もふけもわふーらいふ!

夜狐紺

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第一章 お屋敷編

第六十話 雨夜の儀 四

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「この中の誰か一人だけは、とっても辛い水が当たってしまうのじゃ……!」
 御珠様は、おどろおどろしい声で、どこか愉快そうに告げる。
 虹色の光の玉を生み出している、逆さまに置かれた傘に張られた水。その水に浸されていた竹筒の中身を、御珠みたま様はお屋敷の皆のコップに注いだ後で……。
「「えっ……」」
 途端に青ざめて、コップを取り落としてしまいそうになる都季とき灯詠ひよみ
「で、でも、同じ筒から注ぎました、よ……?」
 ちよさんが再びコップを見つめながら、不安そうに首を傾げている。
 確かにその通りだ。同じ竹筒から注いだのに、一人だけが辛い味で、他の人の分は甘い蜜の様な味になるなんて、あり得ないはずだ。あくまで、普通は、だけど……。
「虹色が出た時は、決まってこうなるのじゃよ。不思議なもので……」
 こればっかりはどうしようも無いという風に、御珠様が首を振る。
 基本的には甘い水なんだけど……この中の一人だけが、辛い水に当たってしまう。
 くじ引きで言うと他の人が中吉ぐらいなのに、一人だけ必ず凶を引いてしまうという感じか。
 ということは虹色の光の玉って、考え様によっては外れの色なんじゃ……。
「……さて。それでは」
 御珠様が、待ってましたとばかりに微笑んだ。とっても、生き生きとした表情で。
「皆で、運試しといこうかのう。なに、辛いと言っても、あくまでそこそこ、臆するほどではない」
 とは言うものの、警戒しない訳にはいかない。
 どれほど見ても、コップの中の水は無色透明で。
 それが甘いか辛いかなんて、御珠様ですら分からないのだから素人の俺には区別はつかない。他の人の水も全て同じに見えた。
 このお屋敷の人達は甘党が多いみたいで、皆同じように水に目線を落としては、緊張した表情を浮かべている。まあ、辛党の人でも、ただ単純に辛いだけの飲み物は敬遠するに決まっているけど……。
「引っ掛かっても恨みっこなし。泣くんじゃないぞ?」
 そして御珠様は楽しそうに、こう言った。明らかに、よもぎさんの方を向いて。
「余裕ぶっている者が足元を掬われるのは、特に見ものじゃからのう」
「まさか、そういうたまちゃんが引っ掛かったりしないよねえ?」
 若干酔っぱらっているのかよもぎさんは、いつもよりも声が高くなっている。
 そんな二人のただ事では無さそうな口調から、昔、虹色の光の玉が出た傘の水を巡って、二人の間で何らかの闘いが繰り広げられたのは明らかだった。さっき聞えてきた話と違って、蓬さんも皆の前でも普通に「たまちゃん」って言っているし……。
 こうして見てみると、御珠様と蓬さんって良きライバル――というか、かなり仲の良い友達だ。
「またまた。蓬の方こそ、泣いてわらわにすがってくるではないぞ?」
「たまちゃんは昔から、前置きだけは立派なんだからねえ? 楽しみにしているよ?」
「「……」」
 二人の間でバチバチと飛び散る見えない火花。あれ、こんな光景、前もどこかで見た様な……。
「それじゃ……」
 そして御珠様が仕切り直し、という風にコン、と咳ばらいをする。
 そして再び、場に緊張が漂った。
 結局何度見ても手元の水は何の変哲もなく――少なくとも、辛そうには見えないな。
 いや、まあ、子狐達も飲むんだから、常軌を逸した辛さとかじゃないにせよ……。
 だけど、もしも飲む人の年齢によって、辛さの段階が変わるとしたら? 17歳の俺が当たってしまった場合には、かなりの辛さを喰らう可能性だって有るんじゃないか……?? 
 じわっと、手汗が出てくる。意識しただけで体が熱くなってきてしまう。
 辛いの、そんなに得意じゃないんだけどな……。
「始めるぞ。いっせーの……」
 間髪入れずに御珠様が左手を挙げる。皆が口元に、盃やコップを持っていく。
「せっ!」
 そして、振り下ろされる左手。
 覚悟を決める。
 声と同時に、くいっとコップを傾けた。目を閉じる。
 ……。…………。
 喉を水が通っていく。刺激は………………無い。
 だけど、酷い辛さっていうのは大概、後から襲ってくる。
 まだ少し様子見で……。
 ………………。
 ……やっぱりだ、辛くない! 残っていた水を飲んでも、すっきりとした甘さで。幸せな気持ちに満たされる様な味だった。
 当たりだ!
「良かった……」
 ほっと息をついているちよさんも、どうやら当たりだったらしく。安心した様にぱたん、としなやかなしっぽを一回振った。
「ちっとも辛くなかったのです」
「平気の平左」
 喉元過ぎれば熱さを忘れるという風に、灯詠と都季もけろっとして、平然と水を飲み干している。
「…………」
 十徹とうてつさんも首を振って、辛くなかったと否定した。
 ちよさんと十徹さんと灯詠と都季と俺は、当たり。
 ……と、いうことは、つまり。
 必然的に皆の視線が、御珠様と蓬さんに集まる。
 その二人の盃にはまだ、水が並々と入っていて。実はまだ手を付けていないというのが明らかだった。
 やっぱりこの二人が残ったか……。まあ、こうなるよな。半ば予想していた展開だけれど……。
「……矢張りこうなる定めじゃな、蓬よ」
「……難儀なものだねえ、たまちゃん」
 さっきよりも余裕の無くなった表情で、二人は言葉を交わし合うと……。
「「いっせーの……」」
 タイミングを合わせて、くいっと盃を傾けた。
 お屋敷の皆が、固唾を飲んでそんな様子を見つめている。 
「「……」」
 飲み干した飲み干した後も二人は、意地を張っているのか無表情、無口で。
 どっちが辛かったのか、まだ分からない。
「――」
 だけどしばらくして、最初に蓬さんが口を開いて……。
「~~~!!!!」
 と、その前に。
 御珠様が両手で口を押えて。
 全速力で、井戸の方へと走って行って。
 慌てて水を桶に汲んで、それを一気に飲み始めた。
「……」
 勝敗は明らかだった。ああ……と、何とも言えない気持ちで、そんな様子を見ていると……。
「ふ……ふう……今一つ、迫力に欠ける辛さだったな……」
 と、ぜーぜーと息を吐きながら、御珠様が口元を拭いながらこっちに戻って来る。
 無理しなくても良いのになあ……。目元もちょっと潤んでいるし……。
「たまちゃん……大丈夫?」
 けれど、敵だったはずの蓬さんに同情されて、そんな御珠様の虚勢は簡単に崩れる。
「う、ううっ……ず、ずるいぞ蓬! どうしてわらわはおぬしにずーっと勝てないんじゃ!」
「だって、たまちゃん、昔からくじ運無いから……」
「それがおかしいと言っておる! 腑に落ちん……!」
「まあまあ。いつか打ち負かされる日を、私は楽しみにしてるからね、たまちゃん」
「くうううう……! おのれ蓬……見ておるが良いぞ……いずれはくじを操る術だって作って見せるからのう……!」
 と、言って、悔し気に九本のしっぽをぶんぶんと振る御珠様は、やっぱりどこかかわいらしくて。
 他の人達は微笑ましそうにそんな様子を眺めていて、和やかな雰囲気が漂っていた。


 ――――。
 そんな感じで、その後も梅雨入りを祝うパーティーは続いていって。
 沢山食べて沢山飲んで沢山話して、凝縮された楽しい時間はあっという間に流れていき――。
 ――。
「……」
 ぱちっと目を覚ませば、視界は明るかった。
 まともに朝に起きたのって、久しぶりかもしれない。
 ここ何回か、夜中に起きてばっかりだったから……と、目をこすりながら、体を起こして伸びをする。
 けれど。
 ……? ようやく気が付いた。俺が眠っていたのは、自分の部屋よりもずっと広い部屋――お茶の間だったことに。
 それに。お茶の間から続く縁側にずらっと並べられて閉ざされていた雨戸は、いつの間にか全て開け放たれていて……その向こう、お屋敷に降り注ぐ雨は、すっかり弱くなっていた。
 薄くなった雲は、ほんのりとオレンジ色に染まっていて。
 そして、その雲間から覗いているのは――太陽。
「おはよう、景君」
 蓬さんの声がする。
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