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第二章【神社の神様?白トカゲVS黒トカゲ】

【9ー②】不思議な黒トカゲ

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【9ー②】



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「ーーねえ、『クロ』見て~、今日は綺麗な満月だよぉ~?」


私は入浴を済ませた後、黒トカゲの入った段ボールを自分の隣に置いて、何本かのビールのアルコールで ほろ酔い状態だ。

特に来週の月曜日が祝日であるため、明日からの三連休を前に今日は いくら飲んで酔っぱらっても全然オッケーな楽しい お一人様の酒盛り時間である。


勿論、黒トカゲの餌皿には小さく切ったシャインマスカットが山盛りにのっている。

黒トカゲは私の飲酒ペースに合わせてくれているかのように、そのマスカットをちびちびと食しているようだ。

私も黒トカゲに買ってきたマスカットを少しだけ おすそわけしてもらい、いつものように酒のつまみにチョコレートとスーパーの値引き品の お惣菜をテーブルに並べてテレビ番組をなにげにボ~っと見ている。


ーーまあ、酔っぱらってしまうと、ほとんど見ていないも同然なので、その内容をほとんど覚えていないのだが。


「ふふっ、なんでかね~  こんな綺麗な満月の夜って、あの月に吸い込まれるようで見ていると無性にどこかに還りたいって思っちゃうの。それも きっと私の名前が『かぐ』だからなのかもねぇ~ 

まあ、私は『かぐや姫』のように美人じゃないから完全に名前負けしてるしさ~  両親も どうしてそんな美人の代名詞であるような名前をつけたんだか。

しかも知ってる? 実は『かぐや姫』って結構 悪い女なんだよぉ~  童話では その辺り敢えて突っ込まれてないけどさぁ、

自分が天女だと分かっていながら それを隠して沢山の人間の求婚者を実際は追い払う為に結婚する条件に無理難題をふっかけて、それで大怪我して再起不能になった男とか人生がメチャクチャになった男が続出。

だけど、かぐや本人は人間なんかと結婚する気なんて全くないから、自分に近寄る男達が何人不幸になろうが死のうが、

それは あんたらが勝手にやってる事でしょ? 私には関係ないって涼しい顔なんだもんねぇ~

確かに脈無しの美貌だけの自己中女に惚れ込む男も男だけど、 結婚を目の前にチラつかせて命に係わる危険な行為をさせるって、結婚詐欺どころか悪魔の所業だよ。   

しかも本人は自分で仕掛けた責任も取らずに散々周りを不幸にしまくったあげく、さっさと天にとんずらしやがるしねぇ~  究極の最悪ゲス女じゃん。

だから私、本当は自分の名前が嫌なんだ~ まあ、ウチの両親もそこまで深く考えてつけた名前じゃないんだろうけどさ~  

どうせ和風にするんなら、いっそ『ヨネ』とか『タエ』の方がまだ良かったよ」


私は再びビールをグイッと飲みながら、満月をボーッと見つめ、隣にいる黒トカゲに愚痴を聞かせている。  


なぜか酔っぱらうと、なんでもいいから愚痴りたくなるのは私の酒癖が悪いせいだ。

勿論、酒癖の悪さには自覚はあるので、だからこそ他人とは酒盛りが出来ない。

かといって、お酒は大好きなので他人に迷惑の掛からないところで、こうして自分を解放している。

なので人間相手には出来なくても、トカゲ相手ならば迷惑は掛からないだろう。


さすがに お気に入りのぬいぐるみ相手に独り事を呟き続けるのは かなり寂しいので、やはり生きている存在に なにかしら側にいて欲しいところだ。

しかも この黒トカゲは珍しくも人間の言葉が分かる珍種である。そんな人間の酔っぱらいのくだらない愚痴を聞かされ、たまったもんじゃないと本人は思っているのかもしれないが、

黒トカゲは そんな私を綺麗な紫色の目で じっと見つめながら私の話を静かに聞いていた。


「ーーあんたは本当に不思議なトカゲだねぇ。人間の言葉が分かるとか、フツーは あり得ないから。

ふふっ、本当は『神様』だったりして? 見た目もすごく綺麗だしね~ 

だったら こんなアラサー女の くだらない愚痴なんか聞かせたりして、私ってバチが当たりそうだなぁ~」


そう言いながらも そっと隣の黒トカゲに手を伸ばすと、黒トカゲは甘えるように私の手に自分の頭を擦り付けてきた。


「うふふ、あんたは本当に甘え上手だねぇ。ほ~んとに可愛いんだから。今だから言うけど私、初めはあんたが怖かったんだよ? 

だってちゅうるいなんて元から大嫌いだし、しかも初っぱなから、あの白トカゲと喧嘩していたでしょ? 

もう、あの時は本当にビックリだよ。あの場から直ぐにでも逃げ出したかったんだから」


そんな言葉にも黒トカゲは益々甘えるように、私の手の平に自分の体を押し付けてくる。

私はその体を優しく撫で擦る。以前までの私では爬虫類を撫でるなど絶対にあり得ない。それだけ この黒トカゲと、この短期間で随分と慣れ親しんだ。


「でも弱っているあんたを見ていると、どうしても放っておけなくて。そもそも あの時、どうして あの白トカゲと喧嘩していたの? 縄張り争い? それとも雌の取り合いとか? 

ダメじゃない。勝ち目のない喧嘩なら、こんなケガをする前に早々に身を退かないと本当に死んじゃうよぉ? なにをするにしても命あっての物種なんだしさぁ~」


すると黒トカゲは私の言葉に気を悪くしたのか、抗議とばかりに空気音の鳴き声を上げ、前足で交互に床を叩いている。


「あはは、怒っている仕草も可愛いなあ。どっちみち、あの白トカゲの方があんたより強かったんだから言われても仕方ないでしょ? 

だけど あれで白トカゲとあんたの立場が逆だったら私は当然白トカゲの方を助けていたから、あんたとは今頃縁が無かったかもね~」


そう言うと黒トカゲは頭を下げて しゅんと落ち込むような仕草を見せる。


「ほら、そんなに落ち込まないの。今だから思うけど、私は助けたのがあんたでよかったよ。 

あの白トカゲもすごく綺麗な子だったけれど、あまりに神々しくて近寄りがたい存在っていうの? 人間が関わったらいけないような………

あ、勿論、あんたもあの白トカゲに引けを取らないくらいに、すごく綺麗だよ? 見た目かたちも瓜二つだしね。

でも どっちかといえば、私は黒トカゲのあんたの方にどことなく親しみを感じるのよねぇ~ それって体の色が黒いからなのかなぁ。

それに あんたの その綺麗な紫色の目を見た時に、もう一度あんたの その目を見たいと思ったから助けたっていうのが、ぶっちゃけ実のところの本音なのよね~ 

だって、そんな綺麗な紫色の目なんて現実では お目にかかれない存在なんだもの。


ーーう~ん。やっぱ紫色って、なんかこう人の心を惑わす色なのかもしれないよねぇ。それほど あんたの目は本当に すっごく綺麗だからさ~」


すると黒トカゲは その紫色の目で私をずっと見つめている。まるでもっと自分に関心を持ってくれと言わんばかりに。 

それは魔術でも掛けられているかのように、私も目を離せないでいる。


そんな黒トカゲは ずっとずっと私の顔を見つめているので、なぜか、えもいわれぬ不安を覚え、しかも突然ズキズキと頭痛が起こり、私は黒トカゲの視線から逃れるように顔を横に逸らしてしまう。


ーーなんでか急に頭痛が………でも『黒』から視線を外したら おさまったみたい。

ーーうぅ~  なんでだろ? やっぱり少し飲み過ぎたせいもあるのかなあ………?


しかも なぜか これ以上、この黒トカゲに近づいたらいけないーーというような『警鐘』とも言うべき何かが私の身体に まとわりついている。

黒トカゲの目を見てはいけないーーその目は『魔性』だと。心を許すな

ーーそう何かが私に必死に訴えているような、モヤモヤとした感じが益々、私を不可解な混乱へと誘導していく。


『ーー駄目だ』

……どうして? 

『ーー離れろ』

……なぜ?


………あれ? なんだっけ? ………私、今、なに考えてた?


………なんだろう? この感じ。どこかでーーー


その時、黒トカゲが尻尾で段ボールの底を強く叩いた音で私はハッと我に返り、顔を上げて慌てて黒トカゲの方を見ると、

黒トカゲはどこか怒っているような苛々したように足や尻尾で底をパシパシと叩いている。


「ご、ごめん。ちょっと頭痛がして。『黒』を無視したわけじゃないんだよ、だから怒らないで? 

うぅ~っ、どうも今日は ちょっと飲みペースが早かったみたいで体も本調子じゃないみたい。  

だから悪いんだけど、今日はこの辺で お開きにして私は もう寝るよ。だから『黒』も早く寝なさいね~」


黒トカゲに そう言いながら段ボールの蓋を閉めて定位置に戻した。段ボールの中では、まだ黒トカゲの動く音がゴソゴソと聞こえていたが、その内、静かになる。その様子にホッとする。

あの紫色の目を見ていたら、いつもなら綺麗だなぁとウットリと観察していたけれど、今日は なぜか自分が おかしかった。

何がおかしいとかは漠然として分からないけれど、しいて言えば、自分が自分じゃないような思考が消えてしまうような感覚。

そして どこからともなく降って湧いた『警鐘』が、私を現実に引き戻してくれたような感じだ。ゾワリと全身に緊張が走る。


………『黒』の紫色の目を“怖い”と感じるなんて初めてだ。すごく綺麗な宝石のような深い紫色………いつまでも いつまでも見ていたくなる。まるで『魔』に魅入られでもしたかのようにーーー


ぼんやりと考え、私はすかさずブンブンと首を横に振る。


「あー  何考えてんだろ私。やっぱ飲み過ぎたんかなぁ? いつもならこれくらいの量なんて全然平気なんだけどな~ 今日は体調がイマイチな日? 

ーーまあ、いっか、今日は この辺でやめておこう。どうせ明日から お休みだし、その間、いくらでも酒は飲めるもんね~」


などと言いつつ、まだ残っているビールを飲み干しながら、ふと窓に視線を向けると、夜空に大きな満月が金色に光輝いている。


「………今日は また一段と綺麗な満月だなぁ。こうして見ていると月から お迎えが来そうなくらいだよ。
 
『かぐや様、お迎えに上がりました。さあ、共に天へ還りましょう』とかなんとか。

そして性悪なお姫様は全てを無かった事にして、さっさと天に還ってしまいましたとさ、ってね。

ふん、だったら私がその後日談を作ってやろうじゃない。世の中、そんなに上手くいきっこないんだから。

そもそも人間に育てられた姫が天界に戻ったところで簡単に馴染めるはずなんてないでしょう? 育った環境が違えば考え方だって違ってくるんだから。

だから当然、仲間達との感覚が合わず、敬遠されて独りぼっちになるの。

しかも天の人達は皆が美人揃いだから、人間の世界にいた時とは違って、誰として自分の容姿を賛美してくれる者すらいない。

それどころか清い天女にあるまじき、人間の世界で働いた悪行が明るみになって、益々誰からも相手にされず、とうとう完全引きこもり生活になってしまいましたーーとかね~。


ふふっ、それってもう童話の範疇から逸脱しちゃう。でもリアル現代版でいくなら、やっぱ、こうじゃなきゃ! 

な~んて、現代の かぐやオバさんは思うわけですよぉ。人間、歳を取ると理屈っぽくなってイヤねぇ~ 純真な童心は どこに消えちゃったのやら。

だけど、大人になって幸せを感じるのは、やっぱ、お酒が美味しいってところだよね~ 

あ、そうだ! いつもビールばっかりだから明日は焼酎割りとかにしようかなぁ。そんでもって、後はカレイの煮付けなんかがあったら最高だよね~ 

作り方はネットで調べるとして、よっしゃ!  明日の晩酌メニューが決まったところで、そろそろ寝よ」


私は ふんふんと鼻歌を呑気に歌いながら、テーブルの上を片付けて就寝準備に入った。


ーー夜空に浮かぶ満月が煌々と輝いている。まるで何かを暗示するかのようにーーー



【9ー終】


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