REBIRTH〜国を追われ、名を捨てて〜

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第七十六話

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 いまだ敵はいない。
 であれば、今はただ日の出を待つだけだ。
 空を仰ぎ見れば、天空はまだ黒い。
 そこから視線を下へと落としていくと、紺、青、白……
 そして山の端に、わずかに赤く細い幕がなびく。
 日の出はもう、すぐそこまで迫っていた。
 俺の覚悟は決まっている。
 闘いの前には、いつも決まって抑えきれぬ高揚感が溢れるものだ。
 しかし、今はどうか?
 ただただ、平坦な気持ち。
 まるで、静かな湖面のごとくに……

 ここでもし生き残れば、次の戦いがあるだろう。
 次の戦いでも生き残れば、次の次の戦い。
 それは俺が死ぬまで終わることなどない。
 死ぬことで終わる運命のループに、高揚感など抱けるはずもない。
 俺は昔を思い出し、遠い生まれ故郷の地、マルセデスの方を向いた。
 久しぶりに、出陣前の儀式をする。
 刀身を半分引き出して眼前に掲げ、目を閉じ海神に祈りを捧げ、祝福を願った。
 意味などない。
 ただの時間潰し。
 あるいは、死出の準備か。



 朝陽が射し込み、その眩しさに思わず手をかざす。
 俺に太陽は眩しすぎた。
 やがてその向こう、影が見えた。
 奴らだろう。
 指定通り、日の出だ。
 まだ遠い影に、目をこらしてみる。
 その影を見る限り、わずか数名しかいないように見えた。
——罠か? 遅れている? 伏兵はなかったはずだ——
 先頭には、背の高い細身の男。
 おそらくロデリックだろう。
 そのうしろに従うように二人の影を認めた。
 俺の方へと向かって来るそのあいだに、少数の理由を思い巡らしてみる。
——脅しで村を襲うために、人夫を雇って多くみせたのか?
 いくら考えようと、正解はわからない。
 納得のいく答えの出るより早く、ロデリックが俺の前までやってきた。
「久しいな、ロデリック。貴様の歓迎に応え、俺から出向いてやったぞ」
「フン、何をいうか。笑わせるなよ、オーウェン。おおかた逃げ切れぬと観念しただけであろう」
 線を引いたような薄い目に、細い唇が皮肉に歪む。
 賊に身をやつす前からの細身はあいかわらずのようだった。

「どうやら主君に対する口の聞き方を忘れたらしいな。価値のないクズ共を率いる立場になると、気が大きくなるのか?」
「一人の部下もいやしないおまえに言えたことか。一人とは方便で使えない村人でもかき集めてくるかと思えば、本当にただ一人でやって来るとはな。そこまで落ちぶれる気分ってのは、どんなもんだか、ぜひ聞いてみたいものだ」
「なかなか悪くもないぞ。だがドラマチックかどうかなら、おまえには劣るだろうな。貴族から卑劣な賊の頭領にまで落ち切ったおまえの方が、村に紛れる俺よりも落差がある」
「ずいぶんと余裕だな。そういう素振りにみんな騙された。争いから逃げたビビりのくせに、いかにも大義や名誉があるかのように思わされる。あんたに従ったばかりに、結局俺は泥に塗れることになった。せめてあんたの身柄で大金をつかんで、楽させてもらうぜ」
「……金を望むがおまえの生き方か?」
「応よ。金があるなら、あとはどう立ち回るか。その気になれば、地位さえも金で買えばすむことだ」
「うらやましいな。目的があるってのは、悪いことじゃない」
「この期に及んで、うらやましい、だと?」
「どうやら俺は、人気者らしくてな」
「だろうな。いまでも首に賞金が掛かってる。そうでもなけりゃ、いまさらおまえになぞ、なんの価値もない」
「こんな俺でも、まだ賞金分の価値はあるか。そうそう、おまえより先にフィルがきたぞ」
「フィル? あのキザな奴か。嫌味な笑顔も懐かしく感じるぜ。まだくたばってなかったのか。だがあんたがここにいるってことは、フィルは負けたわけだ。あいつはカッコつけの馬鹿正直だったからな。正面切って突っ込むしか頭にない奴だ、無理もない」
 フィルが俺の首を取りに来た。
 疑いもせず、そう思っているようだ。
 俺はロデリックの間違った思い込みを訂正しなかった。
 そんなのはどうでもいいことだ。。
 フィルが今でも俺を慕って探しに来たと知っても、ロデリックが感心などするはずもない。
 こいつにしてみれば、たんにフィルを罵るネタが増えるだけのことだろう。
 奴の気持ちなど理解できるはずもないのだから。
「今日は今日で、こうしておまえに会えた。明日は、いったい誰が俺の元へ来るというのか、楽しみになってきた」
「そりゃよかった。だが安心しな、そもそもおまえに明日は来ない」
「そう簡単に、俺を倒せると思うか?」
「思わないね。だから志向を凝らすのさ。元皇太子オーウェン殿下。あんたに最大の敬意を表し、チャンスをくれてやる。聞いて驚けよ…… 正々堂々、一騎打ちを提案する」
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