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第六十話
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「久しいな、フィル」
俺は家の中へと案内し、椅子を勧めた。
真っ直ぐに見据えてくる瞳は、昔のまま。
座れと椅子を勧めたものの、正面からフィルの視線を受け止めかねた。
かつての部下にどう接するべきかと、座ったばかりなのに俺は立ち上がった。
窓を押し上げてつっかえ棒をかうと、外の風が部屋内へと流れ込んだ。
俺は立ったまま、山から村へと吹き下ろす風に身をさらす。
すると少しずつ、立ち合った身体の熱が冷めていくのが感じられた。
背を向けたまま、景色を眺めつつフィルに語りかける。
「いまさら、俺を探してどうする?」
「生死不明ならば、主人を探すのは当然のこと。どうもこうもありません」
「では義務感か? 綺麗事などいらんぞ。フィル、おまえも俺を恨んでいるのであろう。落ち目な俺に従うべきではなかった、とな」
「これは異なことを。私が恨むなど——」
「——ではなぜだ? なぜ人質をとってまで、俺に剣を取らせた? そのくせ途中で勝負を止めおる。俺には貴様の真意がわからん」
「わからない? いえいえ、わからないのは私のほうです。よもや、あなたは私の忠誠を疑われるのですか?
久々の再会に涙を流し、労いの言葉の一つも頂けるなら絵にもなりましょう。しかしながら殿下は、迷惑そうな顔を私に向けられました。そんなことをされれば、本当に我が主君であるかどうか、こちらも試したくなるというものです」
「……で、試した結果、合格か?」
「はじめは別人でしたが……」と笑った。
「本物だった、と」
「で、ありましたな。このような田舎の村にお隠れになるなら、野暮を装うのも当然のこと。そこまで考えが及びませんで——」
「ウッド! いるんだろう、ウッド!」
フィルとの話を遮るように、俺を呼ぶ大声が響く。
次いで何度もドアが叩かれた。
思わず舌打ちしてしまった。
今日は誰もが強引に踏み込んでくる。
なんという日なのだろうか。
しかしこれが俺の仕事だ、居留守を使うわけにもいかない。
きっと今朝のことについてだ。
家に上げたフィルを村人に見られては面倒とも思ったが、いまさら隠しようもない。
すでにセスに連れられて、俺の家まで歩いて来ているのだ。
もう誰かに見られているはずだ。
帰ったセスの口からも、客人の話はすぐに広まるだろう。
無駄な小細工はあきらめ、扉を開けた。
「セスが男を連れてきたらしいな! ムッ、見慣れない顔、そいつだな」
セスを見つけるが早いか、俺を押しのけるようにして上がり込んだ。
——いちおう俺の家なんだがな——
「村に厄介事を持ち込みおって! おまえがグランリオの元皇太子、オーウェンとかいう野郎だな。そうに違いない」
「この私が、ですか?」
フィルが目を丸くして俺を見た。
村内で誰にも身元を明かしていない俺では、フィルに答える言葉を持っていなかった。
「しらばっくれやがって。今朝のトラブル、きっとこいつを探しに来たに違いない」
「なんのことかわかりませんが、お探しの男とは私ではありませんよ。私の名はフィリップ。ここより遥か遠く、母なる海を臨むポートアーサーに生を受けた、マルセデスの三剣がひとり。私のような者が皇子に間違えられるなど、恐れ多いことだ。我が主君とは、後にも先にもただ一人のみ。こちら——」
「——止めろ‼︎ フィル、そのような口上はここシャーウッドでは意味がない」
「………………これは失礼しました」
フィルは顔色こそ変えはしなかった。
が、たっぷりと溜めたその沈黙……
俺への不満のあわられであろう。
「いずれにせよ、私はオーウェンではありません。フィルと申す者。尋ね人ではありませんな」
「フィルだぁ? ふん、そいつが嘘か本当か、申し開きは広場で聞くぜ」
疑わしい男としてフィルを連れて行くつもりなのだろう、村人たちが囲むように近づく。
フィルの表情は変わらない。
変わらないが、また懐に手を入れた。
俺はそれを見逃さなかった。
——止めねば、まずい!——
この男は、セスの首元にナイフを突き付けばかりなのだ。
俺は家の中へと案内し、椅子を勧めた。
真っ直ぐに見据えてくる瞳は、昔のまま。
座れと椅子を勧めたものの、正面からフィルの視線を受け止めかねた。
かつての部下にどう接するべきかと、座ったばかりなのに俺は立ち上がった。
窓を押し上げてつっかえ棒をかうと、外の風が部屋内へと流れ込んだ。
俺は立ったまま、山から村へと吹き下ろす風に身をさらす。
すると少しずつ、立ち合った身体の熱が冷めていくのが感じられた。
背を向けたまま、景色を眺めつつフィルに語りかける。
「いまさら、俺を探してどうする?」
「生死不明ならば、主人を探すのは当然のこと。どうもこうもありません」
「では義務感か? 綺麗事などいらんぞ。フィル、おまえも俺を恨んでいるのであろう。落ち目な俺に従うべきではなかった、とな」
「これは異なことを。私が恨むなど——」
「——ではなぜだ? なぜ人質をとってまで、俺に剣を取らせた? そのくせ途中で勝負を止めおる。俺には貴様の真意がわからん」
「わからない? いえいえ、わからないのは私のほうです。よもや、あなたは私の忠誠を疑われるのですか?
久々の再会に涙を流し、労いの言葉の一つも頂けるなら絵にもなりましょう。しかしながら殿下は、迷惑そうな顔を私に向けられました。そんなことをされれば、本当に我が主君であるかどうか、こちらも試したくなるというものです」
「……で、試した結果、合格か?」
「はじめは別人でしたが……」と笑った。
「本物だった、と」
「で、ありましたな。このような田舎の村にお隠れになるなら、野暮を装うのも当然のこと。そこまで考えが及びませんで——」
「ウッド! いるんだろう、ウッド!」
フィルとの話を遮るように、俺を呼ぶ大声が響く。
次いで何度もドアが叩かれた。
思わず舌打ちしてしまった。
今日は誰もが強引に踏み込んでくる。
なんという日なのだろうか。
しかしこれが俺の仕事だ、居留守を使うわけにもいかない。
きっと今朝のことについてだ。
家に上げたフィルを村人に見られては面倒とも思ったが、いまさら隠しようもない。
すでにセスに連れられて、俺の家まで歩いて来ているのだ。
もう誰かに見られているはずだ。
帰ったセスの口からも、客人の話はすぐに広まるだろう。
無駄な小細工はあきらめ、扉を開けた。
「セスが男を連れてきたらしいな! ムッ、見慣れない顔、そいつだな」
セスを見つけるが早いか、俺を押しのけるようにして上がり込んだ。
——いちおう俺の家なんだがな——
「村に厄介事を持ち込みおって! おまえがグランリオの元皇太子、オーウェンとかいう野郎だな。そうに違いない」
「この私が、ですか?」
フィルが目を丸くして俺を見た。
村内で誰にも身元を明かしていない俺では、フィルに答える言葉を持っていなかった。
「しらばっくれやがって。今朝のトラブル、きっとこいつを探しに来たに違いない」
「なんのことかわかりませんが、お探しの男とは私ではありませんよ。私の名はフィリップ。ここより遥か遠く、母なる海を臨むポートアーサーに生を受けた、マルセデスの三剣がひとり。私のような者が皇子に間違えられるなど、恐れ多いことだ。我が主君とは、後にも先にもただ一人のみ。こちら——」
「——止めろ‼︎ フィル、そのような口上はここシャーウッドでは意味がない」
「………………これは失礼しました」
フィルは顔色こそ変えはしなかった。
が、たっぷりと溜めたその沈黙……
俺への不満のあわられであろう。
「いずれにせよ、私はオーウェンではありません。フィルと申す者。尋ね人ではありませんな」
「フィルだぁ? ふん、そいつが嘘か本当か、申し開きは広場で聞くぜ」
疑わしい男としてフィルを連れて行くつもりなのだろう、村人たちが囲むように近づく。
フィルの表情は変わらない。
変わらないが、また懐に手を入れた。
俺はそれを見逃さなかった。
——止めねば、まずい!——
この男は、セスの首元にナイフを突き付けばかりなのだ。
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