もふけもわふーらいふ!

夜狐紺

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第一章 お屋敷編

第五十三話 九尾の誘い

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何かの用事で街へと出掛けていた御珠みたま様とよもぎさんと十徹とうてつさんは、午後四時ぐらいに、いつの間にかお屋敷へと帰って来ていて。
 外出していた理由をそれとなく御珠様に尋ねてみたけれど、笑って答えてくれなかった。蓬さんと十徹さんからも、やっぱり、はっきりとした答えを得ることはできなかった。
 でもまあ、それも仕方のないことだろう。三人は恐らく、街全体に関わるほどの大切な用事に出掛けていたのだ。それなら、その内容を誰かに言いふらさない方が正解だ。
 そう思ったので俺は、そのことについてそれ以上は、特に訊いてみることはしなかった。
 
 そして夕方には蓬さんに薪割りと、お風呂の沸かし方を教えて貰った。
 場所はお屋敷のお風呂と壁を隔てて設置されていた土間の様な空間で、沢山の丸太が積まれていた。
 薪割りは案外、力任せだけではできない作業で、むしろ力の加減が要求される難しい作業で。ましてや鉈で一発で割れる様になるのにはまだまだ時間が掛かりそうだ……。
『焦らずに、少しずつ覚えていけば良いよ。それに、どうせ燃やしちゃうんだからね』と、蓬さんは言ってくれたものの。
 楽しそうに話しながら鉈で薪を割っていく蓬さんの動作は目に見えない位に素早くて、しかも仕上がりも滅茶苦茶に綺麗で……真剣に見入ってしまった。
 やっぱり、あれぐらいテキパキできる様になれれば格好良いな……。
 そして俺には、風呂を沸かす為に薪を燃やそうとする前、警戒していることが有った。
 それは、煙が目に染みるんじゃないか……という懸念。昔一度、何かの行事で飯盒炊爨はんごうすいさんをしたことが有って……似た様な苦しみを味わったことが有って、かなり警戒していたのだ。
 だけど今回は、切った薪を燃やすと確かに煙は沢山出たけれど……目に染みて痛くなったり、咳き込むこなんてなくて。それどころかむしろ、さっぱりとしたミントの様ないい香りが漂ってきて……。
 不思議に思って蓬さんに尋ねてみるとそれは、ある山脈で採れる木を使った薪なのだと教えてくれた。
 そのお陰で、初めての風呂焚きは思ったよりもスムーズに進んで――。


「ふーっ……」
 足を伸ばすとちゃぷん……と、お湯が揺れる音がする。視界を覆いつくすほど盛んな湯気。
 暖かいお湯に全身を、それから心までをも満たされていく。
 ……気持ち良い。ただひたすらに、気持ち良いな……。
 初めての一番風呂だった。
 蓬さんの計らいで、恒例となっていたお風呂の順番を決めるくじ引きを今日は俺は免除になって、最初に入って良いことになったのだ。
 これまでのくじ引きでは負けっぱなしで、一番風呂なんて夢だとばかり思っていた。
 そしてこうして入ってみると、やっぱり、いつもとはどこか違うな……。……もっと、もっと、体全体が癒されて、全身の力が抜けていく……。自分で沸かしたからというのも、あるんだろう。いつもよりもずっと、お湯に包まれているみたいだ……。
 風呂場に付けられた格子窓の外からはまだ、雨の音がする。だけど、雨で冷やされた風が風呂場を吹き抜けるのが本当に心地良かった。そのお陰でのぼせないで、いつまでも入っていられて……。

 俺の次に入ることになっていた子狐達――都季とき灯詠ひよみが、早く代われと抗議してくるまで、それこそ三十分以上は風呂場で過ごしていたかもしれない。


 そして部屋に戻って布団を敷いて、暖まった体のまま寝っ転がる。
 雨はまだ降り続いている。耳を済ましてその音に聴き入っている内に。
 あ……眠い、かも……。次第に意識が遠ざかっていって、うとうととし始めて……。
「……zzz……」
 俺は二日連続で、かなり早い時間に寝落ちしてしまったのだった。


「ん……」
 ……何だか、体が熱い。と、いうよりも、蒸している……?
 布団は……被っていなかった、はずなのに。何か、ふわふわしたものに、全身が包まれている様な……気が……。まだ、風呂の余韻が残っているのか……? 
 ふわり。
 そして、今、一層ふわっとした物が頬を撫でる。く、くすぐったい……。
「う、う~ん……」
 こ、これは熱いな……。俺は身をよじる様に、寝っ転がったまま大きく両手を前に伸ばした。
 ぷにゅっ。
 すると。何か二つの物が、それぞれの手の平に触れる感覚。
 ? 何だこりゃ。
 ぷに、ぷに。
 手触りは滑らかで。弾力が有って……ふんわりしていて……?
 ……。…………。………………。
 これって……!!
「くふふ、くすぐったいのう……」
 目を開ければ、九尾の狐の御珠様の顔がすぐ近く、それこそ鼻先がぶつかってしまいそうなぐらいの至近距離で。
 えっ……え? 混乱のあまり声が出ない、反応も追いつかない。……え?
 御珠様が俺のすぐ隣に寝っ転がっていて。にたっと笑ってこっちを見つめていて。
 しかも何故か御珠様の着物の胸元は、いつもの様にはだけていて……当然、その……大きな、おっぱいが、かなり見えちゃっている訳で……? 
 そして、俺の両手の平はそれぞれ……。
「おぬしと言えど、やっぱり夜はお盛んじゃな……」
「! う、うわっ――」
 揉んでいた。御珠様の、すごく大きな、お、おっぱいを、揉んでしまっていて……!
 思わず声を上げて跳ね起きようとしたけれど、間に合わない。
 ぽふん。
「???!」
 すかさず御珠様の両手が俺の後頭部をロックして。
 ぎゅむっ。
「~~~!」
 そのまま、谷間に顔を押し付けられる……!!! 
 や、やわらかい御珠様の、おっぱいが……顔に当たっている……!
 視界を一面覆うのは、御珠様のもふもふの胸元の毛。かなりの圧迫感。
「今日は、逃がさぬよ?」
 じゅるり。
 愛おしそうな声と共に耳元で、そんな舌なめずりの音。ぞくっとした感覚が背筋に走る。
 心の準備なんてできているはずがない。
 ま、マズい。御珠様が俺を連れて来た当初の目的を忘れていた……!
 今までは逃げ出せる状況だったけど、今度こそ、色んな意味で、狩られてしまう!
 どうにか俺は、手足をばたつかせて逃げ出そうとする。だけど、体が、全く、動かない!
 もふもふとした物――恐らく御珠様の九本のしっぽが俺の手足や胴体に巻き付いて、がっちりと固めていて。こんな風に御珠様に襲撃されるのは二回目で、だけど当然対策なんて思いつくはずがなく――。
「どうしてやろうかのう。じっくりと致すか、それとも早速まぐわうか、くくく……」
「ひゃっ……!」
 ぺろり。
 と、やわらかくて、とろりとして、暖かな感覚が右の頬に走る。
「どうだ、狐の舌は? 矢張り良いだろう?」
 ぺろっ。
 もう一回。御珠様の長い舌に、今度は左の頬が思いっ切りなめられて……痺れるような、くすぐったい様な奇妙な感覚に包まれて、全身の力が抜けていき。
 だ、駄目だ、もう、なすがままに、身を委ねるしか……。
 と、投げやりになって運命を受け入れようとした時に。
「……あ、あれ?」
 一瞬で、全身がふわりと解き放たれる感覚。
 いや、確かに俺の全身を縛っていたしっぽが解けて、また手足を動かせるようになっている。
 それに御珠様は腕を解いて、胸元からも顔を離すことができた。
 ひとまず、諸々の危機は去った、らしい。動ける……よな。
 でも、何で御珠様が俺の部屋に? ……やっぱり、隙を突いてまぐわうため?
 未だ状況は掴めないまま、ほっとしながらも、困惑していると。
「ふふ、すっかりお目覚めの様じゃな」
 御珠様は寝っ転がったまま、じーっと俺のことを見つめていて……。
「え、あ……はい」
 どう反応したら正解なのか分からないまま、素直に頷いた。
「起きれるか?」
 そして御珠様は体を起こして、はだけた胸元を直して、右手を俺に差し伸べてくれる。
 反射的に手を取って、俺も体を起こす。御珠様のこげ茶色の肉球の、ぷにぷにした感触が、とても気持ち良い。
「本当なら、少しばかり布団の中で夜を楽しみたいのだが……」
「……どうして、俺の部屋に来たんですか?」
 御珠様の発言はスル―して、尋ねてみる。昨日の夜と同じく、障子にはわずかな明かりしか映っていない。縁側と外が雨戸によって隔てられているからだ。
 勢いは若干弱まったものの雨はまだ降り続いているらしく……音がかすかに聞こえてくる。こんな夜中に、なんの用だろう? ますます御珠様の目的が分からなくなる。
「内緒だぞ」
 だけど御珠様は、何故か楽しそうにえっへんと胸を張る。夜中なのに元気なのは、夜行性だから……?
 またいつもの様に、まぐわおうとか言い出すんじゃない、よな……? 流石にもう、そう簡単に警戒を解けないでいると。
「それに……おぬしが望むなら、今からでもたっぷりしてやろうぞ?」
「い、いえ……!」
 案の定御珠様はそんな言葉を掛けてきて、俺は慌てて首を横に振った。
「ふふ、そうか。でもまあ、とにかく……」
 だけど御珠様は満足そうに頷いて。
「行こうぞ?」
 御珠様は立ち上がると、俺の部屋の障子を引き、手招きをした。こっちに呼び込む様にくいっと、九本のしっぽも動かして。
「……どこに、行くのですか?」
 こんな夜中に、それも、何の前触れもなく……?
「……」
 だけど、御珠様は口をつぐんで。答えてくれなくて。
 じっと、俺の方を見て。
「行こうぞ」
 と、もう一回呟いて。
 笑った。
 ……? そんな御珠様の様子に、ふと違和感を感じる。
 どうしてだろう。口調はいつもと同じだし、表情だって笑顔なのに……。
 その声音が、どこか、有無を言わさぬ様な響きを持っている気がして。
 それに、顔には影が差していている様に見えてしまう。それは単に部屋が暗いだけが理由じゃなくて……?
「は、はい」
 結局俺は、押し出される様に立ち上がって着物を整えた。
「よいよい」
 と、御珠様は満足そうに頷く。その様子はやっぱり、いつもの明るい御珠様で。
 違和感なんかどこにも感じなくなっていた。
 何だったんだろう、今の……?
 と、思いながらも、御珠様に続いて部屋を出て、縁側を踏む。
「あ、そうそう。……景」
 すると御珠様はすぐに振り返って、言う。
「先に一つ、寄っておきたい所が有る」
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