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<やり直し。>
薄暗くて埃っぽくて気味が悪いくらいに静かな金融課の小屋に戻ると。机の上に<やり直し。>とだけ書かれたメモが置かれていた。
アリーザの姿はない。きっと昼休みの間に戻ってきてメモを置いたのだろう。
午前中にまとめたはずの報告書を探したところ、それらしきものの残骸がアリーザの机の下のくずかごから出てきた。
「なんなのよ、これ」
フレイは怒っていた。
仕事のやり方も、何のための仕事かも教えずに、できあがったものに対してやり直しとだけ告げる。
そんな暴挙が許されて良い者だろうか?
ついさっき、アンに対して辞める気はないと言ったばかりであるが早くも決意は揺らぎかけている。
もしかしたら、本当に自分は嫌がらせで金融課に配属にされたのでは無いか?と本気で思ってしまった。
一体私が何をしたと言うんだ。
面接で舐めたことを言い過ぎたか?
だったら最初から採用しなきゃいいじゃ無いか!
そんな感情をすべて飲み込んで。自分に言い聞かせるように言った。
「こうなったら完璧な報告書を完成させてやる!」
そうやって衛兵の日記を読む作業に戻ったのはよいものの、すぐに手が止まってしまった。
完璧な日記の報告書って何だ?
そもそも、この報告書は嫌がらせのために書かされているのでは無いか?
結局、その日一日かけて完成させた報告書は午前中に作成して没になったものとほぼ変わらない、衛兵の日誌をただ写しただけのものだった。
衛兵のスキャンダルには相当詳しくなった気がする。
もうろうとする意識の中で、時計の針の音だけが時間の流れを意識させていた。
もはやなにも考えることができずに報告書を書いていると、唐突に背後から手が伸びてきて書きかけの報告書を掴むと片手でぐしゃぐしゃに丸めてしまった。
「な、何をするんですか?!課長!」
そこにいたのはアリーザだった。
「何って没だよ。やり直しするんだから古い報告書はいらないだろ?」
背後に立つアリーザの表情を伺うことはできなかったが、その声からは明らかに喜色がにじみ出ていた。
「だからって、ここまで頑張ったんです!」
「頑張ってもゴミ増やしてるのか?とにかくやり直しだ」
(ああ、やってられない……)
フレイは、椅子の横に置いていた鞄を手に取って椅子を後ろに倒すように立ち上がった。椅子はアリーザにあたり倒れなかったが。
「どうしたんだ?仕事はまだ残ってるぞ?」
「帰ります。定時なので……」
厳密には定時はもう過ぎていた。
「おいおい、まだ進捗はなしだろ? こんなんで1週間後に全部の報告書は上がるのか?」
アリーザがやや演技がかった言い方で問いただしてくる。しかし、そんなことフレイは知ったことでは無かった。フレイは帰って寝ることしか考えていない。
フレイは、アリーザの脇を通り抜けて部屋から出て行ってしまった。その際に書物や書類の山をいくつか崩したが気にする様子は見せなかった。
どうせ、もう戻ることは無いのだから。
フレイが出て行ったのを見届けたアリーザは、積もった書類を雑にどかして発掘したソファーに倒れ込むように座った。
「なあ、シャス。どこから見てたんだ?」
フレイが退出し、アリーザの他には誰もいないはずの場所に向かってアリーザは語りかけた。
「おかしいな、完全に隠れていたはずなのですがね」
返事とともに書架の陰が揺らいで現れたのは、朝にフレイたち新人職員を案内していた妖精のシャスであった。
「あたしはコツをしってるからな。で、もう一度聞く。どこまで見てたんだ?」
「最後の方だけですよ」
「そうか。で、どう思った?」
「あなたのやり方は、人を潰してしまいます。いままでもそうだったはずです」
言いにくそうに言葉をひねり出したシャスに対して、アリーザはにやりと笑った。
「そうならないように手伝ってくれるんだろ?」
薄暗くて埃っぽくて気味が悪いくらいに静かな金融課の小屋に戻ると。机の上に<やり直し。>とだけ書かれたメモが置かれていた。
アリーザの姿はない。きっと昼休みの間に戻ってきてメモを置いたのだろう。
午前中にまとめたはずの報告書を探したところ、それらしきものの残骸がアリーザの机の下のくずかごから出てきた。
「なんなのよ、これ」
フレイは怒っていた。
仕事のやり方も、何のための仕事かも教えずに、できあがったものに対してやり直しとだけ告げる。
そんな暴挙が許されて良い者だろうか?
ついさっき、アンに対して辞める気はないと言ったばかりであるが早くも決意は揺らぎかけている。
もしかしたら、本当に自分は嫌がらせで金融課に配属にされたのでは無いか?と本気で思ってしまった。
一体私が何をしたと言うんだ。
面接で舐めたことを言い過ぎたか?
だったら最初から採用しなきゃいいじゃ無いか!
そんな感情をすべて飲み込んで。自分に言い聞かせるように言った。
「こうなったら完璧な報告書を完成させてやる!」
そうやって衛兵の日記を読む作業に戻ったのはよいものの、すぐに手が止まってしまった。
完璧な日記の報告書って何だ?
そもそも、この報告書は嫌がらせのために書かされているのでは無いか?
結局、その日一日かけて完成させた報告書は午前中に作成して没になったものとほぼ変わらない、衛兵の日誌をただ写しただけのものだった。
衛兵のスキャンダルには相当詳しくなった気がする。
もうろうとする意識の中で、時計の針の音だけが時間の流れを意識させていた。
もはやなにも考えることができずに報告書を書いていると、唐突に背後から手が伸びてきて書きかけの報告書を掴むと片手でぐしゃぐしゃに丸めてしまった。
「な、何をするんですか?!課長!」
そこにいたのはアリーザだった。
「何って没だよ。やり直しするんだから古い報告書はいらないだろ?」
背後に立つアリーザの表情を伺うことはできなかったが、その声からは明らかに喜色がにじみ出ていた。
「だからって、ここまで頑張ったんです!」
「頑張ってもゴミ増やしてるのか?とにかくやり直しだ」
(ああ、やってられない……)
フレイは、椅子の横に置いていた鞄を手に取って椅子を後ろに倒すように立ち上がった。椅子はアリーザにあたり倒れなかったが。
「どうしたんだ?仕事はまだ残ってるぞ?」
「帰ります。定時なので……」
厳密には定時はもう過ぎていた。
「おいおい、まだ進捗はなしだろ? こんなんで1週間後に全部の報告書は上がるのか?」
アリーザがやや演技がかった言い方で問いただしてくる。しかし、そんなことフレイは知ったことでは無かった。フレイは帰って寝ることしか考えていない。
フレイは、アリーザの脇を通り抜けて部屋から出て行ってしまった。その際に書物や書類の山をいくつか崩したが気にする様子は見せなかった。
どうせ、もう戻ることは無いのだから。
フレイが出て行ったのを見届けたアリーザは、積もった書類を雑にどかして発掘したソファーに倒れ込むように座った。
「なあ、シャス。どこから見てたんだ?」
フレイが退出し、アリーザの他には誰もいないはずの場所に向かってアリーザは語りかけた。
「おかしいな、完全に隠れていたはずなのですがね」
返事とともに書架の陰が揺らいで現れたのは、朝にフレイたち新人職員を案内していた妖精のシャスであった。
「あたしはコツをしってるからな。で、もう一度聞く。どこまで見てたんだ?」
「最後の方だけですよ」
「そうか。で、どう思った?」
「あなたのやり方は、人を潰してしまいます。いままでもそうだったはずです」
言いにくそうに言葉をひねり出したシャスに対して、アリーザはにやりと笑った。
「そうならないように手伝ってくれるんだろ?」
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