もふけもわふーらいふ!

夜狐紺

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第二章 お祭り編

第七十四話 よもぎと商店街

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 大通りには人が多く歩いていて、沢山の人が居て。
 さっきまでは、とても賑やかで楽しそうな場所だった。
 だけど今は、小さなざわめきとひそひそ話に満たされていて……心がざわつく。
 獣人達が見ているのは、紛れも無く俺だった。沢山の視線が突き刺さる。明らかに怯えた視線を向けられている。
 嫌でも気付く。自分が今、獣人達に怖がられていて、避けられているということを。
 御珠様の屋敷で平穏に過ごせていたからすっかり忘れていたけれど……。
 そう、この世界に存在しないはずの人間の俺は異質な存在だ。だから、怖がられてしまうのも無理はない。逆の立場になってみれば、俺だって怖がるだろう、それが当然だ。
 ……分かってる。分かってはいるけれど……。少しずつ一歩一歩が見えなくなってくる。
 視線が俯き加減になって来る。視界が暗くなる。嫌なのに耳だけが良く聞こえる様になる。
「ねえ、あそこに歩いているの……」
「うん。人間、だね。確か、御珠様のお屋敷に居る」
「人間、怖い……初めて見る……」
 遠慮がちな小声の会話が突き刺さる。
 気にしないなんて無理だ。向こうに悪意がないからこそ、余計に。
 この世界に来てから、初めて感じる本物の閉塞感だった。これは、ただのお買い物のはずなのに……。
 息が上手くできない。気分が鉛の様に重い。吐き気がして、頭がくらっとする。
 限界だ。俺は、いたたまれなくなって、気力を振り絞って、お屋敷までの道を戻ろうとして――。
「――大丈夫」
 よもぎさんの声が、まっすぐ響く。そして――ぎゅっ。蓬さんの右手が、俺の左手を繋いだ。
「大丈夫だよ、景君。この街に、悪い人は居ないよ」
 蓬さんが足を止める。じーっと俺のことだけを真っすぐに見つめる目線は、とても優しかった。
「で、でも……」
 と、咄嗟に出た自分の声がやけに小さかったことに驚く。
「そういう時は、ぐーっと体を伸ばして!」
「わわわっ!」
 蓬さんが繋いだ手を思いっ切り高く上げた拍子に、俺の体も少し浮き上がる。それから蓬さんは体を伸ばして……。
「それから深呼吸!」
 そして蓬さんがゆっくりと振り上げた手を下ろしていく。
「もう一回、吸って! 吐いて―」
 今度は俺も蓬さんの合図に合わせて一緒に体を伸ばして思いっ切り息を吸い込んで、吐き出してみた。
 この世界の空気は青空の様に澄んでいた。
「さて、もう元気になったかな?」
 蓬さんがからからと笑う。ちらっと牙が覗いている。心配されるよりもよっぽど、元気が出た。
「は、はい……!」
 もう一度、胸に手を当てる。うん。声はまだちゃんと出ないけど、歩けそうだ。
 そして蓬さんと俺は、手を繋いだまま道の真ん中を歩き出した。柔らかくて大きな肉球の感触に心が安らいでいく。
「人間と一緒に歩いて、蓬さんは怖くないのかな……?」
 そんな通行人の声も全く気にしないで、蓬さんは俺の手をぎゅっと握っている。
 ……蓬さんは、強い人だな。
 俺は、蓬さんほど強くない。
 だけど、これはただのお買い物なのだ。
 お店に行って必要なものを買ってくればいい。難しいことを考えなくていい。何も、大いなる試練に挑みに行く訳じゃないんだ。気楽に、気楽に……。
 まだ割り切れはしないけど、少なくともそう思うことで、まっすぐ前を向けるようにはなった。
 体は小さく震えてるかもしれない。目は泳いでるかもしれない、だけど、歩みは止まらなかった。
「まずは魚屋さんに行ってみようか!」
 そう言うと蓬さんは大きな青いひさしが特徴的な店先に俺を連れて行く。店頭の木箱の上にずらっと並べられた大小の魚のどれも鱗が光り輝いていて、見るからに新鮮そうだ。
「いらっしゃい!」
 と、頭にハチマキを巻いて、魚の絵が描かれた大きな前掛けをしたサバ虎猫――おそらくご主人が声を掛ける。店内が静かになってしまった中で、その声が響き渡った。
「青虎さん、今日は酢の物を作りたいんだけど、何か良いお魚は無い?」
「酢の物ねえ。他には何を入れるの?」
「きゅうりとかるたけかな。あと、カラシも入れるつもり」
 うんうんと頷いてご主人の青虎さんは店の中をぐるりと見渡す。
 店内に並んだ魚……マグロとか鯛はお屋敷で食べたことが有るしメジャーだから分かる。その他にも見たことがある魚は居るんだけど、俺の世界と名前が違ったりとか、サンマっぽい外見の魚がカツオぐらい大きかったりとか、ところどころで差が見える。
 どれを選ぶんだろう。静かになったせいか二人のやり取りに、俺ばかりじゃなくて全員が注目している。
 そんな中で青虎さんが、一匹の魚の尻尾を手に掴み。
「これだっ!」
 と、堂々と持ち上げた。
「ええっ……!!」
 大人しくしてようと思ってたのに。思わず声が出てしまった。だって、その魚の色は、まさかの真っ黄色。
 薄っすらとじゃなくて、絵の具を塗ったみたいな激しい黄色……。
「ヒザシウオ! 確かに合いそう!」
 でも、蓬さんは全く動じてなくて、むしろ嬉しそうに両手を合わせた。でも、ヒザシウオは色だけじゃなくて背中から沢山トゲが生えてて見るからに毒々しいのだけど……。
「大丈夫だよ、これは美味いんだ坊主!」
 すると青虎さんがいきなりこっちを向いて、魚をより高く掲げた。
「で、でも、トゲが沢山生えてますよ……?」
「処理すりゃ何も問題ねえ! 身が引き締まってて上品な味でな、酢の物ともよく絡んで相性バッチリだ!」
「ちよちゃんはこの魚が好物なんだよ」
「そうそう、確かにお宅のちよちゃんはよく買いに来るな!」
「へ、へえ……それなら、安心です、ね」
 青虎さんと蓬さんの言葉に妙に納得して頷いてしまった。ちよさんも好きなら、大丈夫な魚、なのか……?
「それじゃあ、これを一匹買おうかな」
「ヒザシウオ一匹、五百定、毎度あり!」
 それから蓬さんはお財布からこの世界の通貨――『定』を取り出してぱぱっと支払いを済ませると、蓬さんは満足そうに買い物袋を胸に抱いて尻尾を振った。
「ほらほら見て見て、景くん。黄色がこんなに強いのは、新鮮な証拠だよ!」
 と、嬉しそうに袋の中のヒザシウオを見せてくれる蓬さん。確かに、魚の鱗のてかりと強い黄色が混ぜ合わさって少し毒々しいほどの輝きを放ってるけど……まあ、食べられないこともない、か?
 それから蓬さんと俺は魚屋を出て、また通りの真ん中を歩いていく。
「買い物の様子、何となく分かったかい景君?」
「はい、大体は」
 店で品物を選ぶ、店員さんに尋ねる、料金を払う、この一連の流れはどこでも同じらしい――なんて確認していると。
「さあ、次はあのお豆腐屋さんに行ってみよう!」
 心の準備が定まっていない内に蓬さんに次のお店に引っ張られて行く。



 お豆腐屋さん、乾物屋さん、更には屋台まで――その後も蓬さんは色んなお店を回っていった。
「ありがとうございました~」
 後ろから聞こえるのは酒屋さんの声。蓬さんは大きな一升瓶を両手に抱えている。
 いつの間にか俺と蓬さんの両手に提げた鞄はパンパンに詰まっていた。
 中々、手ごたえのある重さだけど、俺よりも沢山の荷物を持っている蓬さんが平然と運んでいるのを見て弱音を吐いてもいられない……。
「……それ、御珠様が飲むんですか?」
 蓬さんが抱えている酒瓶は、『うわばみ』という荒々しい筆文字が書かれた紙に巻かれていて。
 見るからに強烈そうなお酒だけど……。
「ううん。これはお屋敷用じゃなくて、人に贈る物だよ。特に、このお酒に目が無くて――まあ、どのお酒も大好きな方なんだけど」
「も、もしかして御珠様よりも大酒飲みな人が居るんですか?」
「うん。街で一番じゃないかな? 景君もその内、会うはずだよ」
 どんな人か気になるけど、気になるままでそっとしておいた方が良い気もする……。
「月の里という遠いところの清い水を使っている、一年間に五本しか出回らないお酒なんだよ」
 月の里。確か、豊かな自然に囲まれた里で、住民達が気難しいと御珠様が言っていた――。
「ご、五本……そんな珍しいお酒、売ってくれるんですね」
「酒屋さんとも長い付き合いだからねえ。本当に有難いことだよ」
 何て言いながら蓬さんが目を細める。魚屋さんや酒屋さんだけでなく、蓬さんは行く先々でお店の人達と楽しそうに談笑していた。顔なじみの蓬さんが入店したことで、お店の雰囲気が暖かくなるのを肌で感じた。
 多分、蓬さんのお陰で、俺が店に入ってもそれほどここまで騒ぎが起こらずに済んでいるんだろうな……。
「蓬さん、ありがとうござい――」
「……ごめんね、景君」
 心の底からの感謝を述べようとする前に、蓬さんがぴたっと立ち止まって。
「見ての通り、ちょっと荷物が重くてね。ここで少しの間休みたくて……」
 蓬さんが困った様な表情を浮かべて、ふうっとため息を吐いて商店街の壁に寄りかかって地面にお酒の瓶と鞄を下ろした。
「ごめんなさい、すぐに気付けませんでした!」
 平気そうな表情をしていても、こんなに沢山買い物をして歩きっぱなしだったら疲れてるに決まってるのに。もっと早く気付いて俺の方が荷物を持つべきだった……!
「大丈夫大丈夫。それよりも、景君にはまた別の荷物を持って貰いたいんだ」
「はい、勿論です!」
 すぐに俺は蓬さんが置いた鞄を持とうとした。だけど蓬さんは、何故かにっと牙を見せて。
「感心感心! それじゃあ、早速なんだけど――」
 そして蓬さんは顔を上げて、商店街の先にある野菜の描かれた大きな看板の方を指差した。
「――今から景君一人で、あの八百屋さんに買い物に行って来てくれるかな?」
「!」
 緩みかけていた緊張が、一瞬で蘇る。
 ひ、一人で……!!!
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