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水ノ灯(ともしび)

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落ち着く香り

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 事後の気だるげな空気の中、成瀬は咥えた煙草に火をつけた。狭い部屋の狭い布団の中で、うつ伏せたまま煙を吐く。隣でもぞもぞとする気配があって、眠っていた橘が薄っすらと目を開いた。煙草の香りで起きてしまったのだろうか。
 小さく瞬くのを見ながら乱れた髪を撫でつけてやる。橘は成瀬の手に触れられると嬉しそうに目を細めて、さらに体を寄せた。素肌の柔らかさと温かさが伝わってくる。

「ちょーだい」

 橘が甘ったれた声でそう言って唇を開いた。その声が少し掠れているのは、先ほどまで自分が大声を上げさせていたからだろう。吸いかけの煙草を唇に挟ませてやると、橘はすうっと一口吸い込んだ。うっと眉を顰め、橘は煙草を指で挟んで口から離した。げほげほと顔を背けて何度か咳き込む。

「橘さん、大丈夫ですか」

 成瀬が背をさすってやると、だいじょぶ、と苦しそうな声で言って、また咳き込む。成瀬は煙草を受け取って灰皿に置くと、少し手を伸ばして水のペットボトルをとった。体を起こして橘を覗き込む。ぜえはあと息を荒げた橘が涙目で見上げてきた。

「これ飲んで」

 橘の体を支えてやり、ぬるい水を飲ませる。ごくごくと喉を上下させると、橘は口を離して眉を寄せた。乾いていた喉が痛んだのだろう。むせたのもきっとそのせいだ。

「ん……ありがと」

 ペットボトルが渡される。そう言った声は少し潤って、大分楽になったように聞こえた。成瀬は自分も数口飲んで蓋を閉めた。橘は固い布団にぽすんと横たわって息をつく。疲れた体は睡眠を欲しているようで、とろりとした目をしていた。成瀬が隣に収まると、橘はぴたりと体をくっつけてくる。

「あー成瀬の匂いだあ……」

 ふふふ、と柔らかい唇が弧を描く。成瀬はどきりとしてほんの少しだけ身を引いてしまった。

「あんまりくっつかないでください。今汗臭いですよ」

 慌てて言われた言葉に、そんなの俺もだよお、と間延びした声がする。橘はいつでもどこか甘い香りがして、ほんのり混じる汗の匂いが余計に色っぽかった。

「………安心する」

 ぽつりと言って、橘は目を閉じた。成瀬は穏やかなその表情をしばし黙って見つめる。やがてふっと微笑むと、毛布を引き上げて二人の体にかけた。

「おやすみなさい」

 そう言って髪を撫でてやれば、橘は体の力を抜く。成瀬は手を伸ばして煙を上げ続けていた煙草を灰皿で押し潰した。残り香が部屋に香る。
 抱き込むようにすれば、橘の心音が体を伝ってきた。すう、と寝息が聞こえてくる。その顔はすっかりほどけて子供のようだった。薄闇の中で成瀬も目を閉じる。胸の中の存在が愛おしくて、こんな時ばかり狭い布団でよかったと思ってしまうのだった。
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