裏社会の何でも屋『友幸商事』に御用命を

水ノ灯(ともしび)

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三悪道の門戸にて

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「ごめんね急に来ちゃって」

 応接室のソファーに腰掛けながら涼は悪びれた様子もなく口にする。火急ではないことだけ確かめて乾は茶を淹れてくれた。安居と冴島を待ちながら世間話をしているが、乾は用件が気になるようで視線に落ち着きがない。
 情報収集の依頼ならば乾相手に話が進むはずなのだが、涼は皆が揃うまで仕事の話をする気配がなかった。のんびりと近況を話す涼に相槌を打ちながら乾は嫌な話でないよう願うばかりだ。焦れていることは分かっているだろうに涼からは安心させる言葉のひとつもない。

「待たせてもうて悪いなあ」

 やがて客を帰したのか、安居と冴島が応接室に入ってきた。乾が二人分の茶も淹れようと立ち上がりかけたのを冴島が柔く制する。なによりも話を進めたいと思っているのは皆同じだった。三人分の真剣な眼差しを受けて涼はようやく本題に入った。

「ある企業からうちに依頼が来てね。部下を一人始末してほしいって」

 涼は詳しい説明は省いたが、当然殺し屋に依頼をする企業が真っ当なわけがない。大企業ではあるが、裏ではきな臭い事業も行っているようだ。その中枢部がわざわざ殺し屋を雇ってまで部下の一人を消せと頼んできた。それも事故に見せかけて始末してほしいとのことだ。
 しかしこんなことは友幸商事にとって日常茶飯事である。私怨から謀略まで、人の殺意は様々だ。金と利害一致さえすればどんな依頼も完遂する。世間的に清潔で善良な面を持つ企業や人物まで彼らに依頼することは珍しくない。

「ただね、依頼された山田って男を調べてたんだけどさ」

 その名を出した途端涼の向かいに座る三人の顔に苦いものが広がる。聡明な彼らはもう涼の用件を理解したのだろう。それでも途中で説明をやめる気はなく、涼はポケットから一枚の写真を取り出した。窓越しに隠し撮りをされたような写真ではあったが、その人物の顔ははっきりと写っている。写し取られている男は確かに安居金融の一員である佐々木その人だった。
 反応を見るように涼が視線を寄越せば、今更隠す気もないのか誰からともなく溜息が漏れる。涼も本人かどうかの確認をしに来たわけではない。佐々木は闇金融の一員でありながら情報屋も兼ねており潜入することが多い。このような事案は稀だが、十分起こり得ることだ。
 さて、一度受けた依頼であったがそのターゲットが友人であるとなれば話は別だ。こんな仕事ひとつのために友幸商事が佐々木に手を下す必要もない。涼がここにやってきたのはこれからの対応をどうするかを相談しにきたのである。商売としては依頼ごと買い上げてもらって依頼人を殺しても良し。友人としては佐々木の安全さえ確保されればそれで良い。たとえ友幸商事が断ったとして、企業は佐々木をなんとしてでも消そうとするだろう。ここで動かなければ火の粉を払うことはできない。

「足跡でも残したんか……」

 乾は渋い顔つきで言う。仕事の内容までは知らないが、佐々木が内部で情報収集をするうちに目をつけられるような何かがあったのだろう。機密に触れようとしている社員がおり、表沙汰にできないような情報を見られたと判断されているようだ。向こうはさっさと口を封じたがっている。さてどうするか、と涼が三人の判断を待っていると冴島が口を開いた。

「その山田、消してもらったらええんちゃう」

 つまり佐々木を消せということかと涼が目をやれば、冴島は次いで話を続けた。要するに、下手に依頼人を始末して揉み消すよりも依頼が遂行されたと思わせた方が話が単純でいい。始末したふりをし、佐々木はひっそりと下がらせる。相手に気づかれてしまうような行動をしたということは欲しかった情報は手に入れているだろう。事故で死を偽装して姿を決してしまうのは、怪しまれない去り方を考えているだろう佐々木にとっても悪いことではなさそうだった。これならば友幸商事は報酬を貰えるし、安居金融は安全に仲間を逃がせる。

「素材は?」

 涼が問うのは佐々木の代わりに用意する偽装死体のことだった。適当にその辺りの人間を始末するにしても、見せかけて殺すのはなかなか骨の折れる仕事だ。消えても問題ない人間を連れてくるにも労力がいる。

「秋森さんに頼んどくわ。こっちが出すから心配せんでええ」

 乾がそう言えば涼は了承の笑みを見せた。それだけ決まれば満足だと言わんばかりの涼に、黙って話を聞いていた安居が口を開く。

「代金は?」

 依頼の内容を教えた情報料から偽装工作など諸々の実行費。只で人は動かないと知っているからこそ、いくら友人だろうと金の話はきっちりとつけておきたい。金が全ての問題を引き起こすと身にしみて分かっているからこそだ。
 しかし涼は知ってか知らずか、仕事の顔をやめていつも通りに気安く笑ってみせた。

「サッキーに焼肉奢ってもらう!」

 邪気なく言われれば食い下がる気力もなくなった。涼にとっては企業からそれなりの依頼料はもらえるわけだし、素材の支度もしてくれるならば求めるものはない。ただ四人分の焼肉代を支払う佐々木は勘弁してくれと言うかもしれないが。
 張り詰めた応接室の空気はいつのまにか軽いものに変わっていた。話すべきことを話し、決めるべきことを決め終えた。涼は反動をつけるとソファーから立ち上がり、出された茶を一息に飲み干した。

「ただ“山田太郎”ってどうなの?」

 佐々木の偽名を思い出し、センスがないとばかりに涼は苦笑する。いくらなんでももっといい名前がありそうなものだが。
 そんな軽口を叩けば隅に座っていた冴島が立ち上がり、応接室の扉を開けてくれた。涼より少し低い目線から微かに細まった瞳が見上げる。

「あいつが死ぬ時はジョン・ドゥやないとあかんからな」

 微笑が含まれているように聞こえたが、冴島は笑ってはいなかった。涼は眉を曲げて笑みを小さくしていく。
 潜入先で佐々木が佐々木であってはいけない。個を殺し、身元を消し、見知らぬ誰かを演じながら馴染んでいく。それも場合によっては数週間、数ヶ月、長ければ一年以上かけて。そして死ぬ時は当然名もなき誰かとして死に、佐々木が死んだと悟らせてはいけないのだ。しくじれば偽った誰かから身元不明遺体となる末路を辿る。
 厳しい仕事だ、と涼はつい真剣な目をしてしまう。風当たりの強い敵の懐の中で、佐々木は監視の目に気づいている頃だろうか。応接室から踏み出すと事務所はただ整然と静まり返っていた。

「また連絡するんで、よろしくお願いします」

 見送りがてら乾が声をかける。よろしくね、と涼も返して珍しく用件だけの訪問は終わった。黒で固めた背中が来た時と同じようにあっさりと扉をくぐっていく。軽快に階段を降りていく音が遠のいていくのを聞いていた。
 佐々木に連絡を取らなければならない。まだ彼を失うわけにはいかないのだから。危機とまではいかないが、事態を軽く見ている者はいなかった。示し合せることもなく、それぞれがやるべき仕事のため動き始めた。
 通りに出た涼は先程まで自分がいた部屋を見上げる。今頃忙しく動き出しているだろう。自分も仲間の元に戻って話を持ち帰らなければと、少しだけ足早に歩き出した。
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