もふけもわふーらいふ!

夜狐紺

文字の大きさ
35 / 77
第一章 お屋敷編

第三十五話 爽やかな休日?

しおりを挟む
「……景君、これは、どういうことかな……?」
 やけに落ち着いたよもぎさんの声は、震え上がるぐらいの迫力が有った。
 今の状況、再確認。深夜に耳を撫でに貰いに来た白狐の都季とき灯詠ひよみが、何故か俺の体の上にまたがっていて……。
 ……どこから、見られていた? 分からないけど、非常に良くない事態になっていることだけは確かだ。
 いや、それどころかこれって、詰んでる……?
「い、いえ、これはですね、その……」
「……十徹とうてつ君」
 蓬さんは俺の命乞いを待たずに、極めて冷静な声で十徹さんに合図をする。
「……」
 無言で頷いて、竹刀を持って部屋に入って来る十徹さん。
「ち、ちが、これは誤解なんですって……!!」
「……天誅」
 ゴッ。鈍い音がして、再び俺は夢の世界へ……。


 ―――。
「景君、昨日は本当にごめん!」
 翌日。朝食の後、台所で。
 じゃぶじゃぶと皿を洗いながら、蓬さんが申し訳無さそうに頭を下げた。
「まさか、私達の誤解だったなんてね……」
 昨日の深夜、十徹さんの一撃によって俺は気を失って、ずっと眠っていた。
 十徹さんは手加減をしてくれていたらしく体には痛みは無いし傷も残ってないので、多分緊張とショックで倒れてしまったんだけど……。
 とにかく、明け方になってようやく目覚めた俺は、必死に蓬さんと十徹さんに状況を説明した。そりゃあもう、なりふり構わずに。泣きそうになりながら、懺悔する勢いで。
 だけど、俺が眠っている間に子狐達がちゃんと事情を説明してくれたらしく……結果、俺は全くの無罪と理解してもらえて、ロリコンの烙印を押される事態は免れることができたのだった。
「………………すまなかった」
 十徹さんも皿を洗う手を止めて謝った。昨日の事件が有ったからか、十徹さんも今日は朝から、食事の準備や皿洗いなどの家事を手伝っているのだ。
「い、いえ、本当に大丈夫です。気にしていませんって!」
 俺は慌てて二人に声を掛ける。誤解が晴れた後に一度謝ってくれた十徹さんと蓬さんを、これ以上責める気は少しも無かった。そもそもあんな怪しい状況だと、蓬さんと十徹さんが誤解するのも当然だ。
 深夜だったし、それに加えて子狐達のテンションも何かおかしかったし……。
 ……まあ、何はともあれ、無事に済んで良かった。本当に良かった。あのまま誤解され続けていたらきっと俺は、見捨てられていたに違いない。危なかった……。
「私はてっきり、景君が妙な気を起こして都季ちゃんと灯詠ちゃんに――」
 すると蓬さんが、さらっと、とんでもないことを言い掛ける。
「だから違いますって!」
「ごめんごめん。冗談だよ、冗談」
 明るく笑う蓬さんと、そんな感じの話をしていると……。
 くすっ、と隣から小さな笑い声が聞こえてきて。
「本当に、良かったです。都季ちゃんと灯詠ちゃんの様子が元に戻って……」
 心の底からそう思っている口調で、ちよさんは言った。表情も、晴れ晴れとしていて。
 きっと、昨日の子狐達の異変を誰よりも心配していたんだろう……。ずっと不安げだったちよさんも、今日は落ち着いて、ほっとした様子だった。
「ちょっと元気過ぎる気もしますけどね……」
 今朝の子狐達の様子を思い出して、俺は苦笑する。
 耳を撫でて貰いに行ったことが皆にバレたからか、二人は茶の間にやって来ても、恥ずかしそうに柱の陰に体を隠していたけれど。いざ朝食が始まるとあいつらは不敵に笑って、俺が楽しみにしていただし巻き卵を全て奪うというとんでもない悪行に走ったのだった。……油断ならない。
「でもまあ、子供は元気が肝心だよ」
 良かった良かった、と蓬さんが目を閉じて頷いている。
「そうですかねえ」
 疑わしげな口調で言うけれど、思っていることは俺も完全に一緒だった。
 耳を撫でて貰いたかっただけだったなんて、笑ってしまう様な理由だけど……深刻な問題を抱えているよりも、そっちの方が遥かに良い。子狐達に何も無くて、本当に良かった。
 ……ふと、隣に座っているちよさんと目が合う。するとちよさんは『良かったですね』、と伝える様にほのかに微笑んでくれて。俺も笑って、喜びを分かち合ったのだった。


 一人増えた四人だと、皿洗いは普段よりも更に捗って、あっという間に終わってしまった。
 桶の水を捨て終わった裏庭で、伸びをする。今日も雲一つない、爽やかな良い天気だ。
 この世界の暦と俺が元居た世界の暦は、完全に同じではないんだろうけど……少なくとも、五月の下旬、ほんの少しだけ夏の気配がするこの感じは一緒だ。爽やかで涼しい、過ごしやすい時期。
「今日はどこを掃除すれば良いですか?」
 何はともあれ、掃除日和なことは間違いない。俺は、皿洗いに使った大きな桶を壁に立てかけていた蓬さんに話しかけた。 
 昨日は子狐達のことが頭から離れなくて、暗い気分を引きずったままだったけれど……その反動か、今日は気分はすっきりとしていて、何でもできる気がした。
「ああ、景君、そのことなんだけど」
 けれど蓬さんは、額を拭って笑った。
「今日はお仕事はお休みだから、ゆっくり休憩してね」
「えっ……でも……」
 体の痛みは全く無いし、疲れてもいなかった。それに、俺が休んだらその分、蓬さんとちよさんが……。
「まあまあ。元々今日は皆、仕事の殆ど無い日だからね」
 そんな俺の考えをすぐに読んだ蓬さんが、説明してくれる。
「御珠様も十徹君もお休みなんだよ。だから心置きなく休んで」
 皆が一斉に休むということは、日曜日とか休日の様なものかな……?
「あ、そう言えば……」
 御珠様の名前が出て、思いだす。蓬さんに一つ訊きたいことが有ったことを。
「うん。何でも言ってごらん?」
「御珠様は普段、どんな仕事をなさっているんですか……?」
 蓬さんとちよさんは主に家事。十徹さんはお屋敷の警備。都季と灯詠は……遊ぶこと。
 このお屋敷に来て数日経って、大体誰がどの役割を分担しているかが大体把握できた。
 だけど……一番肝心な御珠様の仕事が、未だに把握できずにいる。
「うーん、そうだねえ……御珠様のお仕事か」
 蓬さんが口元に指先を当てて、考える仕草をする。
「この街の『流れ』を司るとは、聞いているんですけど……」
 人の流れ、天候の流れ、物の流れ。あらゆる『流れ』を管理していると御珠様は説明していた。そして、実際に二階で何かの儀式をしているらしい。けれど……それが具体的にどういう仕事なのかが、さっぱりイメージできなかった。
 気になってはいたものの、仕事を邪魔しては悪いと思っていたので、今まで本人に聞きそびれてしまっていたのだ。
「『流れ』……ね。確かに、そうかも」
 蓬さんは御珠様の説明に納得が言った様に、頷いた。
「私の知ってる限りで大まかに説明すると、御珠様の仕事は……街の大きな会合をまとめたりとか、大きな取引の仲介したりとか、その辺りかな。それから、新しい建物の着工前と完成後に、安全祈願の御祓いをしたりとか」
 御祓い。確かに御珠様は、巫女さんの一族の出身とか、子狐達が言ってたっけ……。
「それ以外の仕事も色々やっていて……、例えば、二階では妖術を使って取引のタイミングを見たりとか、作物や商品の取れ高を調べたり。見回りに使う狐火も作っているんだよ」
「そんなに沢山の種類をこなせるなんて……凄いですね」
 感嘆の言葉が、素直に出てくる。
 つまり、この街に関わることを全てひっくるめて、御珠様は『流れ』と表していたのだ。
 飄々としていて、だらしない人だなあ……とばっかり今まで思っていたけれど。
 それだけ多くの仕事をこなしているなんて……本当に、立派だと思う。
「だけど、疲れたまま儀式をして失敗したら、街の安全に影響が出ちゃうからね。御珠様も、休む時はしっかり休まなきゃ駄目なんだよ」
 『休み過ぎの時も多いけどね……』と付け加えてから蓬さんは、今度は俺の肩にぽんと手を置いた。
「景君も同じだよ。このお屋敷に来たばかりで、疲れも溜まってるだろうから……今日は、のんびりね」
 そんな蓬さんの優しい言葉に、思わず目頭が熱くなる。
「あ、ありがとうございます……!」
「それに、今日は私とちよちゃんものんびりする日だからね! お昼ごはんは塩むすび! 自分達で自由に作ってね!」
 蓬さんが元気に笑って、それにつられて俺も笑った。
「それじゃ私は自分の部屋にいるから、何か困ったことが有ったら、いつでも言いに来てね!」
 そして蓬さんは手を振って、裏庭に有る縁側へと上がって家の中に入ろうとした。
「あっ……そうだ」
 けれど、不意にぴたりと立ち止まって、振り返る。
「御珠様で、思い出したんだけど……」
 縁側から降りて再び俺の前に立った蓬さんの表情はどんよりとしていて、太いしっぽもしゅんと垂れていて……。
「は、はい、何でしょうか……」
 今さっきまでとは明らかに異なる蓬さんの様子に、戸惑いながら返事をする。一体、何を思い出したんだろう。
「ごめんね、景君にどうしても頼みたい仕事が、一つだけ有ったんだ……。もう他に、託せる人がいなくて……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

犬の散歩中に異世界召喚されました

おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。 何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。 カミサマの許可はもらいました。

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。 さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった! しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って? いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

若返ったオバさんは異世界でもうどん職人になりました

mabu
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれた普通のオバさんが無能なスキルと判断され追放されるが国から貰ったお金と隠されたスキルでお店を開き気ままにのんびりお気楽生活をしていくお話。 なるべく1日1話進めていたのですが仕事で不規則な時間になったり投稿も不規則になり週1や月1になるかもしれません。 不定期投稿になりますが宜しくお願いします🙇 感想、ご指摘もありがとうございます。 なるべく修正など対応していきたいと思っていますが皆様の広い心でスルーして頂きたくお願い致します。 読み進めて不快になる場合は履歴削除をして頂けると有り難いです。 お返事は何方様に対しても控えさせて頂きますのでご了承下さいます様、お願い致します。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。 ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!? 目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流! 「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」 おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘! 魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

処理中です...