REBIRTH〜国を追われ、名を捨てて〜

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第七十四話

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 はじめは止めようとした俺だが、二人はいっさい俺の言うことを聞かない。
 それでも止めるつもりだったが、すぐに仲裁することが馬鹿らしくなった。
 俺は明日にでも死ぬ覚悟をしているのだ。
 その俺の前で、殴り合って傷つく程度の覚悟の話をしている。
 呆れるようで、かえって微笑ましいようで……
——もはやどうでもいいことだ。二人で気の済むままにすればいい——
 俺は、もう放っておこうと決め、歩き出す。
 うしろではまだ、言い争いが続いていた。



 残念というべきか、とうとう二人は殴り合わなかった。
 立ち去った俺に気づいたのか、慌てた様子で追いかけて来て、二人で俺を責めたのだ。
「誰のせいでこうなったのか、わかっているのか」と。
 俺は二人に何も答えを返さず、足も止めなかった。
「……わかった。俺が使いに行ってやる。それでいいんだろう?」
 ジャックのその言葉に立ち止まって振り返り、「すまない」と感謝を告げる。
「そこはありがとうと言え」
「わかった。助かる。ありがとう」
「明日の日の出だな、たしかに伝える。その間に……、別れをすませておけ。ジャニスは帰ったはずだ」
 ジャックは自分の家へは向かわず、その足で賊のところへと向かうようだった。
 大きな山男の背中が揺れていた。
 俺が世話になったように、これからもこの村をジャックが支えていってくれるだろう。
 もとよりこのシャーウッドに生まれ育ったジャックがそうするのが自然。
 しょせん余所者の俺がいなくても、うまくやっていってくれるはず。
 セスたちも力を尽くしてくれるだろう。
 俺がいなくなったところで、物事に対した影響などないのだ。
 ジャックが去り、またフィルと二人きりになる。
「フィル、俺の代わりにセスたちを鍛えてもらうわけにはいかないか?」
「まさか、私も当然、殿下に同行して賊を討ちます」
「ダメだ、すでに主従は解消した。これは、俺自身の戦い。頼みを聞いてもらえぬのなら、貴様にもうよ……」
 言いかけて、口をつぐむ。
『用はない』とはいくらなんでも、ここまで俺を探していた男に対していう言葉ではない。
 冷たすぎるだろう。
「いや、頼みを聞いてもらえぬのは残念だ。俺にできることはもう、これだけ。せめておまえの旅立ちを見送ろう」
 俺の拒絶が予想できていたのか、今回は食って掛かってはこなかった。
 予想外だったが、変に絡まれず楽に済んでよかった。
 日が沈みこれから夜を迎えるというのに、フィルを村から追い出す。
 言い方を変えてみても、俺のやることが酷いというのは変わらない。
 しかし、命を懸けるならば、譲れないこともある。
 ジャニスとの別れだけは、誰にも邪魔されるわけにはいかない。
 心の中でだけ、フィルに頭を下げ、「すまん」と詫びた。
 そのままフィルを村外れまで見送り、互いに無言で背を向けた。
 静かな別れであった。



 家に帰ると、ジャックの言ったとおり、ジャニスはすでに家に帰っていた。
「大事な話がある」と言うと、普段と違う何かをジャニスなりに感じ取ったのか、なにも言わずに椅子を引いた。
 俺は対面に腰を下ろす。
 どう話したものかとしばらく悩み、両の手のひらをいじり、見つめた。
 このまま黙っていても仕方ない。
 やがて俺は村長の家でしたのと同じ話を、ジャニスにも聞かせてやった。



「命を投げ打ってまで俺を生かそうとした、多くの者たちがいた。その者たちの想いに応える義務が、俺にはある。明日、俺を追う賊を討つ。もし勝ったなら、その足で俺はグランリオを目指す。やはり宿命からは逃れられないようだからな。勝つ可能性は……、まあ、無いだろう。それでも俺は、国に戻り戦う。俺を信じ、無念にも死んでいったものたちの魂に報いるためにな」
 ジャニスはずっと椅子に座ったままだった。
 座ってはいたがその姿勢は横向きで、俺の話が終わるまで一度も目が合うことはなかった。
 長い沈黙のあと、横を向いたままだったジャニスが俺の方ヘと向くように座り直した。
「ねえ、自分で何を言っているのかわかってるの。馬鹿を言わないで。いったいなんの冗談よ、一人で何ができるの。死んだ人たちのことなんてどうでもいいでしょう。もういないのよ。そんなことのために私たちを捨てて行く気なの? 私も、村の人たちも、今を生きてるの。兄のところには、子供が産まれるわ。私にだって……、いつかは…… なのに、どうして死んだ人に報いるために、あなたが死にに行く必要があるのよ」
「どうでもいいなんて言わないでくれ。俺のために生き、死んでいった者たちなんだ。そのすべてをなかったことにはできないし、すべきではない」
 ジャニスがうつむくと、細い髪がテーブルの上にはらはらと流れ落ちた。
 うなだれるジャニスを支えている腕へ、俺が手を伸ばす。
 肌に触れるや否や俺の腕は振り払われ、行き場なく宙に浮いたままになった。
「裏切りの失意の中ですべてをあきらめた俺を、世界に繋ぎ止めてくれたのはほかでもない。君だ、ジャニス。君がいなければ、俺などとうの昔に死んでいた。君が俺を村に引き込んだから、俺は自分を取り戻せたんだ。言葉では言い尽くせない。感謝している」
「卑怯よ! だったらなんであたしを助けたのよ。ねえ! 最後まで責任を取りなさいよ。死んだ人たちに義理立てして、生きてる私はどうでもいいってこと? あなたの言っているのはそういうことでしょう? 答えなさいよ!」
 俺はジャニスに返す答えを、持ち合わせていなかった。
 だが、いまは行かねばならない。
 死に場所を間違え、ふたたび犠牲を増やす愚行は犯せない。
 何も答えない俺に失望したのか、ジャニスは立ち上がると部屋を出て行く。
 俺の方を一度も見ずに、足も止めずに……
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