暴走機関車、皇くん!

佐々木ちえ

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2.一途一心

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「何か皇のやつ変じゃありません?」
「…………さあな」
「ちょっと~~羽多野主任!いつもなら注意するくせにってあ、そうか。注意されてるのいつも俺ばっかだった」

そうだ、皇は注意するところがないくらい常に完璧で、その隙のなさがイヤミったらしくて嫌いだった。

……それなのに、今日はどうだ?
三十分に一度思い出したように宙を眺めてはボーッとしている。重たいため息は悩ましげで、周りの女子社員が心配そうにしていた。

俺は頭を抱える。
だってあいつ、ボーッとする度に『めぐみさん』って呼ぶんだもん!!!!!

「はあ…………めぐみさん……」

ほら、まただよ!!
俺が昨日名乗った偽名を何度も繰り返す皇に、田中が「女っすかね?」と小指を立てる。俺はそれを手のひらでしまわせて、同じようにため息を吐いた。

「あー…………皇?」
「っ、ぁ、はい!」
「ボーッとしてるけど大丈夫か?」
「すみません、ちょっと…………」

そう言ってこちらを見た皇が、何かに気がついたかのように俺を見つめたまま目を逸らさない。
あ、ヤバい……と思った時には既に遅く、皇が「めぐみさん……?」と呟いた。

「ねー皇さん、さっきからそれ何なんですか?めぐみって、彼女とか?」
「いえ、僕が一目惚れした人です」
「え!!?皇さんが一目惚れ!!!???」

田中の大きくてよく通る声が部屋に響く。
あちこちから立ち上がる音や物を倒す音、悲鳴まで聞こえてくる。皇さんが!?とか一目惚れ!!?とか、ざわつく部屋は仕事どころではなくなってしまった。
…………これでは注目の的だ。しかし当の本人に気にした様子はない。

「羽多野主任、一つ伺ってもいいですか?」
「…………なに」
「もうわかっていますよね?」

その目は確信しているようだった。
あーーーーーくそ!!!こんなことなら昨日の時点で面白がらずにバラしておくんだった!!!!!!
とてつもない後悔に苛まれながら、俺は頷く。皇はやっぱりというように目を輝かせると、俺の手を握った。

「主任!!!」
「…………おう」
「めぐみ、ていう字はどの漢字ですか!?」
「………………は?」
「妹さんのめぐみさんですよ!!漢字を教えてください!!」

「いや~今日一日それが気になって気になって」と笑う皇に、急速に肩の力が抜けていく。

バレて…………ない…………?

恐る恐る様子を見るが、やはり皇は俺がその恵であることは微塵も疑っていないようだった。
俺は内心でホッとため息を吐きながら、京→けい→恵→めぐみ、と名付けただけの名前について口を開く。

「ヨーグルトのやつ」
「チッ」
「???????」

え??今こいつ舌打ちした???
驚きで見つめる俺に、皇は真面目な顔をしてぶつぶつと呟く。
相変わらず手は握られたままだ。

「画数が悪いな……」
「カクスウ…………」
「いっそ交換してくれません?」
「なにと」
「主任の名前と妹さんの名前。恵も京もどっちでも通じる名前じゃないですか。どうして恵さんのご両親は逆に名前をつけてくれなかったんでしょう……」
「俺の両親でもあるからな?」

ていうか恵の名付け親は俺だけど。

はああ、と重たいため息を吐く皇を見て、周りが困惑しているのがわかる。
どよめいているし、頬を抓る人もいるし、悪霊退散を唱え始めているし……めちゃくちゃだ。

皇京すめらぎけいだったなら相性抜群だったんですよ、画数的に」
「そういうの信じるタイプだったのか……」
「いっそ今から交換しません?」
「無理だろ……」
「それじゃあ恵という漢字から二画なくしましょう。広辞苑に問い合わせればいいかな」
「マジで、お前、アホ」

本気で言っているのか、俺の言葉に首を傾げる皇に俺は内心できっしょ……と呟いた。
隣で田中が「うわー……正直キモいですわ」と言っているのが聞こえた。ナイスだ。





その日の定時後、俺は全力で逃げていた。

「羽多野主任~~!!」
「待ってください皇さん!業務時間外に主任を追いかけちゃダメですよ!?」

廊下に響く足音と田中の声。いい歳をして全力疾走、それも会社でなんて恥ずかしい。だけどそんなことに構っていられず、"妹さんに挨拶をしたい"とぬかす皇から逃げるために社内で完全に鬼ごっこ状態である。

あいつ本当にバカだろ……!!

脳内でさっきした会話が再生される。

「いつも羽多野主任にはお世話になっていますので、妹さんにもご挨拶をするのが筋です!」
「どんな筋だよ!ていうか今まで碌に話してないだろ!?」
「いえいえ、もう僕と羽多野主任は兄弟も同然。ぜひご挨拶を!」
「だーーーー!いつ俺とお前が兄弟になったんだよ!」

あぁ、本当に面倒くさい。
皇から逃げることもだけど、俺よりも長い足と全身持久力があることが気に食わない。

曲がり角で急旋回し、非常階段に飛び込む。ここなら人目もないし皇だってきっと分からない。

「はぁ……っ、はぁ……っ」

何で、俺がこんなこと……。
そう思いながら立ち止まり、膝に手をついて背中を丸め、踊り場で乱れた呼吸を整える。
大体いきなり兄弟認定とか、話が飛躍し過ぎるにもほどが——。

「主任」
「ひっ……!」

背後から聞こえた声に息を呑む。
まるでホラーゲームか幽霊屋敷だ。心臓が口から飛び出るかと思った。
ギギギ……と錆びた鉄の音がしそうな挙動で振り返れば、そこには息一つ乱していない皇が立っている。

「…………お前、学生時代何のスポーツやってた?」
「バスケを少し。身長があったので友達に誘われてやっていました」
「あ、そ……」

バスケなら俺だってやっていた。四十分走り続けるんだからそりゃ体力だってつくけど、こいつみたいに息切れ一つしない化け物は見たことがない。

「体力あるな」
「営業主任には負けます」
「イヤミか?どー見ても俺の方が疲れてるだろ……」

もう逃げられないと悟った俺は、仕方なしに踊り場の隅に座り込む。

「で、何?挨拶なら断ったはずだけど」
「それなら恵さんのことを教えてください」

俺を見下ろす皇の顔は真剣だ。
相変わらずムカつくほど整った顔をしている。

「嫌だ」
「好きな食べ物は?」
「嫌だって言ってるだろ。日本語分かる?」
「休日の過ごし方は?」
「お前人の話聞かないなー……」
「好みのタイプは?」
「だーかーら!嫌だって言ってるだろ!」

こんなにもキッパリ断っているのに、皇は引き下がらないどころか一歩距離を詰めてくる。
俺は今踊り場の隅っこ。座っているからすぐには立ち上がれない。

「…………何だよ」
「羽多野主任。恵さんは僕のことをどう思いますかね」
「知らねぇよ」

そもそも恵なんて妹はいない。
本当に実在する妹の方ならイケメンだーって騒ぐのかもしれないけれど、恵は架空の存在。そもそも存在しない人間の心なんて考えるだけ無駄だ。

……言ってしまいたい。お前が探している恵は一生見つからないし、俺の妹は全然俺に似ていない一人だけだって。
でもそれを言った瞬間、こいつだってバカじゃないんだから、俺が恵であるという結論に到達することは分かりきっている。
詰み、だ。

「……皇」
「はい」
「お前、妹に会ってどうしたいんだ」
「もちろん結婚を前提とした交際を申し込みます」
「早ぇよ……」
「あ、別に交際は飛ばして結婚でもいいです」

こいつの思考回路、マジでどうなってるんだ。初恋とやらで暴走しているとしても、常人では思いつかない思考回路をしている。

王子様と呼ばれるだけあってキラキラの笑顔を向けてくる皇に、俺はわざとらしくため息を吐いた。

「そもそもだな……」

頭を掻きながら何とか逃げ道を探す。

「もし妹に彼氏がいたらどうする?」
「俺を好きになってもらいます」
「…………すげぇ自信」
「自信があるわけじゃないです。何をしても、どんなに辛くても、恵さんの側にいたいんです」
「……………つーか、何でそんなに妹のことが好きなわけ?あいつの何を知ってんの?」

素朴な疑問だ。
いくら一目惚れとはいえ、あまりに入れ込み過ぎている。ちょっと、恐ろしいほどに。

「顔が可愛いです」
「見た目以外」
「優しそうです」
「雰囲気以外」
「声が……」
「もっと内面的なこと!」

ぐっと言葉に詰まる皇。
ようやく黙った皇を前に、俺はニヤリと口角を上げる。

よしよし、効いているな。このままその恋心は一時的なもので間違いで、早く忘れた方がいいものだって思わせていけば……。

「ほら見ろ、何も知らないだろ?それで好きだ~結婚してくれって、お前、たぶん恋に恋してるだけだぞ」
「違います」

キッパリと即答。
これにはさすがに俺も面食らう。

「何でそう言える?」
「だって、僕の世界は彼女に会った瞬間から変わったんです。寝ても覚めても恵さんのことばかり……。運命なんです」
「………….だからそれが」
「たとえ主任が認めてくれなくても、僕は彼女を諦めませんよ」

一切怯まない皇に何も言えなくなっていると、皇は悲しそうにふっと微笑んだ。

「……主任は妹さんとの恋、応援してくれないんですね」
「っ……」

その言い方は卑怯だろ。
仮にも妹を持つ兄としてはそこを突かれると弱い。
いっそ本物の妹に恋してくれよ~……なんて思いながら、渋々言葉を返した。

「……応援は、してもいい」
「本当ですか!」
「ただし条件付きだ」
「条件?」

俺は湯幅を一本立ててみせる。

「二度と社内でうるさく俺に絡まないこと。ふつーに仕事の邪魔だから。その代わりスマホで連絡しろ」
「……あ、僕、主任のプライベートな連絡先知らないです」
「あー……教えるから」

そうして追加された連絡先は漢字フルネームで、こいつらしいと思うと同時にあることに気がついた。
あ、これで一生おれの連絡先は教えられないじゃん……と。

「あんま送ってくるなよ」
「分かりました。一日十回くらいにしておきます」
「多いわ!」

俺の連絡先が入ったスマホを手に嬉しそうに笑う皇に何だかなー……と思いながらも、まるで中学生のような反応をする皇が少しだけ可愛く見えるのだった。

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