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混じる刃と刃

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 完全に気配が消えるのを待つと、肆は自らの顔に手をやり、俯いてひとつ息をついた。

「だめだ……収まらん」

 バクンバクンと心臓はうるさく音を立てている。手先が、足先が小刻みに震えていた。それはもっとあの遊戯を続けたいという欲望。ナイフを、銃を手に駆けたいという衝動だった。
 友弥との一撃一撃を思い出すたびに血肉が沸騰したように熱くなる。たかだか数分の、圧縮されたあまりに濃密な時間だった。ぶるりと震えた体を抱く。仕事では闇に紛れ相手の気づかぬまま屠るばかりでやり合うことは少ない。久々に感じた生命の危機に自分でも抑えが効かぬ程に昂ぶっている。
 もう一度長く息を吐き、余韻をかき消すようにして前を見据えた。肆は外れたフードを被り直すことすら忘れて自室のあるバルサム本部へと向かっていった。その瞳は冷静さをかき集めたものの、消しきれぬ熱が滲んでいた。







 夜も更け、草木も眠るような深い時間になっていた。それでも多忙で熱心な我が組織はまだ職務に当たっているらしい。
 肆が帰ってきた途端、廊下で電話をしていた零が言葉を止めた。顔を引きつらせ、肆の発している抑えきれぬ殺気に怯えを見せる。

「ゼロせんせ」
「は、はい!?」

 今にも牙を剥きそうな空気を漂わせているくせに声ばかりはあまりに静かで、名指しされた零は裏返った返事をした。

「相手欲しいんだけど」
「ええっ、僕ですか!?」

 まさか肆の訓練相手に、と零が驚きの声を上げた。

「いや」

 肆はそれを一蹴する。零など相手にならないことは分かっている。

「ですよねぇ」

 零は安心したように笑った。

「適当に暇そうなの呼んで」

 フードの下で瞳がぎらりと光る。無茶苦茶なオーダーに零は歪に上がった口の端をひくりと痙攣させた。

「暇って……夜中ですけど……」

 時計は大半が夢の中にいるような時間を示している。今起きているのは夜間の見張りと、零のように昼夜問わず仕事が山積みの人間くらいだ。今から肆を満足させられるような相手が見つけられるわけもない。生半可な兵では本気になった肆の一撃も防げないだろう。

「じゃあせんせがやる?」
「探してきます! すぐ!」

 肆がわずかに体重を落として臨戦体制に入ったのを見て、零は背筋を正して敬礼をすると足早にその場を立ち去った。肆のサンドバッグにされてはたまらない。備えが必要な仕事なので何かと訓練は多いのだが、その度肆には泣かされているのだ。
 大慌てで逃げていく零を見て肆は愉快そうにけらけらと笑う。組織で一二を争う戦闘力を持ちながら、零に絡む姿はわがままを言う子供のようだ。誰もが欲しがる凄まじい戦闘センスと、仲間への容赦ないちょっかい。これが肆がバルサムの脅威と呼ばれる所以であろう。
 冷めやらぬ興奮を宿して肆は窓へと目をやる。清かな月明かりが降り注いでいる。触れたら切れそうな冷たい光。無意識に服の下に隠した刃に手を当てる。眠るには勿体無い美しい夜だ。せめて日が昇るまで、燻る熱に付き合ってくれはしないか。遊び相手を待ちきれぬ思いで肆は月の光に瞳を煌めかせていた。
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