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第七十三話
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「ジャック」
「ん、なんだ?」
「頼みが——」
「——断る」
「……まだ、何も言っていないが?」
「どうせロクでもないことに決まってる。うまいことやれる方法があるなら、とっくにあの場で村長に言っていたはずだ。俺はそんなに馬鹿じゃない」
俺はジャックの拒否を無視し、話を続けた。
「村長の言葉はありがたいと思っている」
「やめろ」
「が、やはりこのままというわけにはいかないだろう」
「やめろと言っている!」
これは俺個人の問題だ。
村を巻き込むわけには行かない。
ここでジャックに反対されようとも、折れるわけにはいかなかった。
「俺の過去は、しばらく他言無用で頼む。知れば、きっと騒ぐものもいる」
「……そんなことか、俺はてっきり……
いや、わかった。みんなに話すなら、今度のことがすべて終わってからがいいだろうな」
「ああ。そうすれば、余計な不安や混乱もなくて済む。いま明らかになってしまえば、疑心暗鬼を呼んで、村の中が揺れかねない。で、そのためにだ、ひとつ使いに行ってくれないか」
「使い? ああ、口封じか。誰に釘を刺せばいいんだ? 俺と村長以外に、誰か知っている、気づいている奴に心当たりがあるのか? まずはセスだな。けどセスならおまえから言えば——」
「——明日の日の出だ」
「日の出?」
「丘に出向くと伝えて欲しい。向かうのは俺一人」
「……クソ! 俺を騙したな、ウッド。これから俺に、賊に会いに行けと? そう言うのか。だいたいジャニスはどうなる」
「どうにもならない、安心してくれ。狙いは俺だけ。ただの村人に危害を与えても意味がない。金になるのは俺だけだからな」
「そうじゃないだろう! 俺はそんなことを言ってない。ジャニスを置いていくのか!」
「……」
そう言われても、連れていくわけにはいかない。
そんなのはジャックだって、もちろんわかっているだろう。
俺はジャニスに、相応しい男ではなかった。
かつて皇太子の地位に相応しくなかったように、ここでも村人として生きるには相応しくなかったのだ。
俺にはない。帰る場所も、居る場所も、生きるべき場所がない。
マルセデスを出、グランリオを追放され、モンテルレイのシャーウッド村に流れ着いた。
だが、ここも安住の地ではなかった。
やはり、俺はジャニスと関係を持つべきではなかったのだろう。
だがもう、すべては終わったことだ。
いまさら時間を巻き戻してやり直すわけにはいかない。
「ジャニスは! ジャニスにはなッ!」
「すまない。居場所をつかまれた以上、俺は危険をもたらす存在でしかない。もう、共には暮らせないのだ」
「クソ!」
ジャックは振りかぶり、道端の木に拳を叩きつけた。
鈍い音が響き枝が揺れ、葉が舞う。
散り落ちる葉を足で蹴り上げようとするが、舞い落ちる葉はジャックの足をすり抜け、地面へと落ちた。
「そもそもなんで俺が行かなきゃならない。そいつに行かせればいい」と、フィルを指差した。
「おまえの部下なんだろう?」
「私が行ってよいのですか? であれば喜んで向かいます」
「よせ、本気にとるなフィル」
「しかし殿下、ただの村人如きなら、賊を恐れるあまりに縮み上がり、使いに出られるのも無理からぬことにございます。なんでしたら行き掛けの駄賃です。相手の様子を調べ、さらには人数を減らしておくくらいのことも、このフィルにお任せいただければ——」
「——フン! 笑えるな、弱い犬ほどよく吠える。御主人のご機嫌取りに必死ってことか。たしかに馬鹿には任せられんな」
「馬鹿とは無礼なッ!」
「馬鹿だろうが。中途半端に仕掛けて、残った奴らが村に反撃に来たらどうするんだ。卑しい辺境の村人が死のうが生きようがどうでもいいっていう、あんたの本音が出たな」
「それはあなたの想像に過ぎない。過ぎないが、あなたより主君が大事は当然のこと」
「ジャック! フィル! よせ!」
「おもしれえじゃねえか。フィルとか言ったな、おまえ。やってみろよ。俺も倒せん役立たずなら、どうせ使い走りにもならんだろうしな」
フィルはジャックの言葉に傷つけられたのか、腰に手を伸ばした。
鞘からわずか、刀身が引き出される。
「やるのか? 卑怯者め。なるほどなぁ、おまえの剣は素手の村人を斬り殺してハリボテの名を高めてきたってわけだ。そりゃご機嫌取りに必死にもなるわな、ワッハッハッ」
「言わせておけば! もう我慢ならん! もちろん素手だ。貴様の拳など我が身にかすりもしない。覚悟しろ」
「かすりもしない、か。俺の腕の太さを見てびびるのはおまえの方だ。一発でも喰らえばへし折れそうな優男め。お前の方こそ覚悟しやがれ」
「ん、なんだ?」
「頼みが——」
「——断る」
「……まだ、何も言っていないが?」
「どうせロクでもないことに決まってる。うまいことやれる方法があるなら、とっくにあの場で村長に言っていたはずだ。俺はそんなに馬鹿じゃない」
俺はジャックの拒否を無視し、話を続けた。
「村長の言葉はありがたいと思っている」
「やめろ」
「が、やはりこのままというわけにはいかないだろう」
「やめろと言っている!」
これは俺個人の問題だ。
村を巻き込むわけには行かない。
ここでジャックに反対されようとも、折れるわけにはいかなかった。
「俺の過去は、しばらく他言無用で頼む。知れば、きっと騒ぐものもいる」
「……そんなことか、俺はてっきり……
いや、わかった。みんなに話すなら、今度のことがすべて終わってからがいいだろうな」
「ああ。そうすれば、余計な不安や混乱もなくて済む。いま明らかになってしまえば、疑心暗鬼を呼んで、村の中が揺れかねない。で、そのためにだ、ひとつ使いに行ってくれないか」
「使い? ああ、口封じか。誰に釘を刺せばいいんだ? 俺と村長以外に、誰か知っている、気づいている奴に心当たりがあるのか? まずはセスだな。けどセスならおまえから言えば——」
「——明日の日の出だ」
「日の出?」
「丘に出向くと伝えて欲しい。向かうのは俺一人」
「……クソ! 俺を騙したな、ウッド。これから俺に、賊に会いに行けと? そう言うのか。だいたいジャニスはどうなる」
「どうにもならない、安心してくれ。狙いは俺だけ。ただの村人に危害を与えても意味がない。金になるのは俺だけだからな」
「そうじゃないだろう! 俺はそんなことを言ってない。ジャニスを置いていくのか!」
「……」
そう言われても、連れていくわけにはいかない。
そんなのはジャックだって、もちろんわかっているだろう。
俺はジャニスに、相応しい男ではなかった。
かつて皇太子の地位に相応しくなかったように、ここでも村人として生きるには相応しくなかったのだ。
俺にはない。帰る場所も、居る場所も、生きるべき場所がない。
マルセデスを出、グランリオを追放され、モンテルレイのシャーウッド村に流れ着いた。
だが、ここも安住の地ではなかった。
やはり、俺はジャニスと関係を持つべきではなかったのだろう。
だがもう、すべては終わったことだ。
いまさら時間を巻き戻してやり直すわけにはいかない。
「ジャニスは! ジャニスにはなッ!」
「すまない。居場所をつかまれた以上、俺は危険をもたらす存在でしかない。もう、共には暮らせないのだ」
「クソ!」
ジャックは振りかぶり、道端の木に拳を叩きつけた。
鈍い音が響き枝が揺れ、葉が舞う。
散り落ちる葉を足で蹴り上げようとするが、舞い落ちる葉はジャックの足をすり抜け、地面へと落ちた。
「そもそもなんで俺が行かなきゃならない。そいつに行かせればいい」と、フィルを指差した。
「おまえの部下なんだろう?」
「私が行ってよいのですか? であれば喜んで向かいます」
「よせ、本気にとるなフィル」
「しかし殿下、ただの村人如きなら、賊を恐れるあまりに縮み上がり、使いに出られるのも無理からぬことにございます。なんでしたら行き掛けの駄賃です。相手の様子を調べ、さらには人数を減らしておくくらいのことも、このフィルにお任せいただければ——」
「——フン! 笑えるな、弱い犬ほどよく吠える。御主人のご機嫌取りに必死ってことか。たしかに馬鹿には任せられんな」
「馬鹿とは無礼なッ!」
「馬鹿だろうが。中途半端に仕掛けて、残った奴らが村に反撃に来たらどうするんだ。卑しい辺境の村人が死のうが生きようがどうでもいいっていう、あんたの本音が出たな」
「それはあなたの想像に過ぎない。過ぎないが、あなたより主君が大事は当然のこと」
「ジャック! フィル! よせ!」
「おもしれえじゃねえか。フィルとか言ったな、おまえ。やってみろよ。俺も倒せん役立たずなら、どうせ使い走りにもならんだろうしな」
フィルはジャックの言葉に傷つけられたのか、腰に手を伸ばした。
鞘からわずか、刀身が引き出される。
「やるのか? 卑怯者め。なるほどなぁ、おまえの剣は素手の村人を斬り殺してハリボテの名を高めてきたってわけだ。そりゃご機嫌取りに必死にもなるわな、ワッハッハッ」
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