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其の壱 苧環勝のケース
せわしない旧友
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そして、週末。
マンションから電車を乗り継ぐこと、一時間半。俺は彼女との約束の地へ足を踏み入れた。駅を出て周囲を見渡すと、懐かしい景色が俺を迎え入れた。
(ここは全然変わってないな…)
この地区は、俺が学生時代に住んでいた場所だ。金がない時によく先輩に奢ってもらった飯屋や安酒を飲んで騒いでいた居酒屋の前を通ると、青春時代の様々な思い出がフラッシュバックして来て思わず目を細める。目的地はもうすぐそこだ。
約束の時間より少し早く着いたが、彼女にメッセージを飛ばすと既に到着しているとの事だった。指定されたファミレスに入ると、少し奥の席から見慣れたウェーブのかかった茶髪が手を振っていた。
「よぉ、天竺。会うのは去年の忘年会以来か?」
「だなー、先に言っとくけど今日はオダマキの奢りだかんなー」
「分かってるって。好きなもの食え」
「やりー!」
俺の言葉もよそに、彼女は嬉々としてメニューを眺めて唸っている。彼女、天竺雅とは学生時代に知り合った旧友だ。先程の会話と見た目の通り、明るく竹を割ったような性格で何かと気が合うことが多く、社会人になった今でも交流がある数少ない友人の一人である。
適当に注文をした後、他愛のない世間話もそこそこに俺は切り出した。
「事前に話したとおりだが、最近"あいつ"からストーカーの被害を受けている」
「聞いたけど、もう一回確認させて。"あいつ"っていうのは?」
「同級の薊潔子の事だ。」
「アザミね…。あんたたち、今もそういう仲だったっけ?」
「もう昔の話だよ。妻と結婚してからは何もない。本当だ」
薊潔子も天竺と同様、学生時代に知り合った。同じサークルに所属し、皆と一緒に馬鹿をやったこともあれば、恋仲になったこともあった。だが、薊は思い込みが激しい部分がありよく衝突もした。付かず離れずを繰り返しているうちに、俺の方が今の妻と出会い結婚。その際に薊とは喧嘩別れし、それ以来会っていない。もう二年も前のことだ。
「なぁ、何で今になってまた潔子は俺に執着してきてるんだ? お前達それなりに仲良かったろ。何か聞いてたりしないか?」
「嫌になるくらい聞いてるよ! あんた、アザミからのメッセージ本当に見てないのな」
「一日に何十件も来てたら見る気も失せるわ。それで、何て?」
「アザミ、三ヶ月くらい前に付き合ってたカレシに振られたんだよ。結構うまいこといってたみたいなんだけど、唐突に。それで、あんたにも連絡したけど返事が返ってこないもんだから躍起になってるんだよ、きっと」
おいおい、なんだその取ってつけたような理由は。もっと深刻な事態を考えていただけに、呆れを通り越して怒りが湧いてきた。話し口調にもつい苛立ちの感情が篭る。
「なんだそれ。そんなんであんなに電話やらメッセージ飛ばしてきてたのかよ! はた迷惑すぎだろ」
「あの子、あんたが結婚するってなった時相当落ち込んでたんだよ。それも漸く吹っ切れそうになった矢先にそれだからさ。寂しいだけなんだって」
「いやいや、寂しいじゃすまないって。スゲー迷惑してるんだぜ!? 携帯だってスマホの通知がうっとおしすぎてガラケーに変えたぐらいだしさ。てか、お前さっきから潔子にやたら肩入れしてないか?」
そう言うと、天竺の眉がピクリと動いた。
「そりゃあ、同じ女子だからね。アザミの気持ちもあんたよりは理解してるさ。ただそれだけ。オダマキもわかった上で私に相談してきたんじゃないの?」
彼女の口調も少し刺のあるものになっている事に気付く。彼女の言い分は尤もだし、俺も少々言いすぎた。そもそも天竺と言い合いになっても何も解決しない。ややぬるくなったコーヒーをひとすすりして心を落ち着かせる。
「あー、そうだな。悪かった。ついカッとなっちまって。それで、どうしたら潔子のストーカーを止めさせられると思う?」
「そりゃあ、会って話をすればいいんじゃない? それが一番手っ取り早いじゃん」
「簡単に言うなよ…。会った瞬間刺されたらどうするんだ」
「ドラマの見すぎでしょ。まずそんなことにはならないって」
正直なところ、今更会って話したところでどうにかなる問題とも思えない。潔子の俺への執着は既に常識の範疇を超えている。
しかし、ある意味でそれが一番平和的に解決できる道になるかもしれない。何より、妻に被害が及ぶことを未然に防ぐことが出来る可能性がある。思い悩んだ末、俺は決断する。
「…分かった。確かにそれが一番平和的だと俺も思う。そのかわり、天竺も…」
そこで、テーブルに置かれていた天竺のスマホが鳴った。彼女は俺に断りを入れると、少しの間スマホを操作してこう言った。
「悪い! 私そろそろ出ないとだわ! 潔子と直接話し辛かったら私が取り次いであげるから、あとは自分で何とかしな!」
「そ、そうか。忙しいところ悪かったな」
「いいのいいの! そういえばオダマキは今どの辺に住んでんの? 今度は私がそっち行って話聞くよ!」
彼女に今のアパートの大体の場所を知らせると、「了解! それじゃあ会計よろしく~」と言って足早に去っていった。何やら立て込んでいる様子だったが、それでも俺の相談に真摯に対応してくれた彼女に感謝しつつ、その場にしばし残って潔子と会った時のシュミレーションを頭の中で巡らせる。
結局妙案は思い浮かばず、会計を済ましてレシートを見ると一人でコーヒーを六杯も飲んでいたことに気付き、苦笑した。
マンションから電車を乗り継ぐこと、一時間半。俺は彼女との約束の地へ足を踏み入れた。駅を出て周囲を見渡すと、懐かしい景色が俺を迎え入れた。
(ここは全然変わってないな…)
この地区は、俺が学生時代に住んでいた場所だ。金がない時によく先輩に奢ってもらった飯屋や安酒を飲んで騒いでいた居酒屋の前を通ると、青春時代の様々な思い出がフラッシュバックして来て思わず目を細める。目的地はもうすぐそこだ。
約束の時間より少し早く着いたが、彼女にメッセージを飛ばすと既に到着しているとの事だった。指定されたファミレスに入ると、少し奥の席から見慣れたウェーブのかかった茶髪が手を振っていた。
「よぉ、天竺。会うのは去年の忘年会以来か?」
「だなー、先に言っとくけど今日はオダマキの奢りだかんなー」
「分かってるって。好きなもの食え」
「やりー!」
俺の言葉もよそに、彼女は嬉々としてメニューを眺めて唸っている。彼女、天竺雅とは学生時代に知り合った旧友だ。先程の会話と見た目の通り、明るく竹を割ったような性格で何かと気が合うことが多く、社会人になった今でも交流がある数少ない友人の一人である。
適当に注文をした後、他愛のない世間話もそこそこに俺は切り出した。
「事前に話したとおりだが、最近"あいつ"からストーカーの被害を受けている」
「聞いたけど、もう一回確認させて。"あいつ"っていうのは?」
「同級の薊潔子の事だ。」
「アザミね…。あんたたち、今もそういう仲だったっけ?」
「もう昔の話だよ。妻と結婚してからは何もない。本当だ」
薊潔子も天竺と同様、学生時代に知り合った。同じサークルに所属し、皆と一緒に馬鹿をやったこともあれば、恋仲になったこともあった。だが、薊は思い込みが激しい部分がありよく衝突もした。付かず離れずを繰り返しているうちに、俺の方が今の妻と出会い結婚。その際に薊とは喧嘩別れし、それ以来会っていない。もう二年も前のことだ。
「なぁ、何で今になってまた潔子は俺に執着してきてるんだ? お前達それなりに仲良かったろ。何か聞いてたりしないか?」
「嫌になるくらい聞いてるよ! あんた、アザミからのメッセージ本当に見てないのな」
「一日に何十件も来てたら見る気も失せるわ。それで、何て?」
「アザミ、三ヶ月くらい前に付き合ってたカレシに振られたんだよ。結構うまいこといってたみたいなんだけど、唐突に。それで、あんたにも連絡したけど返事が返ってこないもんだから躍起になってるんだよ、きっと」
おいおい、なんだその取ってつけたような理由は。もっと深刻な事態を考えていただけに、呆れを通り越して怒りが湧いてきた。話し口調にもつい苛立ちの感情が篭る。
「なんだそれ。そんなんであんなに電話やらメッセージ飛ばしてきてたのかよ! はた迷惑すぎだろ」
「あの子、あんたが結婚するってなった時相当落ち込んでたんだよ。それも漸く吹っ切れそうになった矢先にそれだからさ。寂しいだけなんだって」
「いやいや、寂しいじゃすまないって。スゲー迷惑してるんだぜ!? 携帯だってスマホの通知がうっとおしすぎてガラケーに変えたぐらいだしさ。てか、お前さっきから潔子にやたら肩入れしてないか?」
そう言うと、天竺の眉がピクリと動いた。
「そりゃあ、同じ女子だからね。アザミの気持ちもあんたよりは理解してるさ。ただそれだけ。オダマキもわかった上で私に相談してきたんじゃないの?」
彼女の口調も少し刺のあるものになっている事に気付く。彼女の言い分は尤もだし、俺も少々言いすぎた。そもそも天竺と言い合いになっても何も解決しない。ややぬるくなったコーヒーをひとすすりして心を落ち着かせる。
「あー、そうだな。悪かった。ついカッとなっちまって。それで、どうしたら潔子のストーカーを止めさせられると思う?」
「そりゃあ、会って話をすればいいんじゃない? それが一番手っ取り早いじゃん」
「簡単に言うなよ…。会った瞬間刺されたらどうするんだ」
「ドラマの見すぎでしょ。まずそんなことにはならないって」
正直なところ、今更会って話したところでどうにかなる問題とも思えない。潔子の俺への執着は既に常識の範疇を超えている。
しかし、ある意味でそれが一番平和的に解決できる道になるかもしれない。何より、妻に被害が及ぶことを未然に防ぐことが出来る可能性がある。思い悩んだ末、俺は決断する。
「…分かった。確かにそれが一番平和的だと俺も思う。そのかわり、天竺も…」
そこで、テーブルに置かれていた天竺のスマホが鳴った。彼女は俺に断りを入れると、少しの間スマホを操作してこう言った。
「悪い! 私そろそろ出ないとだわ! 潔子と直接話し辛かったら私が取り次いであげるから、あとは自分で何とかしな!」
「そ、そうか。忙しいところ悪かったな」
「いいのいいの! そういえばオダマキは今どの辺に住んでんの? 今度は私がそっち行って話聞くよ!」
彼女に今のアパートの大体の場所を知らせると、「了解! それじゃあ会計よろしく~」と言って足早に去っていった。何やら立て込んでいる様子だったが、それでも俺の相談に真摯に対応してくれた彼女に感謝しつつ、その場にしばし残って潔子と会った時のシュミレーションを頭の中で巡らせる。
結局妙案は思い浮かばず、会計を済ましてレシートを見ると一人でコーヒーを六杯も飲んでいたことに気付き、苦笑した。
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