我儘王女は目下逃亡中につき

春賀 天(はるか てん)

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第三章 三年前~奉納祭~

奉納祭②(~眠気覚まし)

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【26】



そんな中、ローズロッテだけがにこやかな表情で口を開く。


「さあ、皆様。本日の眠気覚ましの『良薬』をご用意致しました。これを飲めば、どんな眠気も吹き飛ぶ事け合いですわ! それも美容と健康にも大変良いですから、まさに一石二鳥ですわね」

「………ロ、ローズ? この異様なくらい、どろっどろの黄土色と緑の泥水のようなモノは、な、何かしら? ………しかも腐った植物のような匂いもするのだけれど………」


見るからに動揺を露にした私は思わず席を立って後ずさる。

そんなワゴンの上には5つのグラスがあり、その中には今まで見たこともないくらいどろどろとした黄土色と緑色の液体が二層に分かれて入っていた。そしてそこからは甘ったるいような匂いの中に腐った植物の沈んでいる沼地のような匂いも混じっていて、その異様な匂いに吐き気すら覚えてならない。

見ると市井の彼女達も各自口許を押さえて、そのどろどろの液体を眉をしかめながら凝視していた。


「あら? これはリルディア様が#昨日仰っておられた『野菜汁』でしてよ? 今朝早くに、ここの料理番に特別に作ってもらったのですわ。リルディア様、仰られましたでしょう?「強力な野菜汁を飲めば一気に目も覚める」と」


………確かに昨日、そのような事を何気に口走ってしまったような心当たりはあるにはあるがーーしかしこれは果たして“飲み物”だと言えるのだろうか??


「そ、そうだったかもしれないけれど、でもこれって、人間の飲み物なの?? 泥沼から汲んできた腐った植物の泥水にしか見えないんだけど…………」


私は見たままの思った事を口にするとローズロッテは大きく肩を竦める。


「まさか!  そんなものをご用意するわけがありませんでしょう? これはわたくしがきちんと監修して、ここの料理番に作らせたものですのよ。確かに見た目や匂いなどは悪くはありますけれど、この中に入っている食材はどれも私達が日常食しているものばかりですのでご安心なさって?

それにあまりに苦すぎるのも飲みづらいと思いまして、野菜の他に果物も擦り下ろして入れてありますのよ? 私も先に少しだけ試飲を致しましたが、全く飲めないものではありませんでしたわ。ですから、これを飲んで私達の儀式の成功を確実のものとし、皆であのアニエス様を見返して差し上げませんこと?」


そんなローズロッテの言葉に背中を押されるようにして、先に市井の3人の彼女達はテーブルに並べられたその異様な野菜汁の入ったグラスを恐る恐る手に取っていた。


「………確かに見た目は悪くとも栄養だけは抜群にありそうですね。それにローズロッテ様が既に試されていらっしゃるのなら、きっと大丈夫なのでしょう?」

「そ、そうよね。それに美容にもすごく良いのですって。それなら王女様方のようにお肌も綺麗で髪も艶々になりそうだし、しかもこれなら確かに眠気も一気に覚めそう…………」

「そ、それに“良薬は口に苦し”と言うくらいだから、きっと効き目もすごいのよ。匂いなんて鼻をつまんでしまえばどうにか飲めるんじゃない?」


どうやら市井の彼女達は飲むことを決意したらしく、それでもまだ口をつける事に踏ん切りがつかずグラスから顔を背けたまま、なにやら天井を仰いでお祈りらしき言葉を呟いている。


ーー確かに、神様にお祈りしたい気持ちはすごくよく分かる。正直、私も一緒にお祈りしたい。

それでなくとも私は野菜は大の苦手なのだ。ーー苦みのあるものは特に。だからどんなに細かく切ったものや汁状にしてあるものが食事に混入されていても苦手なだけに直ぐに分かってしまう。それで以前まではそれらが入った食事は絶対に食さなかったものだが、さすがに今では少量ではあるけれど、細かく切ったりして現物が分からなくなったものなら何とか食べられるようにはなった。ーー私も大人になったものだ。

私は自分の目の前に置かれたそんな野菜汁を見て思う。切羽詰まっていたとはいえ、大の野菜嫌いであるくせに、よりにもよってどうして「苦い野菜汁を飲めば」などと口走ってしまったのだろうか。

そして現実に私に用意された見た目からして危険な空気さえ漂う野菜汁を前にしてこれが自分で用意したものでは無いにしろ、元はといえば自分が言い出したものなのにそれを飲まないわけにはいかないではないか!

その内、意を決した市井の3人がようやくグラスに少しだけ口を付ける。


「………あれ? 意外に飲めるかも」

「………本当だ。こんな色なのに果物の味がすごく濃くて苦いどころか甘い?」

「それに冷えているからかな? 匂いは確かに酷いけれど、それさえ除けばデザート感覚でいけるかも」


ーーえ? そうなの?


思いもよらぬ意外な高評価が聞こえてきて、私は拍子抜けしたようにグラスを見つめる。そして自分もそれを手に取ると勿論、鼻をつまむのを忘れずにグラスに一口だけ口を付ける。


「………んん? 本当だ。意外に大丈夫かも…………?」


確かに見た目も匂いも酷いが思いのほか味の方は果物の味が強くて、よく冷えている分、口当たりは飲むというよりは食べるデザート感覚である。


「これなら私でもなんとか飲めるわ。でも不思議………見た目も匂いも本当に酷いのに味の方は果物の味だなんて。それにただ甘いだけで全然苦くなんかないじゃない。 こんなので本当に眠気なんて覚めるの?」


そう言いながら味を確認した安心感もあるが、それでもやはり野菜をちまちまと味わうつもりはないので、グラスの中身を一気に飲み干そうと豪快にも口の中に流し込んだ瞬間、


「ああっ、リルディア様!? 底の方はよくかき混ぜませんと!!」


ーーと、慌てたローズロッテの声が聞こえた途端、私よりも先に同じようにしてグラスの中身を一気に飲み干していた市井の彼女達が3人同時に苦しそうに、それを吐き戻している姿が目に入った。そして当然、彼女達と同じ行動を取っていた私の方もーーー


「うっ!? ××××××ーーー」
(自主規制)

「リ、リルディア様っっ!!」


私は他の3人と同じ状態で先ほど食した朝食も体の養分になる前に野菜汁と一緒に全て吐き戻してしまった。そんな私達の異変に気付いた神女達が何事かと慌てて部屋に入ってきて騒然としている中、私はあまりの強烈な野菜汁の衝撃的な味と匂いの奇襲に合い、頭が急に真っ白になると、そのまま見えていた視界さえも一面真っ白に飲み込まれていった。



******



「………本当に申し訳ございません。リルディア様、まだご気分は優れませんか?」


非常に心配そうな表情でソファーに横たわっている私の顔を覗き込むローズロッテに私はヒラヒラと左手を振る。


「ーーああ、もう大丈夫よ。口直しもしたことだし体の方も全く問題ないわ。それにしてもアレが『二層』になっていたのはそういう事だったのね? それならそうと、もっと早くに言って欲しかったわ。最初に口を付けたのが甘かっただけにすっかり騙された気分よ」

「本当に重ねてお詫び申し上げます。私もまさかあのような飲みづらいものを皆様が一気に飲み干すなどと思い浮かびもしなかったものですから」

「………まあ、そうよね。貴女の感覚では分からなくても無理はないわ。貴族の淑女であればあんな飲み方など決してしないもの」


侯爵令嬢であるローズロッテが思い浮かばないのも無理はない。貴族の淑女教育を受けている貴婦人が人前であのように飲み物を一気に飲み干す行為など、マナー違反であり、非常に下品な行為になるのだ。だから飲み物は勿論のこと食事に至っても一口一口、小さく口許に持っていくのが貴族社会の常識である。

しかし私の場合は生まれながらにして王女であり、当然淑女教育はきっちり受けてはいるものの、国王である父は私を貴族の慣習などに縛る事もなく自由奔放にさせてくれているし、母が市井の出身者だけに私の感覚は貴族と市井の常識が入り混じっていて私の性分的にも市井の感覚が強い為、こうして身近で市井の彼女達の中で接していると、自分が王女である事すらも忘れ行動してしまった結果がこれである。

ーーでもまさか、あの野菜汁にそんな仕掛けがあったとは。

しかしローズロッテと料理番は意図して仕掛けたわけではなく、ただ単純に最初にグラスに入れたのが苦味の強い野菜ばかりをすり潰した汁で、それだけでは当然、飲める代物しろものではないのでその後に甘い果物だけを擦り下ろした汁を入れただけなのだという。

そして中身をかき混ぜてしまうと色合いが見た目にも大変よろしくないので敢えて『二層』にしておいて、上層の果物の甘い味で先に口の中を慣らしておいてから、下層の苦い野菜汁と混ぜ合わせて飲むというのが本来の正しい飲み方だったらしい。

ーーそれならそうと本当に「早く言え!!」である。

そうとも知らずにあんな匂いも酷い上に甘い果物層から突然、この世のものとも思えぬ滅茶苦茶に苦い、しかもどろっどろに混じりあった野菜が喉の奥に流れてきた瞬間、その強烈な酷い匂いも相まって不覚にも人前で吐き戻すという王女の立場としては大変不適切な行為を取ってしまった。

ーーだがこれは不可抗力であるから致し方ないと思う。それでなくとも野菜自体が大の苦手な私が受けた衝撃は計り知れなく、あまりの気持ち悪さに一時、意識が飛んで気絶してしまったくらいだ。


「だけど、これも物は考えようで、良い教訓にはなったわ。これからは口に入れるモノはきちんと淑女らしく少しづつ口を付ける事にする。下手をすれば命に関わりかねないもの。それにしても食材を口にして気を失うなんて普通ではあり得ないでしょう? しかも王女である私があんな醜態を人前で晒すだなんてーーああ、一生の不覚だわ」


彼女を故意的に責める意図は全く無いものの、率直に今の気分を延べるとローズロッテは珍しく項垂れて力無く肩を落としている。


「何と申し上げたらよいのか、まことにお詫びの言葉も見つかりません。本当にお許し下さい。私が軽率でしたわ。今更言い訳でしかありませんが、あの野菜汁に関しましては時間もあまりありませんでしたので、私が試飲致しましたのは既に二層の野菜汁を混ぜ合わせたものでした。ですから、まさかあの野菜汁が気絶されておしまいになるほどに酷いものだとは思いもよらなかったのです。

ーーリルディア様、私をお罰しになりますか? 私はリルディア様に危害を加える悪しき気持ちなど微塵にもございません。寧ろ我が忠誠を天命にかけてお誓い致します。この度の事は、決して故意では無いにしろ、我が国の第四王女様をそのような目に合わせてしまったのは私の不徳の致すところ。私はどのような罰を処されたとしても厳粛にお受け致します」


そんな普段の彼女とは全く想像すらつかないくらいにまるで別人のような真摯な様子に、あまりにも自分が知っている彼女らしくなくて、思わず笑いを堪えきれずに吹き出してしまう。


「あはは、やだ、何言ってるの? 貴女の真面目な姿なんて逆にらしくなくて笑えるわ。しかもそんな想定外な事くらいでいちいち罰するわけが無いでしょう? だからそんな騎士や臣下みたいな堅苦しい真似事なんかしないでよ。私達は持ちつ持たれつで繋がる『悪友』関係。それ以上でもそれ以下でも無い。『忠誠』なんて誓われても私からは何も得られないわよ? 向けられる無償の『信頼』に素直に応えられるほど人間が出来てはいないの。貴女なら分かるでしょ? 

しかも今回は私が野菜汁なんて言葉に出したから、よかれと思って用意してくれたのよね? 逆に感謝しなきゃだわ。そんな貴女の気遣いが功を奏して野菜汁の効果はてきめんよ。こうして味覚にも衝撃を受けた事で、頭も眠気もすっかり覚めたみたいだし、この先何があっても大丈夫な気さえしてくるもの。

まあ、そんな事だからーーローズ。貴女の方こそ今回の事を変に気にし過ぎて、本日の儀式ではそれこそ私を差し置いて失敗なんかしないでよ? いくら私が守備よく出来たところで肝心の貴女達の方が失敗なんかしたら、それこそ本末転倒なんですからね?」


そんな私の言葉を聞いたローズロッテの顔にようやくいつもの笑顔が戻る。


「………リルディア様は仰るお言葉と取られる態度が往々にして違われる事が多いので、反応に困りますわ。ですが………ありがとうございます。リルディア様。そうですわね。本日は絶対に失敗など出来ませんものね。私も第四王女様の名に恥をかかせぬ様、心して全力で頑張りますわ!」

「うふふ、それでこそデコルデ侯爵令嬢よ。私達の究極の野菜汁効果を皆に見せ付けてやりましょう? しかもあんな気絶までしたのに飲み損なんて絶対にしないわよ?」


私が決意表明も新に左手の拳を前につき出すと、ローズロッテもそれに応えるように笑顔で自らの右手の拳を私のその左手の拳にコツンと小さくぶつけた。




【26ー終】

















































































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