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 さて、イケメンとして転生した俺である。

 物心ついた頃には既に、たくさんの女性に囲まれていた。

 母親の押すベビーカーで散歩をすれば若いお姉さんの黄色い声が上がり、保育園では保育士の先生たちに大人気。

「かわいい~~!」
「将来はモデルかな? 俳優かな?」
「ぼく、アメ食べる?」
「高倉健と北大路欣也を足して二で割ったようなハンサムに成長しそう!」

 ふふん。俺の人生イージーモード確定ってわけだ。両親に薄気味悪がられるくらい鏡に向かって何時間もニヤニヤする日々。

 しかし。小学校に入学して少し経ったあたりから、なんか違うぞと焦り出すことになる。

 まずは異性間交遊デビューのため、学年一の美少女に告白した時のことだ。

「あなたのことが好、好、好……好きなんだ、な」
「ゴメンなさい」

 まさかの失恋。こんなイケメンを振るなんて、彼女はきっと変人なんだ。そう思って次に学年で二番目の美少女に声をかけてみた。ところが……

「あなたのことが好、好、」
「ゴメンなさい」

 何故だ、何故なんだ! 俺は学年で三番目の美少女、四番目、五番目の美少女と次々に告白してみるも、

「あなたのことが好」
「ゴメンなさい」

「あなた」
「ゴメンなさい」

「あ」
「ゴメンなさい」 

 結果は惨敗。

 挿入が出来ないまま時は過ぎ、俺はあっという間に三十歳を越えていた。

「残念なイケメン」
「動かなければイイ男」
「愛嬌も画才もない裸の大将」
散々なあだ名までつけられる始末。

 まずいぞ。神は確か「35歳までに目的を果たせなければ強制リセット」みたいなことを言っていたはず。チャンスはあとわずかしかない。

 34歳のある日、草ボーボーの公園のベンチに一人腰掛け、俺はまずい缶コーヒーをすすっていた。

「こんなにも……こんなにも俺はイケメンなのに……穴の方から『挿入して!』なんて挿入が間に合わないくらいに、怒涛のように押し寄せてくるはずだったのに……」

 世界に誇るべきイケメン顔を地面に向けて呟く。すると誰かが近づいてきた。レジ袋のガサガサ言う音と、やたら甘い会話が聞こえる。

「ちょっとヨッくん~こんな所でお昼食べなくたって、アタシの部屋に帰ろうよ~!」

「だってユッコちゃん、足が痛そうだったから。弁当食べたらおんぶして送ったげるよ」

「え、すごいヨッくん……おろしたての靴で靴擦れができたって、よく気づいたわね」

「ユッコちゃんの変化なら、細胞レベルで気づいちゃう。だって俺の瞳は、ユッコちゃんだけで満員御礼さぁ~~~!」

 チッ、俺の気も知らずイチャイチャしやがって。顔を上げた俺は目を見張った。カップルの女の方は絶世の美女、そして男の方は……ヒキガエルみたいな容貌の小男だったのだ。

「ユッコちゃんさえ隣にいればこんなショボい公園も、薔薇の花々が咲き乱れるイングリッシュ・ガーデンさぁぁ~~~!」

「好き!!!!!!」

 ベンチに座ってハートマークをあたり一面に撒き散らす美女と野獣……やがて二人はディープなキスを交わした。俺が目の前にいるのにクソがッ!


 そこで俺はあることに気付いた。

 ただニヤニヤしているだけでモテた幼少期は例外で、必要最低限のコミュニケーション能力あってこそのイケメンなのである。俺はただでさえコミュ障なものだから、美女を前にするとコミュ障に拍車がかかってしまう。

 コミュニケーション能力を鍛えることもせず、鏡に映ったイケメンを愛でるばかりなのが敗因だったのだ。

 前世の記憶と共に、なんでコミュ障まで引き継いでるんだよ!


 それからは作戦を変えることにした。コミュ障のクセに面食いなのがダメなんだ。そう思って狙う女の子のランクを「上の上の上」「上の上の中」「上の上の下」から、今までスルーしていた「上の中の上」へと移してみた。

 しかしまたもやフラれ続け、誕生日までついに一日を切った。下の下の下の下にまで範囲を広げるハメとなった俺は、類人猿そっくりの同僚の女に狙いを定めるしか術がなかった。

 やむを得ない、アイツにも一応穴はある……! 喘ぎ声が「ウホウホ」だったら嫌だがそこは目をつむろう! イヤ、耳をふさごう!

「おいお前、俺と付き合え!」

 相手の容貌が人間とかけ離れているからか、俺は普通に声をかけることができた。

「はぁ? なんで私があんたみたいな根暗と」

 生意気にも類人猿女は俺を拒否。そうか、オスに声をかけられるなんて動物園のゴリラの柵の前以来だろうから、いきなりのことに頭がついていけていないに違いない。

「照れるなよ。俺はお前の顔面なんか気にしない。お前の顔面なんか、ホントーーーに! どうでもいいんだ。お前の顔面なんかより穴の方に興味があるからな。穴さえ提供してくれれば交際してやらんでもないぞ」

「何ですってぇ……何ですってぇ……!」

 何故か類人猿はプルプルプルプル震え出した。ほう、震えるほど嬉しいか。もう一息!

「イケメン様が言ってるんだ。ありがたく思え! 大人しく穴を差し出せ!」

「しつこい!! フンヌッ!!」

 女は俺の顔面に裏拳をめり込ませた。岩石のような拳がゴリラ並みのパワーで打ち込まれ、俺は「ソニュッ!!!」とひと声叫んで──


 暗転。



✳︎



 目が覚めるとまた狭い部屋に俺はいた。目の前には例のおっさん神のむさ苦しい顔。35年ぶりなのに、懐かしいなんて気はさらさら起きない。むしろ会いたくなかった。

「ダメだったようだな」

 俺を覗き込み、満面の笑みで神は言う。なんでそんな嬉しそうなんだよ。

「……俺、あれからどうなった?」

「ゴツい女に殴られて、気絶したまま35歳を迎えてジ・エンドだ。映像見る?」

「誰が見るかよ!」

「また派手に舞ってて見ものだったぞ。九回転半くらいしたかな。来世では日本舞踊でも舞ったらどうだ? 師範になれるぞ」

「ヒーッ!」と神はひとしきり引き笑いを続けている。コイツは人の不幸でご飯がうまいタイプの風上にも置けないヤバい神だ。よくこんなのが地球を創ることができたもんだとむしろ感心してしまう。

「大丈夫、チャンスはあと二回ある。どうだ? 次は岡田眞澄と緒形拳と田村正和を一緒くたにして煮詰めた感じのイケメンになってみるか?」

「顔はもういいから、今度は精神面をイケメンにしてくれよ!」

「私は落ちこぼれだからそれは無理だ!」

 神はふんぞり返った。

「ドヤ顔で言うことかよ!」

 ならばもう人間なんてこりごりだ。俺の性格じゃ、何十年と経験を積もうがコミュ障を治せそうもない。でもさっき類人猿とは普通に話せたから……

「そうだサル! 次はサルにしてくれ!」

 サルには発情期があると聞いたことがある。要するに、尻の真っ赤なメスを狙えばいいんだろ? 人間よりよほど単純そう。

「わかったわかった。今度はニホンザルに転生させてやる。でも人間の35歳に相当するのはニホンザルでは11歳だからな。それまでにせいぜい頑張れ」

 変なことに詳しい神であるが、とにかくそういう訳で俺はニホンザルとして転生することになった。
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