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カカオマスにはまだ遠い
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チャイムを鳴らしてから、暫く返事がなかった。
花織は大人しく扉の前で待ちながらスマートフォンを取り出す。
向かうね、と連絡をしてから沙也香がメッセージを読んだ形跡はない。
どうしたのだろうと扉を数度ノックすれば慌てたような足音が聞こえた。
開いた扉を避けて花織が顔を覗かせれば、いつもは綺麗な髪を少し乱して油断した部屋着の沙也香が出迎えてくれた。
「ごめん、ちょっと寝ちゃってた」
手櫛で髪を繕いながら沙也香が花織を迎え入れてくれる。
珍しいことだと思いながら花織は慣れた部屋に入った。
レポートを終わらせたばかりで疲れていたのだろう。
沙也香の部屋は少しだけ散らかっていて、授業プリントや参考資料が机の上にそのままにしてあった。
花織は掃除も好きではないので気にすることもない。
「はい、これ」
花織はなるべく声に余計な物が混じらないように言って紙袋を渡した。
沙也香が好きそうな女の子らしくも派手すぎない、桜色の紙袋。
沙也香は不思議そうに受け取って中身を見る。
四角形の箱は蓋が透明になっていて、四つ並んだマカロンが窺えた。
TO SAYAKAと書かれたメッセージカードがリボンに挟まれている。
桃色と、茶色と、赤色と、緑色。それぞれ苺、チョコレート、フランボワーズ、ピスタチオの味だ。
当然手作りで、ひたすらに焼いて一番形良く仕上がった物を詰めた。
沙也香はようやく今日が何の日だったのか思い出したようで、ハッとした顔で花織を見た。
「あ……私、何にも用意してなくて…」
申し訳なさそうに言う沙也香に、花織は笑って首を振る。
明るい茶色の髪からは林檎の香水の香りがしていた。
「忙しかったしいいよ」
ごめんね、と困ったように言う沙也香はすっかりバレンタインデーのことなど忘れていたのだろう。
この様子では他の誰にも何も渡していないようだ。
「その代わりホワイトデーは三倍返しだぞ?」
おどけて言えば、わかった、と沙也香が救われたように笑う。
貰ってばかりではすまないと思うのだろう。
これ手作りなの、と無邪気に感嘆する沙也香の横で沙也香が用意してくれなくてよかった、と花織は思う。
バレンタインデーとホワイトデーに役割を割り振って、まるで世間の恋人のように想いの交換ができる。
それがただの物質の交換でしかないことはよく分かっていたし、花織はそこまで図々しくはなかった。
だからチョコレートではなくマカロンを贈ったのだ。
作り物の色と形。
少し力を込めれば簡単に崩れてしまう脆さと繊細さ。
どこまでも女らしく、女が女に贈るためにあるような、皮肉で可愛らしい焼き菓子。
「食べていい?」
沙也香が嬉しそうに言う。
作った物を目の前で食われる快感を、きっと沙也香は知っているのだ。
うん、と花織はにっこりと笑ってみせる。
料理が大嫌いな自分が丸々三日かけて作った菓子だ。
執念と執着の味がすることだろう。
沙也香の赤色の唇に桃色のマカロンが近づいていく。
縁が綺麗に丸まっている。
このまま薄い焼き菓子はパキリと簡単に噛み切られる。
その音を思って花織はじっと唇を見つめていた。
一月後には、女友達からお返しを貰える。
女らしくてかわいすぎる、作り物の菓子を。
花織は大人しく扉の前で待ちながらスマートフォンを取り出す。
向かうね、と連絡をしてから沙也香がメッセージを読んだ形跡はない。
どうしたのだろうと扉を数度ノックすれば慌てたような足音が聞こえた。
開いた扉を避けて花織が顔を覗かせれば、いつもは綺麗な髪を少し乱して油断した部屋着の沙也香が出迎えてくれた。
「ごめん、ちょっと寝ちゃってた」
手櫛で髪を繕いながら沙也香が花織を迎え入れてくれる。
珍しいことだと思いながら花織は慣れた部屋に入った。
レポートを終わらせたばかりで疲れていたのだろう。
沙也香の部屋は少しだけ散らかっていて、授業プリントや参考資料が机の上にそのままにしてあった。
花織は掃除も好きではないので気にすることもない。
「はい、これ」
花織はなるべく声に余計な物が混じらないように言って紙袋を渡した。
沙也香が好きそうな女の子らしくも派手すぎない、桜色の紙袋。
沙也香は不思議そうに受け取って中身を見る。
四角形の箱は蓋が透明になっていて、四つ並んだマカロンが窺えた。
TO SAYAKAと書かれたメッセージカードがリボンに挟まれている。
桃色と、茶色と、赤色と、緑色。それぞれ苺、チョコレート、フランボワーズ、ピスタチオの味だ。
当然手作りで、ひたすらに焼いて一番形良く仕上がった物を詰めた。
沙也香はようやく今日が何の日だったのか思い出したようで、ハッとした顔で花織を見た。
「あ……私、何にも用意してなくて…」
申し訳なさそうに言う沙也香に、花織は笑って首を振る。
明るい茶色の髪からは林檎の香水の香りがしていた。
「忙しかったしいいよ」
ごめんね、と困ったように言う沙也香はすっかりバレンタインデーのことなど忘れていたのだろう。
この様子では他の誰にも何も渡していないようだ。
「その代わりホワイトデーは三倍返しだぞ?」
おどけて言えば、わかった、と沙也香が救われたように笑う。
貰ってばかりではすまないと思うのだろう。
これ手作りなの、と無邪気に感嘆する沙也香の横で沙也香が用意してくれなくてよかった、と花織は思う。
バレンタインデーとホワイトデーに役割を割り振って、まるで世間の恋人のように想いの交換ができる。
それがただの物質の交換でしかないことはよく分かっていたし、花織はそこまで図々しくはなかった。
だからチョコレートではなくマカロンを贈ったのだ。
作り物の色と形。
少し力を込めれば簡単に崩れてしまう脆さと繊細さ。
どこまでも女らしく、女が女に贈るためにあるような、皮肉で可愛らしい焼き菓子。
「食べていい?」
沙也香が嬉しそうに言う。
作った物を目の前で食われる快感を、きっと沙也香は知っているのだ。
うん、と花織はにっこりと笑ってみせる。
料理が大嫌いな自分が丸々三日かけて作った菓子だ。
執念と執着の味がすることだろう。
沙也香の赤色の唇に桃色のマカロンが近づいていく。
縁が綺麗に丸まっている。
このまま薄い焼き菓子はパキリと簡単に噛み切られる。
その音を思って花織はじっと唇を見つめていた。
一月後には、女友達からお返しを貰える。
女らしくてかわいすぎる、作り物の菓子を。
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