忌み子と騎士のいるところ

春Q

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Ⅳ 再会

2.水車小屋へ

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 村人に、休むなら古い水車小屋を使っていいと言われていた。隊長は見習い騎士と共に礼拝堂に留まると言うので、二人はランプを手に小屋のある村の外れまで歩いた。

 ルカは落ち着かなかった。ジェイルと再会できたのは嬉しいが、二人きりになるのは、なんだか気恥ずかしい。うつむいて歩くルカの隣で、ジェイルが兜の頭を上向けた。

「星が出てきたな」

「えっ……」

 本当だった。霧のようにかかっていた雲が晴れ、そこには満天の星空があった。ルカは瞬く星々の並びに春の気配を感じ取った。

 自然と口元に微笑が浮かぶ。こんなふうに笑うのがいつぶりか自分でもわからない。

「あなたと一緒にいると、いつもよりずっと星が綺麗に見えます」

 ルカの言葉に、ジェイルの足が止まった。無言で見下ろされたルカが遅れて恥じ入ると、顔を空へ向ける。

「そうだな。そうかもしれない」

 川の音がさやさやと聞こえて来た。

 水車小屋は、羽根が故障してからは集会場として使われているようだ。綺麗に掃かれた床に子供用の遊戯板が転がっているのがどこか微笑ましい。調理用の竈に火を入れると、周囲が明るくなる。奥にシーツを被せた積み藁があった。集会後、村人たちがそこで雑魚寝する様子が目に浮かぶようだった。

 着いてすぐ、ジェイルは川の水で鎧を拭き清めた。白い鎧は戦闘向きではない。聖都の近衛騎士と、漆黒の騎士とでは求められるものが違うらしいとルカは感じた。

 ふと、コパはなぜジェイルを匿ってくれたのだろうと思った。ジェイルにはルカを守るようにと言ったらしい。危険な旅だからか。それほど重要な目的がこのイグナス領行きにあっただろうか?

 いや、とルカは思い直した。緑の民の襲撃を予知してのことだろう。頭の切れるコパが忌み子のルカに重要な役割を託すなんてことがあるわけない。

 ジェイルが鎧を片付ける間、ルカは体を拭く湯を作っていた。

 竈で沸かしたお湯を小さな盥に注ぎ、薬草を浮かべる。香りが立ったところへ布を浸し、ジェイルに声をかけた。

「ジェイル様、お先にどうぞ」

「……おまえも、一緒に」

「えっ」

 顔を上げると鎧を脱いだ騎士の肉体美が、目に飛び込んでくる。黒い長袖の中着は筋肉のつき方がわかるほど薄い。ルカには、彼の顔の傷さえ艶っぽく感じられた。

 赤面して固まったルカに、ジェイルは目を細めていた。怒りとも焦りともつかない表情に、ルカは、はっとした。

 ジェイルの声のかすれ方が、その予感を確信に変える。

「背中を拭いてやるよ。嫌か?」

 遠回しに、誘われていると、わかった。

「は、はい……!」
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