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第三章 ベリンガム帝国の異変
<15>バレた正体
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やがて体から気持ち悪さが消える。立ち上がって、狼神たちは魔力がなじむまで黙って見守ってくれていた。
「ではまたいつか会おう。ベリンガムの子よ」
狼神の言葉に、再び頭を下げた。その時、ふと狼神が俺の背後に目を向けた。
「いつまで隠れているつもりだ。おまえは……ヴァンダービルトの小僧か」
「え!?」
振り返っても黒に近いほど濃い緑の木々が茂っているだけだ。人の気配はない。狼神は呆れたように息を吐くと、右前足の長い爪で空中を横に切るような仕草をする。
「うわっ!!」
次の瞬間、茂みの中から銀髪の男が転がり出てきた。
「え……レヴィ!? なんでここに!?」
「おまえを追って来たようだ。本来ここには魔力を分け与える者しか入ってはいけない。私の姿を見ることが許されるのはベリンガムの子らだけだ」
「申し訳ありません!!」
思わずレヴィを背に庇うようにして狼神に必死の思いで頭を下げる。レヴィがもし殺されてしまったらどうしよう。そうなったら相手が誰であろうと戦うしかない。そう腹を括った時、頭上から静かな笑い声が響いた。
「大丈夫だ。おまえに免じて小僧は殺さない。だが二度はないぞ」
「…っはい! ありがとうございます!」
ほっと息を撫でおろして顔を上げる。狼神は血のように赤い目を細めると少し驚いたような声を出した。
「ほう……ヴァンダービルトの小僧よ。おまえには呪いがかっているのだな。古くて複雑な……懐かしい呪いだ。ベリンガムの子よ、小僧の呪いを解く手助けをしてやるといい。そうすれば国はより繁栄するだろう」
「それは、どういう……」
もう少し詳しく聞きたかったが、再び強い風が吹きすさぶ。目を開けたときには、狼神も狼たちの姿もかき消えていた。
(これで儀式は終わったんだよな。俺の予想通りで良かった。しばらくしたら国の異変も治まるはずだ)
緊張が解け、ホッと息を吐く。すると後でレヴィが動く気配がした。
「おい、大丈夫か? ていうかなんでここに――」
振り返ると、レヴィは今にも泣き出しそうな顔でこっちをじっと見ている。先ほど茂みから引っ張り出されたときに、どこか痛めてしまったのだろうか。
「どうした? どこか痛むのか?」
伸ばした右手はレヴィに捕えられ、しっかりと包まれた。彼はその手を自分の方に引き寄せると、片膝をついてしゃが込む。そして握った手を祈るように押し戴いた。
レヴィの手は細かく震えている。先刻、別れたときとはあまりに違うその仕草に、俺はすべてを悟った。
(そうだ、隠れて見ていたならもう、俺が誰かを知ってしまったんだな)
しばらくの沈黙の後、レヴィは俺の手を胸元のあたりで握り直すして顔を上げた。
「なぜ、おっしゃってくれなかったのです」
「あ……」
ここで理由を伝えるのも場違いな気がして、言葉が出てこない。なんとかして他の理由を探そうと頭を巡らせていると、手を強く引っ張られた。
気がつくと視界いっぱいにレヴィの黒い服が広がっている。素早く背中と腰に回された手は俺を離すまいと強く絡みついている。
突然のことに頭も体もフリーズしていると、少しずつ右の肩口が温かく湿っているのを感じた。しばらくの無言の後、ふり絞るようなか細く震える声でレヴィが囁く。
「死ぬほど会いたかった……この23年、あなたに会いたくておかしくなりそうでした……アラン様」
愛弟子に久しぶりにその名で呼ばれた瞬間、俺の両目にも熱いものが滲んだ。
「ではまたいつか会おう。ベリンガムの子よ」
狼神の言葉に、再び頭を下げた。その時、ふと狼神が俺の背後に目を向けた。
「いつまで隠れているつもりだ。おまえは……ヴァンダービルトの小僧か」
「え!?」
振り返っても黒に近いほど濃い緑の木々が茂っているだけだ。人の気配はない。狼神は呆れたように息を吐くと、右前足の長い爪で空中を横に切るような仕草をする。
「うわっ!!」
次の瞬間、茂みの中から銀髪の男が転がり出てきた。
「え……レヴィ!? なんでここに!?」
「おまえを追って来たようだ。本来ここには魔力を分け与える者しか入ってはいけない。私の姿を見ることが許されるのはベリンガムの子らだけだ」
「申し訳ありません!!」
思わずレヴィを背に庇うようにして狼神に必死の思いで頭を下げる。レヴィがもし殺されてしまったらどうしよう。そうなったら相手が誰であろうと戦うしかない。そう腹を括った時、頭上から静かな笑い声が響いた。
「大丈夫だ。おまえに免じて小僧は殺さない。だが二度はないぞ」
「…っはい! ありがとうございます!」
ほっと息を撫でおろして顔を上げる。狼神は血のように赤い目を細めると少し驚いたような声を出した。
「ほう……ヴァンダービルトの小僧よ。おまえには呪いがかっているのだな。古くて複雑な……懐かしい呪いだ。ベリンガムの子よ、小僧の呪いを解く手助けをしてやるといい。そうすれば国はより繁栄するだろう」
「それは、どういう……」
もう少し詳しく聞きたかったが、再び強い風が吹きすさぶ。目を開けたときには、狼神も狼たちの姿もかき消えていた。
(これで儀式は終わったんだよな。俺の予想通りで良かった。しばらくしたら国の異変も治まるはずだ)
緊張が解け、ホッと息を吐く。すると後でレヴィが動く気配がした。
「おい、大丈夫か? ていうかなんでここに――」
振り返ると、レヴィは今にも泣き出しそうな顔でこっちをじっと見ている。先ほど茂みから引っ張り出されたときに、どこか痛めてしまったのだろうか。
「どうした? どこか痛むのか?」
伸ばした右手はレヴィに捕えられ、しっかりと包まれた。彼はその手を自分の方に引き寄せると、片膝をついてしゃが込む。そして握った手を祈るように押し戴いた。
レヴィの手は細かく震えている。先刻、別れたときとはあまりに違うその仕草に、俺はすべてを悟った。
(そうだ、隠れて見ていたならもう、俺が誰かを知ってしまったんだな)
しばらくの沈黙の後、レヴィは俺の手を胸元のあたりで握り直すして顔を上げた。
「なぜ、おっしゃってくれなかったのです」
「あ……」
ここで理由を伝えるのも場違いな気がして、言葉が出てこない。なんとかして他の理由を探そうと頭を巡らせていると、手を強く引っ張られた。
気がつくと視界いっぱいにレヴィの黒い服が広がっている。素早く背中と腰に回された手は俺を離すまいと強く絡みついている。
突然のことに頭も体もフリーズしていると、少しずつ右の肩口が温かく湿っているのを感じた。しばらくの無言の後、ふり絞るようなか細く震える声でレヴィが囁く。
「死ぬほど会いたかった……この23年、あなたに会いたくておかしくなりそうでした……アラン様」
愛弟子に久しぶりにその名で呼ばれた瞬間、俺の両目にも熱いものが滲んだ。
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