もふけもわふーらいふ!

夜狐紺

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第一章 お屋敷編

第四十七話 初めての雨 上

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 翌日。
「う~……」
 布団の中で伸びをする。目を開けてみれば視界が暗い。
 障子は明かりをぼんやりと映しているけれど……日光よりも全然弱いから多分、縁側に付けられた照明だろう。
「う、うん……」
 どうやら、まだ夜中なのに、目が覚めてしまったらしい。
 ……そう言えば。昨日はこのお屋敷での俺の仕事――家事がお休みで。
 部屋の掃除をしてくれと御珠様を説得したり、子狐達に絵本を読み聞かせをしたりしたけれど、体を活発に動かした訳じゃないから、それほど疲れてはいなかった。
 なのに昨日の夜は結構早めに寝ちゃったからなあ……。こんな時間に起きてしまうのも、仕方がないかもしれない。
 あ、でも、こうして布団に入ったままぼーっとしていると、何だかまた眠く――。
 ――バタンッ!!
「!?」
 な、何事? 
 突然鳴り響く音。反射的に体を起こす。意識は一瞬で冴えて、眠気は完全に吹っ飛んだ。
 瞬きをしながら、混乱していると。
 ガタ、ガタンッ!!
「……!」
 障子の外からまた大きな、何かが激しく揺れる様な音が。
 い、一体、何が、起こってるんだ? 全身に悪寒が走る。
 もしかして、縁側に誰か居るのか? でも、こんな真夜中に?
 ……とにかく今は、布団をかぶってじっとして、やり過ごした方が良いかも知れない。
 だけど、このまま放置して、ぐっすり寝られるほど俺の神経は図太く無かった。
 もしも寝ている間に良からぬことが起こったら……と、考えると、悠長に布団に入ってなんかいられない。
 ……仕方ない。俺は布団からそっと這い出して、障子に耳を近付けてみた。
「?」
 けれど不思議なことに、似た様な大きな音は聞えて来ない。それに外からは誰かの気配も感じなくて……余計に、不気味だ。まさか、幽霊とかの類じゃないよな……?
 と、考えていると――あれ?
 耳を澄ませば、とある音が聞こえてきて。
 一旦意識するとそれは、徐々に徐々にはっきりと強くなってきた。
「これは……」
 俺は意を決して立ち上がる。
 そして、障子を一気に開けた。
「わ……」
 ひんやりとした空気が肌を撫でる。
 サアアアアア――と、空から一斉に降り注ぐ音。それから、ぱち、ぱちと庭の葉が打たれる音。 
 夜の庭に降り注ぐ――雨。
 奇妙でも何でもないはずの自然現象を、俺は何故か棒立ちになってじっと見始める。
 夜の庭をぼんやりと照らしているのは、灯篭の赤い炎だけ。不思議なことにその炎は、雨が降っているのに全く弱まる気配が無い。もしかしたら、雨だからこそ、御珠みたま様が妖術で月明かりの代わりとして輝かせているのかもしれない。
 それに、行燈の代わりに縁側の天井もぼんやりと輝いているから、何も見えないほど暗いという訳では無くて安心する。
 庭のあちこちにできた水たまりには、その炎や灯りが揺らめいていて。水面に波紋を作る雨粒が、そこそこ大きい様に感じた。
 そして、絶える気配の無い雨音。大雨……とまではいかないけれど、勢いを保ったまま長く降り続きそうな雨だ。それに風も少し吹いているらしくて、縁側も水に濡れているし……。
 それにしても。雨なんて久しぶり、それどころかそもそも、こっちに来てからは初めてだ。
 この世界でもやっぱり、降るんだな……雨。改めて分かって、妙に安心する。
 俺が元居た世界では今、五月の下旬だったはずだ。もしかしたら、こっちの世界もそろそろ、梅雨になったりするのかな?
「そう言えば……」
 ふと、思い出す。
『――もうすぐ、数日に渡る長い雨が降る』
 昨日、御珠様が鰻の話をしていた時の予言のことを。
 あの時はそれほど意識していなかったんだけど……まさにぴったりと的中しているのだった。
「……流石だ」
 澄み渡った昨日の青空、夕焼けからは、こんな雨模様は普通は予測できないのに。
 それをさらっと当ててしまうなんて……御珠様、やっぱりただ者じゃないな……。
 ――ガタッ!
「!」
 まただ。再び例の大きな音が、すぐ近くから聞こえてくる。
 恐る恐る、その方を見てみると……。
「「あっ……」」
 目が合う。
 15、16歳ぐらいの、猫の女の子――ちよさんと。
 ちよさんは、大体五メートルぐらい離れた、縁側の上に立っていて。
 エメラルド色の瞳のぱっちりとした目、綺麗なピンク色の鼻、幼さを残した優しそうな顔立ち。ちよさんの銀色がかったグレー色と、白色の二色の毛はやや長めで、ふわっとしている。
 そしてちよさんの方も、今初めて、俺が縁側に出て来たことに気が付いたらしくて……瞬きをしながら、こっちの様子を伺っていた。
 でも、どうしてちよさんが縁側に? それに、今の音の正体は? 
 その答えはすぐに見つかった。
 ちよさんが両手で支えて、倒れない様にしているのは……雨戸。
 そう、ちよさんは雨戸を閉めようとしていて。だけどそれが、縁側の外側に設けられた、レールの付いた敷居から外れてしまったらしい。
 さっきの音はちよさんが、倒れてしまった雨戸を敷居に戻そうとしていた音だったんだ。
 だけど、分厚くて茶色い木で出来ている上に、大体155センチぐらいのちよさんや、170センチの俺よりも更に背の高い――多分180センチ以上は有る雨戸を持ち上げて元の位置に動かすのは、とても大変そうで……。
「手伝いますよ」
 俺は雨戸に近付いて、その片方の端っこに手を掛ける。少し触っただけでも、その重みが手の平に伝わってきた。これは、女の子が一人で持ち上げるのには、ちょっと厳しい重さだ……。
「あ、浅野、さん……?」
 ちよさんは目を丸くして、しなやかな長いしっぽをぴんと立てていたけれど。
「え、えっと……お、お願いします……!」
 縁側を濡らしていく雨を見て、俺とは反対側の雨戸の端を掴んだ。
「持ち上げれば、良いんですよね……!」
「はい、二人で同時に動かします……!」
 雨と風の音にかき消されない様に、普段よりも大きな声で確認する。
「分かりました!」
 そして頷き合って、タイミングを見計らって……。
「「せーのっ!」」
 力を込めると、雨戸が少し浮き上がる。
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