまはただ生き残る、まだやるべきことがある。
そのために、邪魔になる敵意が、害意が存在するならば、何度でも俺はそれを退けよう。
ただそれだけだ。
「来い‼︎」
俺のやる気があふれる一方で、一転してフィルは動かなくなった。
来いと待つが、微動だにしない時間が続いた。
いまさら来るべき結末に、恐れをなすような男ではないはずだった。
その意がつかめないが、つかむ必要もないだろう。
俺は悠然と背を伸ばして立ち、待ちに徹した。
すると突然、フィルがその場に膝を折るではないか。
剣を鞘に収めて脇に置き、さらには俺へと頭を下げてくる。
俺はといえば不可解な行動に対応できず、構えを解けないでいる。
「……勝負の途中で、いったいなんのつもりだ」
「懐かしいお姿、もう一度この目で見ることが叶うとは、ゆめゆめ思いませなんだ。その立ち姿、身体に纏う凛としたオーラ。まさに、私のただひとりの主人に相違ありません。長の年月、御身をお探ししておりました」
「やめよ、立て、いったいなんのことだ。俺はシャーウッド村のウッド。おまえの探している奴じゃない。やめるんだ」
俺は剣を捨て、慌てて近寄る。
こんなところを村の者たちに見られては困ったことになる。
膝突く男の腕を引いて無理矢理立たせ、砂を払おうとした。
「御手が汚れてしまいます! そのようなこと、どうかおやめください」
フィルは俺の手をつかみ、それを止めさせた。
二人して立ち上がると、セスと目が合った。
目の前で何が起こっているのか、セスには理解できないのだろう。
立ち合っていた二人が突然戦いを止め、馴れ合いだしたのだ。
フィルと俺の昔の関係を知らない青年セスには、理解できるはずもない事態。
「セス君。君の先生は君のいう通りの強者で間違いない。そのこと、かつてこの身で何度も思い知らされたものだ。君の師への無礼な発言、今ここで謝罪しよう。この通りだ」
事態を飲み込めぬセスは、うまく返せず言い淀んでいた。
——セスの前では話ができんな——
フィルとの積もる話は、まだほかの者に聞かせられない内容になるだろう。
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