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脅威と呼ばれる男
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ネオンの煌めきと人々のざわめきが辺りを飛び交う。夜もすっかり更け、夕よりも朝に近くなってきた。それでも眠らない街の人通りは減る気配がない。
佐々木はくたびれた歩調で人の波に流されていた。所属する闇金融だけでなく情報屋も生業にしている佐々木には、なかなか休む間がない。街が人を食い物にするたび金に困る人間達が転がり込んでくる。明らかに不適切な人間の数を抱えるこの都市は噂話が蔓延している。一日中アンテナを伸ばし続けた頭が疲弊していた。
今日の業務はもう終いだと区切りをつけ、佐々木が向かっているのはBAR Flatだった。表も裏もどちらも受け入れ、特定の組織に属さない中立な立場。そして店名の読み通り“ふらっと”立ち寄れるような気軽さがある。マスターとは知らない仲ではないので、佐々木は仕事であろうとなかろうと頻繁に通っていた。
疲れた頭にはアルコールを流し込むに限る。早く生ビールを飲みたいと喉を渇かしながら扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中から神蔵が顔を上げる。佐々木を見て、歳の割に幼い顔が綻んだ。
「サッキー!」
知り合いの来店を喜ぶ神蔵だったが、佐々木は店内を見て固まる。深い時間だというのに、先客が座っていた。カウンターの手前に座っているのは、Nと涼だった。説明する必要もなく、涼は汚れ仕事を主に何でも依頼を受ける友幸商事の一人だ。そしてNもまた、この街では名の知れた殺し屋だ。どちらも敵に回したくない裏社会の恐ろしい人間が二人揃っている。
二人とも気心の知れた友人達だ。偶然やってきた佐々木を見て嬉しそうに涼は嬉しそうに目を輝かせ、Nは軽くグラスを上げる。隣に座れと示されてありがたい限りだが、佐々木が固まっているのは別の男が原因だった。
カウンターの奥で一人静かにウイスキーを飲んでいる男。オールバックに纏められた柔らかな金髪は緩く後方で縛られている。垂れた碧眼は甘い印象を持たせながらもどこか鋭さを感じさせる。フォーマルなブラックスーツは一部の隙もなく体に沿っているが、佐々木は違和感を抱く。知っている彼はもっと違う服を着ている。戦争屋と名高いバルサムの頂点として相応しい、厳しい軍服姿だ。
彼はバルサムのトップとして君臨する壱。なぜこんなところにいるのだと佐々木が動揺するのも無理はない。壱はこの街どころか世界の脅威として知られている人物だ。彼が地図上から消した都市はひとつやふたつではない。指先一つ振れば国がぶつかり、影響を受ける人間は億にも上る。世界中の先導者達がバルサムという名に怯えている。恐れのあまり手を出そうものなら、バルサムは容赦をしない。大国相手に渡り合えると言われる軍事力は未だ底が知れず、情報を売り買いして生業とする佐々木でさえもバルサムについては分からないことばかりだ。
「そう見られては穴が開く」
ふ、と薄色の唇が弧を描いた。壱はカウンターに体を預けたまま、流し目が佐々木を捉える。そうして見ればただの麗人としか思えないのに、真偽は分からぬが恐ろしい噂ばかりが頭を巡って佐々木は息を飲んだ。
「安居金融の佐々木殿。入り口に立っていないでおかけになられては?」
予期せぬ人物に動けずにいた佐々木を揶揄するようにくつくつと笑う。佐々木はぎくりとして思わず辺りを見回した。こんな重要人物が一人で居るはずがない。護衛の姿を探したが、店内には自分以外の客が三人しか見当たらなかった。なんとも恐ろしいことに、ここには裏側の人間しかいない。
「護衛は撒いてきたらしいよ」
涼が軽く言ってスツールを示した。佐々木は壱から一番離れた場所に座り、涼の長身に隠れるように身を縮める。
「撒いてきたって……大事やろ!」
佐々木が声を潜めて言い返すが、涼もNも興味のない様子だ。バルサムの壱がどこで何をしているのかなど、世界中が知りたい情報だろうに。まさかたった一人でこんな表通りのバーにいるとは誰も思うまい。
「今夜もビールでいい?」
神蔵はにこやかに言いながら佐々木がいつも頼む生ビールをグラスに注いでいた。ここにいるのは一般人を相手にしたら1秒で倒せるような血生臭い連中だ。その恐ろしさを少しも感じさせず、神蔵は平和な笑顔を浮かべている。
「お代わりどうですか?」
「ああ、頼む」
佐々木が震え上がるほど恐ろしい壱に対して神蔵はそこらの客と変わらぬ振る舞いを見せていた。プロ根性と言えば人によって変わらぬ対応だと素晴らしく聞こえるが、命知らずに見える。そもそも神蔵はあの男の正体を知っているのだろうか。流石に表の人間とは違う空気感を読み取ってはいるだろうが、ぽやぽやと笑っている神倉の横顔を見るとそれすら怪しく思えてくる。まさか仕事帰りの一般人だとは思っていないだろうな、と疑いながら生ビールに口をつけた。
佐々木はくたびれた歩調で人の波に流されていた。所属する闇金融だけでなく情報屋も生業にしている佐々木には、なかなか休む間がない。街が人を食い物にするたび金に困る人間達が転がり込んでくる。明らかに不適切な人間の数を抱えるこの都市は噂話が蔓延している。一日中アンテナを伸ばし続けた頭が疲弊していた。
今日の業務はもう終いだと区切りをつけ、佐々木が向かっているのはBAR Flatだった。表も裏もどちらも受け入れ、特定の組織に属さない中立な立場。そして店名の読み通り“ふらっと”立ち寄れるような気軽さがある。マスターとは知らない仲ではないので、佐々木は仕事であろうとなかろうと頻繁に通っていた。
疲れた頭にはアルコールを流し込むに限る。早く生ビールを飲みたいと喉を渇かしながら扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中から神蔵が顔を上げる。佐々木を見て、歳の割に幼い顔が綻んだ。
「サッキー!」
知り合いの来店を喜ぶ神蔵だったが、佐々木は店内を見て固まる。深い時間だというのに、先客が座っていた。カウンターの手前に座っているのは、Nと涼だった。説明する必要もなく、涼は汚れ仕事を主に何でも依頼を受ける友幸商事の一人だ。そしてNもまた、この街では名の知れた殺し屋だ。どちらも敵に回したくない裏社会の恐ろしい人間が二人揃っている。
二人とも気心の知れた友人達だ。偶然やってきた佐々木を見て嬉しそうに涼は嬉しそうに目を輝かせ、Nは軽くグラスを上げる。隣に座れと示されてありがたい限りだが、佐々木が固まっているのは別の男が原因だった。
カウンターの奥で一人静かにウイスキーを飲んでいる男。オールバックに纏められた柔らかな金髪は緩く後方で縛られている。垂れた碧眼は甘い印象を持たせながらもどこか鋭さを感じさせる。フォーマルなブラックスーツは一部の隙もなく体に沿っているが、佐々木は違和感を抱く。知っている彼はもっと違う服を着ている。戦争屋と名高いバルサムの頂点として相応しい、厳しい軍服姿だ。
彼はバルサムのトップとして君臨する壱。なぜこんなところにいるのだと佐々木が動揺するのも無理はない。壱はこの街どころか世界の脅威として知られている人物だ。彼が地図上から消した都市はひとつやふたつではない。指先一つ振れば国がぶつかり、影響を受ける人間は億にも上る。世界中の先導者達がバルサムという名に怯えている。恐れのあまり手を出そうものなら、バルサムは容赦をしない。大国相手に渡り合えると言われる軍事力は未だ底が知れず、情報を売り買いして生業とする佐々木でさえもバルサムについては分からないことばかりだ。
「そう見られては穴が開く」
ふ、と薄色の唇が弧を描いた。壱はカウンターに体を預けたまま、流し目が佐々木を捉える。そうして見ればただの麗人としか思えないのに、真偽は分からぬが恐ろしい噂ばかりが頭を巡って佐々木は息を飲んだ。
「安居金融の佐々木殿。入り口に立っていないでおかけになられては?」
予期せぬ人物に動けずにいた佐々木を揶揄するようにくつくつと笑う。佐々木はぎくりとして思わず辺りを見回した。こんな重要人物が一人で居るはずがない。護衛の姿を探したが、店内には自分以外の客が三人しか見当たらなかった。なんとも恐ろしいことに、ここには裏側の人間しかいない。
「護衛は撒いてきたらしいよ」
涼が軽く言ってスツールを示した。佐々木は壱から一番離れた場所に座り、涼の長身に隠れるように身を縮める。
「撒いてきたって……大事やろ!」
佐々木が声を潜めて言い返すが、涼もNも興味のない様子だ。バルサムの壱がどこで何をしているのかなど、世界中が知りたい情報だろうに。まさかたった一人でこんな表通りのバーにいるとは誰も思うまい。
「今夜もビールでいい?」
神蔵はにこやかに言いながら佐々木がいつも頼む生ビールをグラスに注いでいた。ここにいるのは一般人を相手にしたら1秒で倒せるような血生臭い連中だ。その恐ろしさを少しも感じさせず、神蔵は平和な笑顔を浮かべている。
「お代わりどうですか?」
「ああ、頼む」
佐々木が震え上がるほど恐ろしい壱に対して神蔵はそこらの客と変わらぬ振る舞いを見せていた。プロ根性と言えば人によって変わらぬ対応だと素晴らしく聞こえるが、命知らずに見える。そもそも神蔵はあの男の正体を知っているのだろうか。流石に表の人間とは違う空気感を読み取ってはいるだろうが、ぽやぽやと笑っている神倉の横顔を見るとそれすら怪しく思えてくる。まさか仕事帰りの一般人だとは思っていないだろうな、と疑いながら生ビールに口をつけた。
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