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1章
5話
(今頃、ノアはどうしてるんだろう)
室内に戻った俺は、ライティングチェストの鍵付きの棚を開け、一冊の本を取り出した。
最後に会った日、ノアから手渡された例の本だ。
『花を見つけた獣の話』は、凶悪な見た目と強い力を持って生まれたために、他の動物たちや人間に忌み嫌われていた孤独な獣が、森で出会った優しい花に恋をして自分を変えようとする――というストーリーだった。
最後は花に自分と同じだけ生きることのできる寿命を与えるための魔法を手に入れる旅に出た獣が、花のところに戻ってきて二人仲良く幸せに暮らすというハッピーエンドだ。
美しい挿絵もたくさん散りばめられていて、眺めるだけでも心が弾む。中には本と一緒にノアがくれた一輪の青いバラの栞を挟んでいる。
俺は、一番好きな獣が花のもとに帰ってきたシーンに挟んである栞を手に取った。
(できるならもう一度、ノア会いたい)
彼はいつも俺を引っ張って新しい世界を見せてくれた。
(今の状況、ノアにだったら相談できたかもしれない)
思えば思うほど、ノアに会いたい気持ちが強くなっていく。だが彼に最後に会ってから、もう十年以上経っている。
それに彼の手がかりはこの本と栞しかない。
少し大きくなってから、フルールの貴族について調べた。シュヴァリエ伯爵という貴族は見つけられたが、ノアという子息はいなかった。
彼は一体、どこの誰だったのだろう。身のこなしや振る舞いを思い出しても、庶民でなかったのは間違いない。それにノアにも、いつも護衛らしき大人が付いていたのも覚えている。
青いバラの栞を眺めていると、なぜかレオンハルトの瞳が思い出されて複雑な気持ちになってしまう。
「いやいや……これはノアの思い出の品だよ。思い出すな、僕」
瞼の裏に浮かんだレオンハルトの冷たい横顔を散らすように左右に頭を振ると、本を棚に戻してベッドに戻った。
「おはようございます、ルカ様。お変わりなくお過ごしでしょうか」
灰色がかった赤髪に緑色の瞳の青年が微笑む。相変わらず下まつげが長いなと思いながら、返事をした。
「ありがとうございます。特に変わったことは何も。体調も良いですし」
「そうですか。それは何よりでございます」
彼はパトリック・ライマー。
ラウエンハイムの貴族であるライマー公爵の子息で、レオンハルトの従臣としてセリニエールへ共に留学していた。
パトリックと僕は同い年で、カレッジではずっと同じクラスだった。しかもなぜか席が隣同士になる確率が異常に高く、行動を共にすることも多かったのである。
なんの因果か、クラスメイトから僕の世話係になったパトリックは、こうして今日もレオンハルトの代わりに様子を見にきてくれているのである。
それにしても数ヶ月前まで机を並べていた友人と敬語で話すというのは、正直言って落ち着かない。
「……ねえ、やっぱり普通に話せないかな。すごく気まずいんだけど」
だがパトリックは少し困ったように笑うだけだ。
「申し訳ございません、ルカ様。あなた様はすでに我が国の王子妃になられました。そのようなご身分の方に敬語を使わないなど、私が不敬罪に問われてしまいます」
「うっ……そっか、そうだよね……ごめんなさい。僕も気をつけます」
「いいえ、ルカ様はどうぞお好きにお話しください。私に敬語をお使いになる必要など一切ございませんので」
「う……わ、わかった……」
パトリックは貴族的な微笑みを浮かべて頷く。
「本日はレオンハルト様とルカ様お二人での公務のご連絡で参りました。来週、お二人にはレオンハルト様直轄領の魔法動物保護施設、エンガルテン視察へ行っていただきます」
この世界には、魔力を持つ動物たちが存在する。それぞれの種族がいろいろな魔法を持っているのだが、宝石を生み出すことができる動物や、治癒魔法を持つ動物などは密猟者に狙われることも多い。
もちろんどの国も規制をしていて、魔法動物の生息する森は王家や騎士団が厳しく管理しているのだが、それでも密猟者たちは後を絶たないのだ。
セリニエールにも魔法動物保護施設はいくつがあり、本と同じぐらい動物好きの僕はカレッジの奉仕活動で何度も訪れたことがある。
情報が国外に漏れにくいラウエンハイムの保護施設を視察できるのは大変興味深い視察なのだが、問題はレオンハルトが一緒だということ。
「あ、あのさ……別々に行くことはできないのかな」
「……どういうことでしょう」
「いやぁ……なんていうか、その……レオンハルト様も僕と一緒じゃないほうが気楽だろうなと思って」
「……それは難しいですね。今回の公務はめでたくご結婚されたお二人がともに訪問されることに意味がございますので」
「でも、レオンハルト様はそれでいいのかな。公務とはいえ、望まない結婚相手なんかと一緒にいたくないだろうし。そうだ、レオンハルト様には恋人か、誰か好きな方がいらっしゃるんじゃないの? 僕は特に構わないけれど、念のため――」
「は?」
綺麗な緑色の瞳が零れんばかりに見開かれている。クールな彼がこんな表情をするのは激レアだ。
「な、なに?」
パトリックはハッとした表情になり、頭を下げた。
「お言葉を遮ってしまったご無礼、どうかお許しください。ですが……わたしの聞き間違いかもしれませんが……今、なんとおっしゃいました?」
「レオンハルト様に恋人がいらっしゃるかってこと?」
「いえ、それよりも前です」
「ああ、望まない結婚相手なんかと一緒にいたくないだろうからって言ったけど。それがどうかした?」
「そのようなこと、誰がルカ様のお耳に入れたのです?」
「強いて言うなら……レオンハルト様かな」
「はっ⁉」
パトリックは目を見開いて大きな声で叫ぶと、しばらく呆然としていた。やがてハッと我に返ると、ごまかすような咳払いのあと、真剣な表情で少し身を乗り出してくる。
「ルカ様。そのお話、詳しくお聞かせ頂けますか」
「う、うん……いいけど。でも他の人には聞かれないほうがよさそうな気がする」
「承知しました」
パトリックが目で合図を送ると、僕たちを取り囲んでいたメイドや従者たちが一斉に姿を消した。
「ルカ様、お話の続きですが」
「話すけどさ……やっぱり敬語はやめてもらえないかな。今は僕たち以外、誰もいないし。いいでしょ? なんだかすごく寂しいよ。もしリックが前みたいに話してくれたら僕も話すからさ」
リックというのはパトリックの愛称で、数ヶ月前まで僕が呼んでいた名前でもある。
彼はしばらく思案するように黙っていたが、やがて大きなため息を吐き、肩をすくめてこっちを軽く睨んできた。
「……わかったよ。でも二人きりのとき限定だぞ」
「うん! やったぁ‼ ありがとうリック!」
「ったく、なにがそんなに嬉しいんだよ」
顔を合わせていても、敬語とかしこまった態度では元級友と話している気がしなかった。
だが目の前の彼はよく知っている、何年も同じ教室で一緒に過ごしてきたリックだ。
「嬉しいに決まってる! リック大好き!!」
どうやら僕は自分が思っている以上に寂しさを募らせていたらしい。嬉しさのあまりリックに飛びつこうとしたが、華麗にスルーされた。
「どうして避けるのさ!」
「当り前だろうが。おまえに抱きつかれなんかしたら、明日には惨殺死体になっててもおかしくないんだぜ」
「なに言ってるのリック」
そういえば学生時代から、たまにおかしなことを言うときがあった。だが僕のほうがおかしいとでもいいたげな顔で、こめかみを押さえながら大きく息を吐いた。
「……いいからさっきの続きを詳しく聞かせろ。レオンハルト様が望まない結婚だって言ったのか?」
「うん」
「本当に?」
リックは信じられないという顔で僕を見ている。
仕方ない、全部話すしかなさそうだ。
「レオンハルト様と僕、結婚式で頬にキスしただろ。あれ、実は振りで本当はしてないんだ」
「だろうな」
「知ってたの?」
「……いや、なんとなくそう思っただけだ、気にするな。で、それがなんでレオンハルト様が結婚を望んでいないことになるんだ」
「そのときに言われたんだ。キスする振りしかしないから、僕もそうしろって。それって、頬にキスすることすら嫌だってことじゃないか」
リックは黙っていたが、なぜかこめかみのあたりに青筋が立っている。
「それにラウエンハイムに来てすぐに、レオンハルト様からお手紙を頂いたんだよ。それにも、公自分のことは忘れて生活してくれって書いてあったから」
それを聞いたリックは天を仰いだ。
「アイツ……やっぱりどうしようもねーな」
「アイツ? 誰のこと?」
リックは少しだけ考えるように視線を上に向けていたが、やがてガシガシと後頭部を掻いた。
「あーもう、面倒くせえ。ルカ、二人きりのときはレオンハルト様のこともレオンって呼ばせてもらう。主従関係はあるがアイツと俺は幼馴染みたいなもんなんだ。だから普段はレオンって呼んでるし、敬語も使わない」
「そうだったんだ! 知らなかった。カレッジのとき、レオンハルト様と全然一緒にいなかったよね? まあ学年が違うからってのもあるのかな」
「……まあ、あの頃はあの頃で色々あったんだよ。それよりルカ、そんなことになっていたとは思わなかったぜ。悪い。嫌な思いさせたよな」
「なんでリックが謝るの? まあ、どうしてこんなに嫌われているのかはわからないけど、望まない結婚っていうのは僕も同じだから。レオンハルト様、きっと好きな方がいらっしゃるんだよ……その気持ちも、わからないでもないしさ」
「は? ……おいまて、ルカ……おまえ、まさか……誰か好きな奴がいるのか?」
リックが青褪めた顔で僕の両肩を掴んだ。声がいつもより低い。
「えっ⁉ いないよそんな人⁉ ただ最近ちょっと、初恋の人に会ってみたいなって思ったりして。別に好きとか、そんなんじゃなくて。うーん。自分でもよくわかんないや、うまく説明できないんだけど……
幼馴染に久々に会いたいみたいな。そんな感じかな」
ノアの不敵な笑顔を頭に浮かべながら答える。もうずいぶん経ってしまったし、お互いどこかですれ違っても気づかないだろう。だがリックは僕の答えを聞いた途端、絶句して固まってしまった。顔色は青を通り越して真っ白になっている。
いくら元級友とはいえ、自分の主君と結婚していながら、他に気になっている人がいるかのような話を聞かせてしまったのはまずかったかもしれない。
(しまった、なにかフォローしないと)
「あ、でも! その人にはもうずっと会ってないし、さっきも言ったけど、好きとかそういうのじゃないし! そもそも貴族が恋愛結婚できるなんて思ってないから。とにかくこれからはレオンハルト様の足手まといにならないように、それにラウエンハイムとセリニエールのためにも王子妃として頑張るからさ! よろしくね‼」
頑張って伝えたのにリックは「ああ」とか「うう」とか呻くばかりだ。
「……俺、そろそろ行くわ。使用人たちはもう呼び戻してもいいよな?」
「うん、大丈夫だよ」
「ルカ、これだけは言わせてほしい。アイツ……いや、レオンハルト様は悪いお方じゃないんだ、本当に。どうか、見捨てないでやってくれ……」
それだけ言い残すと、リックはよろめきながら去っていく。
(見捨てられそうなのはこっちだと思うけどな)
リックの後ろ姿を見送りながら、僕は小さく息を吐いた。
室内に戻った俺は、ライティングチェストの鍵付きの棚を開け、一冊の本を取り出した。
最後に会った日、ノアから手渡された例の本だ。
『花を見つけた獣の話』は、凶悪な見た目と強い力を持って生まれたために、他の動物たちや人間に忌み嫌われていた孤独な獣が、森で出会った優しい花に恋をして自分を変えようとする――というストーリーだった。
最後は花に自分と同じだけ生きることのできる寿命を与えるための魔法を手に入れる旅に出た獣が、花のところに戻ってきて二人仲良く幸せに暮らすというハッピーエンドだ。
美しい挿絵もたくさん散りばめられていて、眺めるだけでも心が弾む。中には本と一緒にノアがくれた一輪の青いバラの栞を挟んでいる。
俺は、一番好きな獣が花のもとに帰ってきたシーンに挟んである栞を手に取った。
(できるならもう一度、ノア会いたい)
彼はいつも俺を引っ張って新しい世界を見せてくれた。
(今の状況、ノアにだったら相談できたかもしれない)
思えば思うほど、ノアに会いたい気持ちが強くなっていく。だが彼に最後に会ってから、もう十年以上経っている。
それに彼の手がかりはこの本と栞しかない。
少し大きくなってから、フルールの貴族について調べた。シュヴァリエ伯爵という貴族は見つけられたが、ノアという子息はいなかった。
彼は一体、どこの誰だったのだろう。身のこなしや振る舞いを思い出しても、庶民でなかったのは間違いない。それにノアにも、いつも護衛らしき大人が付いていたのも覚えている。
青いバラの栞を眺めていると、なぜかレオンハルトの瞳が思い出されて複雑な気持ちになってしまう。
「いやいや……これはノアの思い出の品だよ。思い出すな、僕」
瞼の裏に浮かんだレオンハルトの冷たい横顔を散らすように左右に頭を振ると、本を棚に戻してベッドに戻った。
「おはようございます、ルカ様。お変わりなくお過ごしでしょうか」
灰色がかった赤髪に緑色の瞳の青年が微笑む。相変わらず下まつげが長いなと思いながら、返事をした。
「ありがとうございます。特に変わったことは何も。体調も良いですし」
「そうですか。それは何よりでございます」
彼はパトリック・ライマー。
ラウエンハイムの貴族であるライマー公爵の子息で、レオンハルトの従臣としてセリニエールへ共に留学していた。
パトリックと僕は同い年で、カレッジではずっと同じクラスだった。しかもなぜか席が隣同士になる確率が異常に高く、行動を共にすることも多かったのである。
なんの因果か、クラスメイトから僕の世話係になったパトリックは、こうして今日もレオンハルトの代わりに様子を見にきてくれているのである。
それにしても数ヶ月前まで机を並べていた友人と敬語で話すというのは、正直言って落ち着かない。
「……ねえ、やっぱり普通に話せないかな。すごく気まずいんだけど」
だがパトリックは少し困ったように笑うだけだ。
「申し訳ございません、ルカ様。あなた様はすでに我が国の王子妃になられました。そのようなご身分の方に敬語を使わないなど、私が不敬罪に問われてしまいます」
「うっ……そっか、そうだよね……ごめんなさい。僕も気をつけます」
「いいえ、ルカ様はどうぞお好きにお話しください。私に敬語をお使いになる必要など一切ございませんので」
「う……わ、わかった……」
パトリックは貴族的な微笑みを浮かべて頷く。
「本日はレオンハルト様とルカ様お二人での公務のご連絡で参りました。来週、お二人にはレオンハルト様直轄領の魔法動物保護施設、エンガルテン視察へ行っていただきます」
この世界には、魔力を持つ動物たちが存在する。それぞれの種族がいろいろな魔法を持っているのだが、宝石を生み出すことができる動物や、治癒魔法を持つ動物などは密猟者に狙われることも多い。
もちろんどの国も規制をしていて、魔法動物の生息する森は王家や騎士団が厳しく管理しているのだが、それでも密猟者たちは後を絶たないのだ。
セリニエールにも魔法動物保護施設はいくつがあり、本と同じぐらい動物好きの僕はカレッジの奉仕活動で何度も訪れたことがある。
情報が国外に漏れにくいラウエンハイムの保護施設を視察できるのは大変興味深い視察なのだが、問題はレオンハルトが一緒だということ。
「あ、あのさ……別々に行くことはできないのかな」
「……どういうことでしょう」
「いやぁ……なんていうか、その……レオンハルト様も僕と一緒じゃないほうが気楽だろうなと思って」
「……それは難しいですね。今回の公務はめでたくご結婚されたお二人がともに訪問されることに意味がございますので」
「でも、レオンハルト様はそれでいいのかな。公務とはいえ、望まない結婚相手なんかと一緒にいたくないだろうし。そうだ、レオンハルト様には恋人か、誰か好きな方がいらっしゃるんじゃないの? 僕は特に構わないけれど、念のため――」
「は?」
綺麗な緑色の瞳が零れんばかりに見開かれている。クールな彼がこんな表情をするのは激レアだ。
「な、なに?」
パトリックはハッとした表情になり、頭を下げた。
「お言葉を遮ってしまったご無礼、どうかお許しください。ですが……わたしの聞き間違いかもしれませんが……今、なんとおっしゃいました?」
「レオンハルト様に恋人がいらっしゃるかってこと?」
「いえ、それよりも前です」
「ああ、望まない結婚相手なんかと一緒にいたくないだろうからって言ったけど。それがどうかした?」
「そのようなこと、誰がルカ様のお耳に入れたのです?」
「強いて言うなら……レオンハルト様かな」
「はっ⁉」
パトリックは目を見開いて大きな声で叫ぶと、しばらく呆然としていた。やがてハッと我に返ると、ごまかすような咳払いのあと、真剣な表情で少し身を乗り出してくる。
「ルカ様。そのお話、詳しくお聞かせ頂けますか」
「う、うん……いいけど。でも他の人には聞かれないほうがよさそうな気がする」
「承知しました」
パトリックが目で合図を送ると、僕たちを取り囲んでいたメイドや従者たちが一斉に姿を消した。
「ルカ様、お話の続きですが」
「話すけどさ……やっぱり敬語はやめてもらえないかな。今は僕たち以外、誰もいないし。いいでしょ? なんだかすごく寂しいよ。もしリックが前みたいに話してくれたら僕も話すからさ」
リックというのはパトリックの愛称で、数ヶ月前まで僕が呼んでいた名前でもある。
彼はしばらく思案するように黙っていたが、やがて大きなため息を吐き、肩をすくめてこっちを軽く睨んできた。
「……わかったよ。でも二人きりのとき限定だぞ」
「うん! やったぁ‼ ありがとうリック!」
「ったく、なにがそんなに嬉しいんだよ」
顔を合わせていても、敬語とかしこまった態度では元級友と話している気がしなかった。
だが目の前の彼はよく知っている、何年も同じ教室で一緒に過ごしてきたリックだ。
「嬉しいに決まってる! リック大好き!!」
どうやら僕は自分が思っている以上に寂しさを募らせていたらしい。嬉しさのあまりリックに飛びつこうとしたが、華麗にスルーされた。
「どうして避けるのさ!」
「当り前だろうが。おまえに抱きつかれなんかしたら、明日には惨殺死体になっててもおかしくないんだぜ」
「なに言ってるのリック」
そういえば学生時代から、たまにおかしなことを言うときがあった。だが僕のほうがおかしいとでもいいたげな顔で、こめかみを押さえながら大きく息を吐いた。
「……いいからさっきの続きを詳しく聞かせろ。レオンハルト様が望まない結婚だって言ったのか?」
「うん」
「本当に?」
リックは信じられないという顔で僕を見ている。
仕方ない、全部話すしかなさそうだ。
「レオンハルト様と僕、結婚式で頬にキスしただろ。あれ、実は振りで本当はしてないんだ」
「だろうな」
「知ってたの?」
「……いや、なんとなくそう思っただけだ、気にするな。で、それがなんでレオンハルト様が結婚を望んでいないことになるんだ」
「そのときに言われたんだ。キスする振りしかしないから、僕もそうしろって。それって、頬にキスすることすら嫌だってことじゃないか」
リックは黙っていたが、なぜかこめかみのあたりに青筋が立っている。
「それにラウエンハイムに来てすぐに、レオンハルト様からお手紙を頂いたんだよ。それにも、公自分のことは忘れて生活してくれって書いてあったから」
それを聞いたリックは天を仰いだ。
「アイツ……やっぱりどうしようもねーな」
「アイツ? 誰のこと?」
リックは少しだけ考えるように視線を上に向けていたが、やがてガシガシと後頭部を掻いた。
「あーもう、面倒くせえ。ルカ、二人きりのときはレオンハルト様のこともレオンって呼ばせてもらう。主従関係はあるがアイツと俺は幼馴染みたいなもんなんだ。だから普段はレオンって呼んでるし、敬語も使わない」
「そうだったんだ! 知らなかった。カレッジのとき、レオンハルト様と全然一緒にいなかったよね? まあ学年が違うからってのもあるのかな」
「……まあ、あの頃はあの頃で色々あったんだよ。それよりルカ、そんなことになっていたとは思わなかったぜ。悪い。嫌な思いさせたよな」
「なんでリックが謝るの? まあ、どうしてこんなに嫌われているのかはわからないけど、望まない結婚っていうのは僕も同じだから。レオンハルト様、きっと好きな方がいらっしゃるんだよ……その気持ちも、わからないでもないしさ」
「は? ……おいまて、ルカ……おまえ、まさか……誰か好きな奴がいるのか?」
リックが青褪めた顔で僕の両肩を掴んだ。声がいつもより低い。
「えっ⁉ いないよそんな人⁉ ただ最近ちょっと、初恋の人に会ってみたいなって思ったりして。別に好きとか、そんなんじゃなくて。うーん。自分でもよくわかんないや、うまく説明できないんだけど……
幼馴染に久々に会いたいみたいな。そんな感じかな」
ノアの不敵な笑顔を頭に浮かべながら答える。もうずいぶん経ってしまったし、お互いどこかですれ違っても気づかないだろう。だがリックは僕の答えを聞いた途端、絶句して固まってしまった。顔色は青を通り越して真っ白になっている。
いくら元級友とはいえ、自分の主君と結婚していながら、他に気になっている人がいるかのような話を聞かせてしまったのはまずかったかもしれない。
(しまった、なにかフォローしないと)
「あ、でも! その人にはもうずっと会ってないし、さっきも言ったけど、好きとかそういうのじゃないし! そもそも貴族が恋愛結婚できるなんて思ってないから。とにかくこれからはレオンハルト様の足手まといにならないように、それにラウエンハイムとセリニエールのためにも王子妃として頑張るからさ! よろしくね‼」
頑張って伝えたのにリックは「ああ」とか「うう」とか呻くばかりだ。
「……俺、そろそろ行くわ。使用人たちはもう呼び戻してもいいよな?」
「うん、大丈夫だよ」
「ルカ、これだけは言わせてほしい。アイツ……いや、レオンハルト様は悪いお方じゃないんだ、本当に。どうか、見捨てないでやってくれ……」
それだけ言い残すと、リックはよろめきながら去っていく。
(見捨てられそうなのはこっちだと思うけどな)
リックの後ろ姿を見送りながら、僕は小さく息を吐いた。
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