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【2】
しおりを挟むジョルジャが去り、入れ違いでアリーチェがやって来た。
「早かったね。」
「早く帰っちゃいけませんでしたか?」
「そんなことはないよ。ーー隣おいでよ。」
隣に座ったアリーチェの髪に触れると、アリーチェの身体がビクリとした。
「アリーチェ。」
そっと抱き締める。
「会話、ずっと聞いてたよね。」
「は…い…」
宿の壁はとても薄い。アリーチェが隣の部屋で、会話を聞いてることには気づいていた。恐らく先に戻ったジョルジャに何かを感じ取り、早く戻ったに違いない。
「俺の気持ちを疑わないで。」
「疑ってなど…」
もうじき魔王の元へ辿り着き、最後の戦いに身を投じることになる。
魔王の強さが未知な状態での戦いは、勝敗がどうなるか見当もつかない。ーー仲間の誰かが死ぬ可能性だってある。
それは俺かもしれないしアリーチェかもしれない。
アリーチェの中でも、死というものが過ったのだろう。俺を見つめる瞳に不安と怯えの色が浮かんでいる。
「アリーチェのことは必ず守ってみせる。」
「貴方を信じています。…愛しています、ホクト。誰よりも愛しています。」
まるで不安や恐れを誤魔化すかのように、俺たちは互いの温もりを夢中で求め合った。
◆◆◆
数えきれないほどの魔族を倒し、やっとここまでたどり着いた。
いかにも中に魔王がいます的、重厚な扉の前に立ち、開ける前に腕時計に目をやる。ーーこの時計は俺の世界の時間と日付が分かる優れものだ。
小説に出てくる召喚みたいに、帰還は召喚された日付に戻れるなら良いけど、生憎いつもそう上手く戻れる訳じゃない。だからどれだけ留守だったか、時計で確認する必要がある。
最終決戦に挑むべく、気合いをいれて扉を開けた。
バァアアアンッー
「グッ!…な…んー!?」
扉を開けた瞬間、辺りに漂う嗅いだことのない強烈な臭気に襲われた。
「ウグッ…なっ…何!?」
まさか毒か!?
「勇者よ、よくぞここまでたどり着いた。」
重低音のめっちゃええ声で、2メートルのメリノー種魔王が言った。
便器に跨がったままで。
「四天王で事足りると思っておったが、どうやら貴様らを見くびっておったわ。」
重低音のめっちゃええ声で、2メートルのメリノー種魔王が言った。
便器に跨がったままで。
「褒美として貴様らは我が直々に手をくだしてーって、ちょ、待っ」
魔王は倒された。
特に見せ場もないので割愛。
「…わたくし達、魔王を倒したのですね。」
達成感も何もない声でアリーチェが言う。気持ちは分かる。
アリーチェもジョルジャも、モブのソフィア、レベッカ、グレタにレオナルド、ロレンツォ。
皆、全く得意魔法等使う緊迫した場面もなく、魔王は倒されたから。
よく考えたらロレンツォは魔法使ってたわ。換気してた。
魔王討伐後、近くに村も町もなくて野宿になった。
初めてキスしたあの日のように、アリーチェと並んで焚き火を眺める。
「魔王討伐を見事成し遂げた功績で、陛下はきっと、わたくし達の結婚を認めてくださいますわ!」
キラキラと輝く笑顔で、二人の未来を疑いもしないアリーチェ。
向けられる真っ直ぐな眼差しに突き動かされるように、気が付けばアリーチェの唇を奪っていた。
一瞬驚いたアリーチェだけど、徐々に深く変わっていくキスに、アリーチェも応えてくれる。ーー暫くそうした後、唇を離して俺は微笑んだ。
「この世界でアリーチェの恋人として、(使用済み食器を舐めて)充実した日々を過ごせたよ。他愛ない話をしたり、時にはアリーチェが(飲んで放置した水を)忘れっぽいのを(いいことに、唾液混じりの水を飲んで楽しんでから)指摘してからかったり。…俺さ、寝る前にもアリーチェの(使用済み食器を明日も絶対舐めようって)こと考えたり、アリーチェが明日も(使う食器をどうにかして使用前に舐めて渡した後)俺に笑ってくれたら(やり遂げた充実感で)最高(に興奮)だなって考えてた。」
「わたくしだって、眠る前にホクトを想っておりました!…わたくし、本当のことを申しますと、とても不安でした。ホクトはわたくしの恋人で、誰よりも近くにいるのに、誰よりも遠くにいるような、そんな気持ちになっておりました。…ホクトは皆に優しいですし、なので、そんな気持ちになっていたのかもしれませんね。」
相手を不安にさせるようじゃ、俺もまだまだだな。
「わたくしはバカですね。ホクトにキチンと愛されていたというのに、勝手に思い詰めて。」
「アリーチェ、俺、そろそろ行かないと。」
「突然何を!?何処へ行くと言うのですか!」
「何処だろう?」
「ふざけるのはお止めになって!」
「ふざけてはないんだよね。俺さ、勇者だし、喚ばれたら行かないと。」
「そんなっ…!嫌です!行かないでください!」
「ずっと側に居れない俺を許して。いつかまた会える日を希望に、俺は頑張るから、だから…」
「イヤッ、ホクト!愛しているの!お願い行かなーー」
アリーチェの言葉を最後まで聞くことは出来なかった。
出来ることなら、最後にもう一度アリーチェに触れたかった。ーーさよなら、俺の恋人…
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