暴走機関車、皇くん!

佐々木ちえ

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4.言外之意

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終業後、俺は約束通り皇と二人で飲みに来ていた。
会社を出る時改めて田中も誘ってみたけど、やっぱり「遠慮しておきます」と含みのある顔で笑うだけだった。

「店どうする?何の気分?」
「あ、予約してあって。イタリアンなんですけど」
「イタリアン……」

ていうかコイツ、昨日の今日で予約したのか。仕事ができるやつだな……と一枚上手に思えて少し対抗心が芽生える。

皇の案内で訪れたのはちょっと小洒落たイタリアンレストランだ。
明らかにデート向けで、女性客も多く居心地が悪い。

「おい、何でここなんだよ……」
「夜景が綺麗じゃないですか?」
「男二人で夜景が綺麗な必要ないだろ」
「でも、綺麗な方がいいじゃないですか」
「そりゃ綺麗なのはいいことだけどさ……」
「それに羽多野主任、ピザお好きですよね」
「…………何で?」

確かにピザは好きだけど、皇とそういう話をした覚えはない。

「前に部の飲み会で言ってたじゃないですか」
「……そうだっけ?」
「そうですよ。物凄く酔っ払っていたから覚えていないんですね。あんまりお酒、飲まない方がいいですよ」
「……ん、気をつける」

言いながらメニューを開いて適当にサラダやパスタ、ピザを頼む。もちろん酒も頼んだが、さっきの今だからこのワインはグラスでちびちび飲むことにした。

「ところで、主任」
「はいはい、どうせ恵のことだろ?」
「……そうです。恵さんのことをもっと教えてください」
「飽きないな、お前も」
「飽きませんよ。初恋ですからね」
「…………はは、純粋」

ちょっと笑えるような、どこかチクチクするような。
罪悪感のせいかな?と思いながら少しだけ多めにワインを口に含む。

「何が聞きたい?」
「うーん……趣味、とか?」
「趣味……」

恵の趣味なんて知らない。
俺の趣味ならバスケ、アクション映画、ゲームだけど、それを女の子の趣味として言うには違和感がある。

「読書、とか?」
「へえ。どんなジャンルですか?」
「……恋愛?」

女の子って大概恋愛ものが好きだろ。そんな理由で答えただけなのに、皇はスマホを取り出すとメモアプリを開いて律儀にメモを取っている。
ていうか『恵さんのこと』メモ、いつ見てもちょっと気色悪いな……。

「他には?」
「他って?」
「好きな食べ物とか、嫌いな食べ物とか」
「それ前に訊いてきたじゃん」
「でも答えてくれなかった」
「あー……そうだっけ?」

あぁもう、面倒くさいな。
ここで断るとまたうるさいだろうと、仕方なく俺は自分の好みを答えた。

「肉とかよく食べてる」
「お肉!いいですね。じゃあ焼肉とか好きかな」
「うん、たぶん」
「今度誘ってみようかなー」
「いやお前連絡先知らないだろ」
「……あ、そっか。じゃあ代わりに主任が付き合ってくださいよ」
「………………何で?」

いや、今は恵の話だったはずだろ。意味が分からない……。
そう戸惑う俺に気づいたのか、皇は相変わらずの王子様フェイスで「冗談です」と笑ってグラスを呷った。

「おい!そんなに一気に飲んだら酒が回るぞ。しかもワインなんて悪酔いして……っ」
「大丈夫。俺、すごく強いんです」

確かに皇が酔っているところは見たことがない。こちらは割と弱い方なので、また負けた気になってちょっとムカッとした。

「あっ、主任。そんなに飲んだら……」
「うるさい」
「……もー、また酔っちゃいますよ?あの時結構大変だったんですから」
「あの時?」
「部の飲み会」
「あー……ごめん、覚えてない。迷惑かけた?」
「いや……覚えていないならいいんです」

店員を呼んで追加の酒を頼む皇に俺も、と言おうとしたが、皇が勝手に烏龍茶を頼んでしまったから言葉を飲み込んだ。

「お前、意外と世話焼きだなぁ」
「気が利くんですよ」
「さすが営業さん」

まぁ俺もだけど、と思いながら残りのワインを一気に飲めば、思ったよりも渋い味に眉を顰めた。

「……それで、続きなんですけど」
「まだ訊く?」
「当たり前です。せっかくこうして恵さんのことを訊けるんですから」
「ふっ……」
「何で笑うんですか」
「いや、お前が真面目すぎて」
「当たり前ですよ。本気ですから」
「………………そっか」

だから、何で俺はモヤモヤしているんだ。意味が分からない。
やっぱり、こんなに真剣な皇を騙していることに罪悪感を覚えているのか……?

「チョコは好きですか?」
「……ん、たぶん」
「なら次のバレンタイン、主任から渡してくれますか?」
「何で、やだよ」
「どうして」
「だって今年のバレンタイン終わってるし、次って一年後じゃん。そんな先の約束したくない」
「なら……やっぱり自分で渡すしかないですね」
「どうやって」
「それは……主任に仲を取り持ってもらって?」
「嫌だよ。それに当たり前のように言ってるけど、案外その頃には熱も冷めてるかもしれないぞ」
「それはないです。だって——……」

皇が一瞬言葉を止める。
その顔はどこか切なげにも見えてびっくりした。

「恵さんは俺の前に現れた、救世主なんです」
「………………お前本当アイツのこと美化しすぎだよ」

ちょうどその時ピザやパスタが運ばれてきて、皇はにっこり笑うと「どれくらい食べますか」と言って、パスタを取り分けてくれる素振りを見せた。

「…………いっぱい」
「はい」

くすっと笑った皇に取り分けてもらったパスタは物凄く美味しい。
思わずがっついてしまう俺とは対照的に、皇は綺麗な所作でゆっくりと食べていた。育ちが良さそうだ。

「……お前ん家って金持ち?」
「さぁ、普通だと思いますよ」
「訊かれたくないならもう言わないけど、それは絶対嘘だろ。思えばお前、いいもの使ってるもんな」
「…………主任には敵いませんね」

困ったように眉を下げながらもどうやら話してくれるようで、皇はワインをぐっと呷るとポツポツと話し出した。

「父が会社を経営しています」
「へぇ、すごいじゃん。もしかしてうち?」
「いえ、別の会社です。……同じ業界ではありますけど」
「ふぅん」

何か色々複雑なのかなと、追及はそれくらいに止めておく。

にしてもコイツ、完璧な容姿に見事な仕事っぷり、更に裕福な家庭って……。何一つ欠点がないじゃないか。
こんな人間もいるんだなー……。神様って割と不公平。……いやでもコイツちょっと頭おかしいし、そこで釣り合いが取れてるのか?

「主任の家はどうですか?」
「どうって、普通だよ。一般的なサラリーマン家庭」
「厳しかった?」
「いや、全然。割と放任かな」
「……へぇ、いいですね。俺の実家は割と厳しくて——……ルールが沢山ありましたね。門限は十時とか、成績が悪ければ小遣いなしとか、添加物をとってはいけないとか」
「げぇ、俺無理」
「俺もです。……主任は何かありました?独自ルール」
「んー……あ、夕食はできるだけ家族揃って食べてたな。ルールなのかは分からないけど」
「……羨ましいな」

心底羨ましそうに言われると何だか落ち着かなくて、慰めるのは違うと思いながらも、気づいたら思ったことをそのまま口にしていた。

「お前がいつか新しいルートを作ればいいだろ」
「え……?」
「いや……ほら、お前モテるし、いつか結婚するだろ?その時に新しい家族で最高なルール作ればいいじゃん」
「…………そうですね」

皇は笑ったけれどその笑顔はどこか切なく見えて、励ますつもりが余計なことを言ってしまったと気まずくなる。

何の悩みもないお坊ちゃんだと思ってたけど、案外コイツも悩んでるのかもなー……。

そんなことを考えながら、俺たちはその後も話を続けた。
……意外にも、恵のことは後半はあまり訊かれなかった。



食事を終えて駅に向かう道すがら、皇が急に立ち止まる。

「主任」
「ん?」

結構酒が回っているのかふわふわとした心地で気分がいい。
今なら皇の恵攻撃にも耐えられそうだなーと思っていたけれど、続く言葉は少し予想外だった。

「ありがとうございます」
「……何が?」

皇は真っ直ぐに俺を見ている。

「恵さんのことを教えてくれたことも、俺の話を聞いてくれたことも……」
「あーいいって、そういう約束だったからな」
「主任と二人でご飯に来れて嬉しかったです」
「……そっか。なら、また行くか?」
「…………はい!」

嬉しそうに笑う皇に、胸の奥が少しざわつくような感じがした。
…………何だ、この感覚……。

再び歩き出した俺に駆け寄ってきた皇が横に並ぶ。
駅に着くまでも、電車に乗ってからも、皇と別れて自宅に戻るまでの間も。俺はずっと考えていた。

……このまま嘘をつき続けていていいのか?いつかバレる。絶対にバレる。その時アイツは——……。

上手く思考を整理できないのは酒のせいだ。
俺は家に着くなり風呂にも入らずにベッドに向かった。
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