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第一章 お屋敷編
第六話 狐は祟る?
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『しかし、そいつと二人きりなど、危ないですよ!』
『何をされるか……』
御珠様の呼びかけに都季と灯詠は首を振り、すぐに従おうとはしなかった。
『何、大丈夫だから』
けれど朗らかに言う御珠様にほだされて、結局白狐達は渋々部屋を後にしていった。
十徹さんも音もなく、静かに立ち去った。
そして今、この妖しく暗い畳の部屋に居るのは、屏風の前に座り扇を広げてくつろぐ御珠様と、正座した俺だけ。
二人っきりになって多少は緊張が和らぐと思っていたけれど……その真逆だった。全身ががちがちに固まって凝って、足が痺れて、鼓動も異様に早くなっている。
御珠様が黙ってしまってから、既に五分以上は経っている。
……正直言って、かなり辛い時間だ。
これまでの御珠様の言動から、質問にはあっさりと答えてくれるとばかり思っていて、完全に油断していた。
こういう重要そうなことは、もっとタイミングを見計らって尋ねるべきだったのに……。
いや、それ以前にあの質問自体がマズかったのか? 絶対に訊いてはいけない類のものだったのか?
もしそうだったとしたら、何て、馬鹿なことをしたんだ、俺は……! 自分から地雷を踏みに行ったのと同じじゃないか!
そもそも話が通じるからと言って、御珠様が安全な相手と決めつけるのは早過ぎるのに……。
さっきの御珠様の『取って食わない』という発言だって、それが真実だという証拠はどこにも無い。ただ俺がそう感じただけ。恐らく本当に食われることはないにせよ、それ以外のひどい目に合わされる可能性は十分、有る。
逃げたい。一刻も早く、この場から逃げ出してしまいたい。
この世界に呼ばれた理由なんて教えてくれなくても良いから、この場から去りたい……! だけど、自分から質問した以上、ここからはもう、逃げ出られない……。
本当は、大体の所は察しがついていた。ただ、一応確かめるために質問をしただけだった。
御珠様が俺を連れてきた原因。そんなの、決まっている。
俺があの無人の通りに建つ家の中で、御珠様が話している所を覗いてしまったからだ……!
やはりあれは何か重要な、内密な会話だったのだ。それなら当然、それを盗み聞きした俺を黙って帰すわけにもいかず……。こっちの世界へと呼び込んだ…………罰を、下すために。
違うと信じたい。だけど、そうとしか考えられない。考えられないなら、自分から訊くことはなかったんじゃないか? 何も、死に急ぐことは無いのに……!
過去のことを悔やんでも仕方ないとは分かっている。だけど、未来の想像もまた、とてつもなく不気味だった。止せばいいのに、良くない考えが徐々に肥大していく。
罰。……罰。
罰って、例えばどんなやつだ……?
――呪い?
民話や伝承に限らず小説でも漫画でもアニメでも、狐はよく呪術を使って、人を祟っている。
多分御珠様なら、人を呪い祟る術など片手間にできてしまうだろう。
祟り。呪い。
具体的なイメージが沸かないからこそ、余計に怖い……。
けれど、今の俺にはどうすることもできない。
今更逃げても逆効果だ。そんなことをすれば、より罰が重くなるに決まってる。
第一にどこに逃げればいい? どこかあてがあるはずもない。
結局、抗うことも出来ずここでひたすら待つしか……ない、のか。
馬鹿だ、馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ、こんな状況になってもどうにかなるって、俺は心のどこかで甘ったれてたんだ。もっと慎重に、慎重になるべきだったんだ……。
自分に呪詛を吐いても、状況は変わらない。
深い恐怖がまとわりついて、離れない。
ギュッ……と拳を強く握って、正気を保とうとする。油断するとすぐに、何かに、呑まれてしまう。
――そして、ついに。
「…………のう」
永遠に思えるほどの沈黙を御珠様が破った。
「は、はい」
俯いていた顔を上げる。体の震えを抑えるだけで精一杯だった。
御珠様は今、目を細めて幽かに微笑んで、惚けている様な、うっとりとしている様な、楽しんでいる様な表情に見えて……。その姿は、物語の中でよく見かける、人間を騙し、たぶらかそうとする化け狐の姿に完全に一致していた。
やっぱりだ。今から御珠様は俺に呪いを掛けて、楽しもうとしているんだ……!
「おぬし、」
御珠様がそこで、一旦言葉を切る。
そんな御珠様から、目が離せない。それはさっきの様な、妖艶だからとか、見とれているとかいう呑気な理由じゃなくて……もっと本能的な、警戒心だ。
……覚悟は、できていない。だけど、待ったをかけることもできない。
せめて、せめて罰が軽く済めば……。
そんな風に黙って祈ることぐらいしか、最早俺にできることは無かった。
体が震えている。頭がくらくらする。呼吸がおかしくなっている。
心臓が、爆発してしまいそうだ……。
…………。
――そして、その時は訪れる。
「わらわと……」
御珠様はじゅるりと、長い舌で一回舌なめずりをして。
にっこりと、何故か爽やかに微笑んで、言った。
「わらわと、まぐわおうぞ?」
……え?
『何をされるか……』
御珠様の呼びかけに都季と灯詠は首を振り、すぐに従おうとはしなかった。
『何、大丈夫だから』
けれど朗らかに言う御珠様にほだされて、結局白狐達は渋々部屋を後にしていった。
十徹さんも音もなく、静かに立ち去った。
そして今、この妖しく暗い畳の部屋に居るのは、屏風の前に座り扇を広げてくつろぐ御珠様と、正座した俺だけ。
二人っきりになって多少は緊張が和らぐと思っていたけれど……その真逆だった。全身ががちがちに固まって凝って、足が痺れて、鼓動も異様に早くなっている。
御珠様が黙ってしまってから、既に五分以上は経っている。
……正直言って、かなり辛い時間だ。
これまでの御珠様の言動から、質問にはあっさりと答えてくれるとばかり思っていて、完全に油断していた。
こういう重要そうなことは、もっとタイミングを見計らって尋ねるべきだったのに……。
いや、それ以前にあの質問自体がマズかったのか? 絶対に訊いてはいけない類のものだったのか?
もしそうだったとしたら、何て、馬鹿なことをしたんだ、俺は……! 自分から地雷を踏みに行ったのと同じじゃないか!
そもそも話が通じるからと言って、御珠様が安全な相手と決めつけるのは早過ぎるのに……。
さっきの御珠様の『取って食わない』という発言だって、それが真実だという証拠はどこにも無い。ただ俺がそう感じただけ。恐らく本当に食われることはないにせよ、それ以外のひどい目に合わされる可能性は十分、有る。
逃げたい。一刻も早く、この場から逃げ出してしまいたい。
この世界に呼ばれた理由なんて教えてくれなくても良いから、この場から去りたい……! だけど、自分から質問した以上、ここからはもう、逃げ出られない……。
本当は、大体の所は察しがついていた。ただ、一応確かめるために質問をしただけだった。
御珠様が俺を連れてきた原因。そんなの、決まっている。
俺があの無人の通りに建つ家の中で、御珠様が話している所を覗いてしまったからだ……!
やはりあれは何か重要な、内密な会話だったのだ。それなら当然、それを盗み聞きした俺を黙って帰すわけにもいかず……。こっちの世界へと呼び込んだ…………罰を、下すために。
違うと信じたい。だけど、そうとしか考えられない。考えられないなら、自分から訊くことはなかったんじゃないか? 何も、死に急ぐことは無いのに……!
過去のことを悔やんでも仕方ないとは分かっている。だけど、未来の想像もまた、とてつもなく不気味だった。止せばいいのに、良くない考えが徐々に肥大していく。
罰。……罰。
罰って、例えばどんなやつだ……?
――呪い?
民話や伝承に限らず小説でも漫画でもアニメでも、狐はよく呪術を使って、人を祟っている。
多分御珠様なら、人を呪い祟る術など片手間にできてしまうだろう。
祟り。呪い。
具体的なイメージが沸かないからこそ、余計に怖い……。
けれど、今の俺にはどうすることもできない。
今更逃げても逆効果だ。そんなことをすれば、より罰が重くなるに決まってる。
第一にどこに逃げればいい? どこかあてがあるはずもない。
結局、抗うことも出来ずここでひたすら待つしか……ない、のか。
馬鹿だ、馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ、こんな状況になってもどうにかなるって、俺は心のどこかで甘ったれてたんだ。もっと慎重に、慎重になるべきだったんだ……。
自分に呪詛を吐いても、状況は変わらない。
深い恐怖がまとわりついて、離れない。
ギュッ……と拳を強く握って、正気を保とうとする。油断するとすぐに、何かに、呑まれてしまう。
――そして、ついに。
「…………のう」
永遠に思えるほどの沈黙を御珠様が破った。
「は、はい」
俯いていた顔を上げる。体の震えを抑えるだけで精一杯だった。
御珠様は今、目を細めて幽かに微笑んで、惚けている様な、うっとりとしている様な、楽しんでいる様な表情に見えて……。その姿は、物語の中でよく見かける、人間を騙し、たぶらかそうとする化け狐の姿に完全に一致していた。
やっぱりだ。今から御珠様は俺に呪いを掛けて、楽しもうとしているんだ……!
「おぬし、」
御珠様がそこで、一旦言葉を切る。
そんな御珠様から、目が離せない。それはさっきの様な、妖艶だからとか、見とれているとかいう呑気な理由じゃなくて……もっと本能的な、警戒心だ。
……覚悟は、できていない。だけど、待ったをかけることもできない。
せめて、せめて罰が軽く済めば……。
そんな風に黙って祈ることぐらいしか、最早俺にできることは無かった。
体が震えている。頭がくらくらする。呼吸がおかしくなっている。
心臓が、爆発してしまいそうだ……。
…………。
――そして、その時は訪れる。
「わらわと……」
御珠様はじゅるりと、長い舌で一回舌なめずりをして。
にっこりと、何故か爽やかに微笑んで、言った。
「わらわと、まぐわおうぞ?」
……え?
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