我儘王女は目下逃亡中につき

春賀 天(はるか てん)

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第二章 三年前

悪巧み【2】

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【22】


「ーーそうか、リルディア王女が来ていたのか。直接お会いしたかったのだが、間の悪い事だ。お前もどうせなら夕食でもお誘いして引き留めておいてくれれば良いものを」


夕刻、出先から戻ってきた父に本日の出来事を報告する。


「初めはそのつもりでしたわ。ですからわたくしもあの手この手でリルディア様を引き留めておりましたのよ? ですがリルディア様が仰るには、国王陛下は最近神経質におなりなので早くお帰りにならないとご自分が城から出して貰えなくなると仰るので諦めましたの。それにリルディア様が外出を禁じられては父上にしてもお困りでしょう?」

「ーーああ、そうだな。陛下もこのたびの『一件』では精神面が特に不安定であったから、尚更リルディア王女に対して神経質になっているのであろうな。本当にあの王女の影響力は国内外問わず末恐ろしい事よ」


そう言う父はいつもの事ではあるものの、私の方には全く視線を向けずに書斎の机の上に溜まっている書類に目を通し続けたまま口を開く。


「ーーそれで、首尾の方はどうなんだ?」


その父の問いに私はクスッと小さく笑う。


「ふふっ、勿論、抜かりはありませんわ。リルディア様は私達のサプライズに大層ご満足されて、父上のお気遣いにも大変感謝していると仰られておりましたのよ?」


それを聞いた父はやはり書類から視線は外さないものの、その口許は笑っている。


「ククッ、あの我儘王女からそのような感謝の言葉を頂けるとは大変光栄な事だな。それに王女も随分と我等に打ち解けたものだ。これも全てはお前のおかげだローズ。目先にしか“利”を見ない他の貴族共はフォルセナ側ばかりを推してはいるが、この国で一番“懐柔”すべきはあの第四王女だというのに。

その第四王女が市井の血を引いているというだけで貴族のプライドから敬遠するとは愚かなことよ。だから奴等には商才がとぼしいというのだ。目の前の最も価値のある『宝箱』を見逃しているのだからな。

ーーそれにしても、お前の人心を操る才は本当に大したものだ。特に第四王女に関しては取り扱いが危険かつ困難な非常に難しい相手であるのに、それをお前は意とも簡単に王女の『親友』の座を手に入れるなどと我が娘ながら賞賛に値する。この私でさえも頭が下がるぞ?」


私はそんな父の言葉を否定する。


「父上? それは少し違いますわよ?」


そこで初めて父がこちらの方に視線を向ける。


「違う?」

「ええ、私はリルディア様の『ご親友』ではありませんの。敢えて言うなら『悪友』なのですって。ーーうふふ、とっても素敵な響きでしょう?『親友』などという言葉よりもずっと親近感が持てますわ。私、それを聞いた時はもう嬉しくて、リルディア様が可愛くて可愛くて仕方がありませんの」


そう言いながらクスクスと可笑しそうに笑う私を見て、父は眉間にしわを寄せ珍妙なものでも見るような表情でこちらを見ている。


「ーーまあ、『親友』も『悪友』も自分にとっての身近な存在としては大した違いはないだろうが『悪友』と言われて喜ぶお前のその感覚が分からん。お前がリルディア王女を格別に気に入っているのは端から見ていても分かるのだがなーーー」


私は父から確認し終えた書類を受け取ると、いつものように書類の分類の整理を手伝いながら互いに言葉を交わす。


「ええ、リルディア様は私の一番の“お気に入り”でしてよ? それに外見は勿論の事、その中身も大変魅力的な御方ですの。あの御方は無垢な子供の純粋さと、それでいて大人顔負けの結構な鋭い洞察力を兼ね備えてお持ちですのよ? 12歳の子供だと思って甘く見ようものなら、たちまち喰われてしまうのは自分達の方ですわ。

しかも父上ーー私、本日身を持って体感したのですけれど、リルディア様は“本気”で怒らせると、とても怖い御方ですわよ?     そうとは知らず『計画』の為にリルディア様を散々煽ってしまったのですけれど、あのリルディア様のお怒りになられた状態は私でも身震い致しましたわ。その身に纏う殺気もただならない上、あの御方は一度開き直ると手が付けられないという感じを受けました。それでも今日はまだ幾分感情を制御されていたようでカップが一つ壊れた程度で大事には至らなかったのですが、リルディア様が“本気”でお怒りになれば、何をなされるのか全く想像もつかないですわ。

無論、リルディア様を溺愛されておられる国王陛下も黙ってはいないでしょうし、リルディア様のご意思一つで国が動くというのも道理ですわね。下手をすれば容易たやすく戦にもなりますわよ」


そんな私の言葉を聞いて父は苦笑いを浮かべる。


「ーーだから言っただろう? リルディア王女は取り扱いが非常に難しく危険なのだと。王女は外見では全く陛下に似てはいないものの、その中身は陛下の気性をそのまま受け継いでおられる。言うなればリルディア王女は陛下本人だと思って差し支えない。ひと度“本気”で怒らせれば、常識も道理も関係なく自分の感情のままに全て一掃される。しかもリルディア王女の場合は必ずあの父王が動くので、それが『二人』になるというわけだ。

それでもまだ陛下の愛妾で王女の母親でもあるエルヴィラが二人の抑え役になってはいるが、あの二人を完全に抑えられるかといえば難しいところだな。だからお前もくれぐれも王女の扱いには気を付けるのだぞ? 取り扱いを一歩間違えれば我等にも多大な被害が及ぶからな」


ーー我が国の国王の事は父が昔から最も神経を遣い唯一、警戒している相手である。そんな国王の分身であるという第四王女の身近にいる自分も父同様に気を付けなければと、それを踏まえた上で頷く。


「ええ、肝に命じて今後は気を付けますわ。ーーですが父上、吉報がありますわ。散々煽った甲斐はありましてよ? 結果は上々、リルディア様はご承諾されましたわよ?     ですから今度の『奉納祭』ではリルディア様が『祝福の聖乙女』達の代表として儀式で歌われますわ」


すると私の話を聞いていた父は直ぐに手に持っていた書類を置いて私の隣に移動してくる。


「それは本当か!? でかした!! ローズ!! さすがは我が娘だ! 今回の『一件』で気分を害した第四王女が『奉納祭』には一切参加しないと言われた時にはどうなる事かと案じていたが、よくあの頑なな王女を説得出来たものだ。しかも王女は昔とは違って、今では滅多に人前で歌う事は無いからこれはかなり希少だぞ?     ーーフッ、お前は本当に女にしておくには惜しいくらい大変優秀な人材だな」


そんな父は顔に満面の笑みを浮かべて喜びながら私の肩を抱いて自分の方へと引き寄せる。


「ふふっ、たとえ家督を継げない女ではあっても、その影ではお役に立ちましてよ?     ーー今回のわたくし達の『計画』は思った以上に順調でしたわね。父上が国王陛下にジェノーデン公の婚姻話を持ちかけた事で、面白いくらいに事態が我等に有利な展開に転んでおりますもの。

本当にプリンヴェルのアリシア嬢には感謝しきれませんわよ。ご自分の意図ではないにしろ、リルディア様のご心情をこれでもかと言うくらい散々と害して頂いたのですから。ーーふふっ、あの令嬢がお慕いしているクラウス様の妻になれる幸せな夢から、いっきに奈落の底へと突き落とされる気分はどれほどなのかしら? 聖人君子様の今のご心境を是非ともお伺いしてみたいものですわね」


持っている書類で口許を隠しながら私が小さく笑っていると、父がそんな私を目を細めて見つめている。


「ーー本当にお前は特に嫌っている人間には全く容赦のないヤツだな。しかも女だけに考える事が陰湿で本当に性格の悪いヤツだ」

「まあ!  酷い仰り様。父上の娘ですもの、性格が悪いのは親譲りですわ。しかも貴族社会に身を置いている以上、お綺麗なままではたちどころに猛獣達に喰われてしまうと、そう教育なさったのは他ならぬ父上ですわよ?」


わざとらしく頬を膨らませてねる素振りを見せると、そんな父は笑いながら私の頭を撫でる。


「フフフッ、その通りだ。野生動物達と同じく人間社会も然り『弱肉強食』弱いものが強いものに喰われるは自然とうでもある。だからこそ我がデコルデ家が代々繁栄し続けているのだ。そしてお前は我がデコルデ家の意思を唯一継ぐ者。お前があのプリンヴェルの令嬢の様ならまさに次代でデコルデ家が衰退してしまうわ。

ーーけれどこれでリルディア王女を我等側に引き入れやすくはなったな。あのジェノーデン公やプリンヴェルの者達に、まだ世間知らずの無垢な王女に自分達の都合の良いように色々と洗脳されては大いに困るからな」


「ーーうふふ、ご心配には及びませんわ。私は強者の方ですもの。それにリルディア様には私が付いておりますのよ? そんな事にはなり得ませんわ。しかもリルディア様は我等と同類で、正義感を振りかざして善を唱えるような偽善者を何より嫌悪しておりますの。

ジェノーデン公はともかくとしてもプリンヴェルの令嬢などはリルディア様にしてみれば最も嫌悪する存在。リルディア様もご自分でも仰られてはおりますけれど、中々に良いご性分をお持ちですのよ? 父上も国王陛下の事をよくご存知でしょうから、それはお分かりになりますでしょう? それに我がデコルデ家にはセルリアの王家が付いておりますもの。いざとなればセルリアが我等の盾になって下さいますわ」


すると父はニヤリと口角を上げて不敵に微笑む。


「ククッーー全ては我が手の内で転がっているとは、さすがにあの聡明な陛下でさえも、お分かりにはなりますまい。ーー元よりリルディア王女とセルリアの王太子を引き合わせたのも、誰も知り得ぬ私とセルリアの国王の内々の計略だったのだからな。しかもあれだけの麗しい王太子だ。リルディア王女とて惚れないわけがない。ーーとはいっても、王女はまだ幼い子供ゆえに少々心配でもあったのだが、そこはやはり幼くても『女』だな。女の面食いは老若関係なく言わずと知れた事で我が心配も杞憂ではあっのだがな」


そう言いながら如何にも人相の悪い笑みを浮かべている父を見て、私は小さく息をつく。


「本当に我が父上の腹黒さも相当ですわね。私の性格の悪さなど可愛いものですわよ。ーーですが、これでますます“仕事”がやりやすくなりましたわね?

………まあ、今回、我が弟に関しては皮肉にも、あの令嬢に振られた事をこちらの好都合で利用させて貰い、しかも少々不名誉な恥を晒す事にはなりましたがーーー」


すると父は大きなため息と共に呆れた表情を浮かべて首を横に振る。


「オーランドの事は気にせずともよい。本当に我が愚息にも困ったものだ。アレは我が一族の本家嫡男でありながら気弱な上に思慮が浅く判断力にも欠けていて、しかも馬鹿が付く程出来が悪い。ーーまあ、母親が必要以上に甘やかし過ぎたせいもあるが、だからと言って遊びならともかくあんな何の“利”にもならん価値のない小娘に本気で入れあげた挙げ句、しかも振られた上での傷心旅行などと呆れて物も言えん。あの馬鹿息子は我が侯爵家一族の面汚しをするつもりか? 少しは優秀な姉を見習って人心術や商才を身に付けろと言うのだ。

はあ………本当にどうしてお前が“男”ではないのだろうな? オーランドしかいないとはいえ、アレに家督を継がせるのは不安要素があり過ぎて今から考えるだけでも頭が痛いぞ………」


そう言って侯爵家の行く末を悲嘆する父を慰める為に、私はその背中を労るようにそっと擦る。


「父上、それでしたらもう一人、息子をお作りになっては如何? 母上もギリギリではありますが、頑張ればもう一人くらい産めますわよ。もしくはいっその事、“外”でお作りになるとか。私は腹違いの弟妹が出来ても一向に構いませんのよ?」


そんな私の提案に父は再び深いため息と共に首をゆっくりと横に振る。


「ーーローズよ。私はこう見えても愛妻家だ。 だからといって女遊びをやめるつもりはないが、たとえ家督を継がせる為とはいえ、余程の事がない限り、妻以外の女との間に子を設けるつもりはない。ーーだが、そうだな。お前の言う通り、妻にはもう一人頑張ってもらうか。旅行先から戻ってきたら相談する事にしよう………」

「ーーうふふ、ええ、是非そうなさいませ。私も新たな弟妹が出来るのは楽しみですわ。ですが、父上? そんなにご心配なさらずとも大丈夫ですわよ? たとえオーランドの出来が悪くとも、この私が付いておりますもの。ですから表向きはオーランドが家督を継いで、その裏方では私が侯爵家に関わる全てを管理致しますわ。それでしたら私が女であっても問題はありませんでしょう?」


そんな私の言葉を聞いて父は目を細めると、表情を緩めてフッと笑う。


「本当にお前はよく出来た自慢の娘だ。しかも私の仕事の最高のパートナーでもある。ーーフフッ、お前もリルディア王女の事は言えないぞ? とても15歳とは思えぬくらい賢いヤツだ。お前に任せていれば我がデコルデ家も安泰だな。私もそれを聞いて安心出来る」


そんな父にギュッと抱きしめられて私もニッコリと微笑む。


「お任せ下さい。父上のご期待に添えるように、私、我が侯爵家の為にも尽力を尽くしますわ。ーーところで、父上はこれからどうなさるのです?『奉納祭』まではもうひと月もありませんわよ?」


すると父は急に思い出したかのように行動に移す。


「おお! そうであった! 今回の『奉納祭』ではお前のお陰で今までに類を見ないほどに商売が上手く成り立つぞ? 何と言ってもあの第四王女の母親の『二つ名』でもある『夜光の歌姫』の名を継ぐリルディア王女が歌うとなれば、国内外からも沢山人間が集まってきて多額の金を落としていくからな。ーーいや、まてよ? 王女が歌うとなれば、上手く話を持っていけば母親も歌うかもしれんな。こうしてはいられない。直ぐに手を回して準備をさせなければーーー」


父は言うなり、早急に出掛ける支度を始める。


「父上? 戻られたばかりなのに、またお出掛けになられるのですか?」


私が声を掛けると、父は忙しなく動きながらも返事は返ってきた。


「ーーああ、少し店舗の方にな。あまり遅くならない内に戻るつもりではいるが、ここにあるまだ目を通していない書類の方は、お前の分かる範囲で分類して重要なものだけを纏めて置いてくれないか?」

かしこまりました。ですがせめて軽くお食事を取られてからお出掛けになられては?」

「いや、今日は外食で簡単に済ませるからいい。そんな事よりも商談の方が先だ。金の動きというものは常に流動しているものだからな。“善は急げ”に越した事はないーーでは、行ってくる」

「ーーはい。お気をつけて。行ってらっしゃいませ」


慌ただしく部屋を出て行く父の後ろ姿を見送った後、私は早速、父から頼まれた書類の整理をおこなう為に父の書斎の机の椅子に腰掛ける。そして書類に軽く目を通しながらもその頭の中では自分の大切な『友人』の事を考えていた。しかもそうしていると自然に小さく笑いが込み上げてきて、口許に溢れてくる。


「ーー『奉納祭』が今から楽しみですわね。リルディア様のお美しい歌姫姿が目に浮かぶようですわ。そしてーーそのお隣に並び立つのはやはり、セルリアの美しい王太子様。

ふふっーーリルディア様、ごめんなさいね? 私、実は気付いているのですわ? 貴女がどなたを想っていらっしゃるのかを………

ですから本当は『友人』としてではリルディア様のその『恋』を応援して差し上げたいのですけれど、『悪友』と致しましては応援するそのお相手はセルリアのユーリウス王太子様限定とさせて頂きますわ。リルディア様には我が侯爵家の未来の為にも、どうしても『セルリアの王妃』になって頂かなくてはなりませんもの。それにその方がリルディア様もお幸せになれますわ。

ーーですからリルディア様のその淡い『恋心』の芽は大変心苦しくはありますけれど、まだご自覚をされてはおられない今の内に潰させて頂きますわね? 我が国ではかろうじて親類同士の婚姻は認可されてはおりますけれどーーそれでもやはりご自分の叔父上に想いを抱くなどと、不毛な恋心ですわよ?     幼い頃より傍にいるリルディア様が惹かれてしまうのも無理はないくらい大変魅力的な殿方ではありますけれど。察せずとも失恋確実である“不毛な恋愛”に苦しまれるくらいなら、“実りある恋愛”に喜びを見出すべきですわ。女は自ら愛するよりも愛される方が幸せになれますもの。

ーーですが、私個人の趣向と致しましては、叔父と姪の“禁断の恋愛”も物語的には大いに『有り』なのですけれど。しかし実に残念な事にこちらは現実ーー夢を見て良いのは物語の中だけなのですわ。ーー『初恋』という初めて抱く淡く切ない想いは、ほぼ確実に成就しないものであると昔から言い伝えられておりますのよ? ご存知?……………リルディア様」




【22ー終】







































































































































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