夢の記憶

VARAK

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一日目

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 気づくと、真っ暗な場所にいた。
 「ここは……?」
 『やぁ、ようこそ。ここは、思念の空間』
 「思念の空間?」
 『そう。ボクという存在によって生まれた空間。そして、どんな人の内にも存在する空間』
 「……よく分からないけど、どうしてそんな所に僕がいるんだ?」
 『それは、考えるために決まっているだろう?ここはそのための空間なんだから』
 「考えるためって、僕は別にそんなことをしたいとは思ってないよ」
 『考えることを放棄するのかい?それは、いけないなぁ』
 「何なんだよ、一体。それに君はどこにいるんだい?どこから話してるのさ」
 「見えないのは当然だよ。今はまだその段階ではない』
 「どういうことさ」
 『それもいづれ、分かる日が来るよ』
 「わけが分からない」
 『ま、今はそんなことはどうでもいい。さっさと、やるべきことをやろう』
 「やるべきこと?って、もしかして、さっき言ってた考えるってこと?」
 『物分かりが早くて助かるよ』
 「えぇ~、めんどくさいなぁ。ちなみに何について考えるのさ」
 『今日議論するのは、誰もが、一度は考えたことがあるであろうことさ』
 「誰もが、ね。正直興味がないなぁ」
 『まぁまぁ、そんなこと言わずに。――ねぇ、この世界は何で存在すると思う?』
 「はぁ?なんだい、いきなり」
 『素朴な疑問さ。ねぇ何で在ると思う?』
 「知らないよ。そんなの考えても意味ないだろう?」
 『そう。誰も知らない。分からない。それは、あのアインシュタインでも分からないことだ。でも、誰も知らないのなら、それは無いと同じだと思わない?』
 「どういうこと?」
 『つまりね、信じることによって世界は構成されてる。例えば、一+一=二だけど、もし、世界中の人全員が一+一=三だって言えば、それはもうそうなんだよ。それは事実になる。同様に、世界中の人が世界の存在意義を知らないのなら、それはもう知らない、つまり、無い、ということになるんだよ』
 「それは、何というか、無理やりすぎないかい?」
 『そうかい?じゃぁ、もう一つ例を挙げてみよう。ここに、一組の夫婦がいるとする。そして、その二人の間に赤ん坊が生まれた。では質問。この赤ん坊に意味はある?』
 「そりゃぁあるだろう?愛し合って生まれた子どもなんだから」
 『うん。確かに。でも、赤ん坊からしたら、自分の存在意義なんてないんだよ』
 「なんで?」
 『それは、だって、赤ん坊は考えることができない。難しいこととなればなおさらだ』
 「それは仕方ないだろう。脳が成長してないんだから」
 『そうだね。でも、考えられない、ということは、ないも同然じゃない?生まれたばかりの赤ん坊に存在意義なんてない。成長しながら、その赤ん坊が、大きくなっていきながら、自分の存在意義を見つけるんだ。つまり、生きる場所を見つけるんだね』
 「それはおかしいだろう。確かに赤ん坊からしたら、そうかもしれないけど、親とか他の人からしたら違う。君がさっき言った通りだとすれば、多くの人が、その子に意味があると信じればあるんじゃないの?」
 『まぁ、そうなるね。でも、それは他人の押し付ける意義だ。それに全く意味がないとは言わないけど、というか、ある意味ではとても重要なことだけど、自分から見つけた意義の方が重要だと思う』
 「それこそ押し付けじゃない?」
 『少し違うかな。僕は自論を述べているだけ。それに、君だってそうだろう?赤の他人の赤ん坊なんてどうでもいいんじゃない?例え、その赤ん坊が死んだとしても、君はかわいそうと思ってそれだけだ』
 「そうかもしれないけど、それとは違うだろう。それに、じゃぁ、親は子に愛情を注がなくてもいいっていうの?」
 『そんなことは言ってない。その赤ん坊が自分の存在意義を見つけるには、親の愛情や心が必要だよだからさっき言ったでしょ?ある意味ではとても重要だって』
 「じゃぁ、意味ないなんて言えないだろう」
 『赤ん坊は、理解なんてしてないよ。自分の考えたことすらあまり理解できない。考えることも、少ししかできない。その時、誰かにどんなに必要とされていても、逆にどんなに疎まれようと、理解できない。考えられないから』
 「だからって、存在意義が無いなんて言えないだろう」
 『自分から作り出した存在意義にしか意味はないってボクは言ったでしょ?。それはね、自分から作り出すことが何よりも素晴らしいことで、大切だからそう思うんだ』
 「わけ分からないよ」
 『考える、ということは人間にとって最も重要で、素晴らしいことだ。考えないと、何も生み出せない。考えることができない人もいるけど、その人だって、自分の存在意義を、それがどんなものであれ見つけてるはず。何も、生まれた瞬間から考えることが出来なかったわけでもないだろう。そうなるまでの間に自分の存在意義を見つけられたはずだ。それに、確かに人間にとって最も重要な行為ができないけど、それでも、生きている。つまり、そこまで生きたいと願う理由があるんだ。とても素晴らしいことじゃないか』
 「いや、考えられないから、死にたいとかも思わないんじゃないの?」
 『違うよ。考えることができない、というだけでなく、記憶喪失とかも、少なくとも、そうありたいと願う心があるからそうあるんだよ。きっと、その人は考えることが嫌になったんだろう。考えすぎて、疲れちゃったんだ。でも生きていたいと願っている。だから生きている』
 「そうなの?」
 『そうだよ。どんな状態でも、人は完全に自分を消すことはできないんだ。無から有は生み出せても、有から無は生み出せない』
 「どういうこと?逆じゃない?普通」
 『いや、違うよ。じゃぁ引き続き赤ん坊で例えよう。赤ん坊ができる前。それは無だ。分かるよね?最初から何もしてないのに何かあったらそれは異常だ。でも、赤ん坊ができたら、それはもう有だ。在るんだからね。それを生む本人は知ってる。そして、産み落としました。でも、その赤ん坊は産まれてすぐに死んでしまった。ここで質問。この赤ん坊は無になった?』
 「……なっただろう?死んだんだから」
 『残念、違う。無にはならない。なぜなら一度有になった。存在してしまったから。確かに赤ん坊は、火で焼かれて骨だけになって埋められてしまって、無いも同然になる。でも、親の記憶にはその赤ん坊のことがまだ残ってる。じゃぁそれはまだ有なんだよ。じゃぁ、二人や、その赤ん坊のことを知っている人たちの記憶を消す?それでも、赤ん坊が有であることに変わりはないよ。なんたって、それは確かに存在したんだから。冥界というものが存在するとするならば、そこには確かにその赤ん坊の記録が残る。それは人間には消せないし、冥界に住む神だったりも消すことはない。だから無になることはない。存在した以上無にはならない。それに、無いも同然というだけで、墓の下にやんと骨は在るんだから。他にも、例えば、君は自分の存在を完全に消せるかい?』
 「それは……できないけど」
 『それと同じだよ。きっかけさえあれば、無は簡単に有になれる。でも有はどんなことがあっても無になることはできない。世界は循環し続けている。その中で、ボク達は生きている』
 「結局、何が言いたいの?僕に何を考えさせようとしてるの?」
 『それを言っているんだよ。考えることは、宇宙と同じだ。唯一、少し違うことと言えば無限であり、有限でもあることかな。宇宙とは違って考えることは無限だから』
 「また変なことを言う。宇宙は無限に広がっているに決まっているじゃないか」
 『じゃぁ、証明できる?』
 「それは、できないけど」
 『ね。でも、だからと言って、有限であるという証明もできない。だから、無限であり、有限なんだよ』
 「でも、有限でもあるっていうんだったら、どこが限界なんだ?」
 『限界なんてないよ。なんたって宇宙は無限なんだから』
 「はぁ?何を言ってるんだ。さっき自分で宇宙は有限だって言ったじゃないか」
 『そうだよ。宇宙は有限だ』
 「わけがわからなくなってきた」
 『つまり、そういうことだよ。実際の宇宙はどうなっているかなんてわからない。誰も見た事なんてないんだから。宇宙はいくつもの可能性を秘めている。有限であるという可能性。逆に無限であるという可能性。地球以外に生命がいる可能性。逆にいない可能性。ほかにもたくさんある』
 「その、いくつもの可能性がなんなの?」
 『可能性は、どんなものでもそれぞれ対になる結果を持っている。シュレディンガーの猫のようにね。でも、それは、可能性とは違って、結果は二つ同時に存在することはできない』
 「それはそうだろう」
 『うん。無い、という結果に、有るという結果は重なることはできない有と無は隣り合っていながら、絶対に交わることはできない。寂しいものだね』
 「そうかな?別に、有とか無とかいう概念に意志なんてないだろう」
 『そういうことじゃないよ。その二つを人と例えたらの話だよ。擬人法だよ』
 「そんなのすぐに分かるわけないだろう」
 『それは、違うな。それじゃぁ皆が分からないということになってしまう。そうじゃない。君が分からなかったんだ。だから、君で言うと、僕がすぐに分かるわけない。だよ。』
 「そんなのどうだっていいじゃないか」
 『そうかい?じゃぁそれが君の価値観なんだろう。でも、それをどうでもいいと思わない人もいる』
 「価値観なんて人それぞれなんだ。どう思うかなんて違って当たり前だろう」
 『それもまた価値観だね。だけど、その通り。人は、皆違う。まったく同じ人間なんて在り得ない。それはそうだ。皆が全く同じ感性、価値観を持っていたら、面白くもなんともない。そう思うでしょ?』
 「まぁそうだね」
 『でも、人間には皆共通して当てはまることがある。何だろう』
 「何だろうって……心があることとか?」
 『お、正解。そう、心の存在だ。どんな人にも心はある。どんな人もね』
 「たくさん人を殺した殺人鬼にも?」
 『うん。殺人鬼が人を殺すのには何かしら動機があるだろうし、殺すのが楽しいから殺すっていう人も、楽しいと思う心がある』
 「じゃぁ人殺しは悪じゃないって言うの?」
 『とんでもない。人を殺すのは犯罪だ。絶対にやっちゃいけないことだ。ただ、どんな人にも心はあるということを示したかっただけだよ』
 「そうかい」
 『ただ、自分で言っておいてなんだけど、ボクは個人的に、犯罪だからやってはいけない。ていうのは、違うと言うかおかしいと思う。あまり好きじゃない』
 「どうして?」
 『だって考えてみてよ。犯罪で禁止してるからダメ。じゃぁ禁止していないことは何でもやっていいってことにならない?例えば、日本のどの法律にも、電車等でお年寄りや妊婦がいたら席を譲らなければいけない。なんて書かれてないよ。でも、社会ではそれを理想としている。それってつまり、法律云々ではなくて、人として、やるべきことってことだよね。だから、殺人も、法律で禁じられているから、ではなくて、人としてやってはいけないことだからって語った方がいいと思うんだよね』
 「それは分かったけど、でもそれじゃ殺人をした人を人として見ないということにつながる。適切とは言い難い」
 『なるほど。それはそうだ。じゃぁ、どう語ればいいのだろう』
 「うーん、難しいなぁ」
 『そうだね。違法ということの定義は難しい。逆に、簡単なものもあるけどね』
 「例えば、危険区域への立ち入り禁止とか」
 『うん。それなんか、実に分かりやすいね。危険だから入ったらダメ。何で危険かもちゃんと教えているんだから、それは、法律だけで十分定義できる』
 「とすると、今ある世界中の法律は意外と穴だらけかもね」
 『そしてそれは僕たちの生活する中に潜んでいる』
 「そうだね。そういったのを見つけるのも面白いかも」
 『完璧な人間なんていない。完璧でない人間がどうして完璧な法律を作ることができようか』
 「それなのに、人間は完璧を追求するのは何故だろう」
 『大抵の人が自分は優れていると思っている。自分は優秀だと思いたいからだよ。人の上に立ちたがる。人の上に立つには、完璧でないといけないと思っているんだ』
 「言えてる。そういう考えの人が多いせいでまた苦しむ人が出てしまう。どうすればいいんだろう」
 『そうだね、どうすればいいんだろう。って考えても、意味なんてないけどね。答えは出ない。いたちごっこだ。唯一出せる答えは、人間をリセットする。ということぐらいだ』
 「でも、そんなことはできない。だから、結局不可能ってことになる」
 『そういうこと。でも、きっとそれが正しいことなんだろう。完璧であることは不可能でも、それを目指して、がんばることは、決して間違いじゃない。向上心は大切だ』
 「真に人が求めるものとは、目標なんだろうね。結果も大事だけど、それより、経過こそが大事なんだ。その経過の中で、頑張れる理由こそが、目標なんだから」
 『そう考えられる人はきっと成功できる。逆に結果だけを見て、楽してそこに行こうとする人は失敗する。経てきた時間の違いだね』
 「確かに。家が貧しくても必死に勉強して目標を達成した人と、家が裕福で、お金の力で目標を達成した人じゃ、実力も、思想も大きく違う」
 『医者にして例えたら、どっちに診てもらいたい?って聞かれたら、言わずもがな、必死で勉強してなった人を選ぶよね』
 「誰だって、実力のある人に診てもらいたいしね」
 『そしてこれもまた、人の完璧を求める考えなんだろうね僕たちも例外ではないようだ』
 「そうだね。……そういえば、さっき完璧でない人間が作ったものは、それもまた完璧ではないて言ってたけど、じゃぁコンピューターは?ほら、AIとか」
 『それも、完璧じゃない。なぜなら、AIの完璧とは、人間と全く同じということだから。そんなことできないでしょ?感情を真似しても、それはあくまで模倣であって、人がこう言われた、またはされたときは、こういう反応をする。というデータを元に、再現したに過ぎない。そこに少しでも認識のミスがあれば、誤った反応をしてしまう。それに、どれだけ人間に近づけようと、その人間が完璧でないなら、完璧なAIというのにはなれない』
 「じゃぁやっぱり無理ってことなんだ」
 『うん。残念ながらね』
 「じゃぁ、もし、完璧な人間がいたとしたら、その人たちが作るものは完璧なの?」
 『そうだね。少し時間がかかったとしても、それは必ず完璧なものになる』
 「そういうもんなの?」
 『そういうもんなのさ』
 「そんな世界では、きっと戦争もないんだろうね」
 『そうだね。自分たちが不完全ゆえにそれを認めたくなくて、戦争を起こす。ずっと人の上に立ってないと不安なんだろうね』
 「そして、それもまた認めたくないのだろうね」
 『でも、それを悪いとは言わないよ。さっきも言ったように、そこから生まれる、向上心は大切だからね。戦争はいけないことだけど』
 「戦争は結局何も生み出さないからね。戦争で得られた利益なんて有って無いようなものだ」
 『いや、何も生み出さないわけじゃない。例えば、負の感情は生み出すよ。仲間を殺した相手への復讐心、愛人を、親を戦争で亡くしたことを嘆く悲しみだとか、そういったものだけどね』
 「なるほど。結局、マイナスの感情しか生み出さないんだね」
 『戦争がプラスの感情を生み出すことはないよ。戦争で稼いでるような奴ら以外はね』
 「戦争から帰ってきた人が自殺することが多いのは何故なのかな」
 『それはね、その人が正しくあろうとしたからじゃないかな。とっても優しい。優しすぎる。だから、自分が人を殺したということについて考えすぎて、終いには、殺した人の家族のことまで考えてしまって、自分のしたことの責任を背負っていられなくなったんだ』
 「そうなのか。でも、それは、無責任じゃない?殺したからって自分も死んだら、結局、何も残らない。相手が殺された理由すら奪うことになる」
 『そういう考え方もできるね。実際そうかもしれない。だからって、それを責めることはできないでしょ?仕方がないことだよ』
 「人を殺して、自殺しなかった人たちも、同じだろうね。実際の人がどう思っているかは分からないけど、その人たちは、それぞれ、自分のやり方で、それを受け入れたんだ。強い人だと思うよ」
 『優先事項の違いだね。生を重視するか、死を重視するか。言ってみると簡単に聞こえるけど、これがまた難しい』
 「僕は、その選択を強いられるような状況には立ちたくはないなぁ」
 『同感だね』
 「ねぇ、この会話はいつまで続くの?」
 『実際にはいつまでも続くよ。死ぬまでね。人が本当に考えることを止めるのは死んだ時、または、先述したときだけだから』
 「なんだか、僕はもう疲れたよ」
 『そうかい?じゃぁ、ここらで終わりにしよう。いつかまた会えることを願っているよ』
 「そうだね。ってどうやって終わるの?」
 『簡単さ。目覚めるんだ。目覚める。これは夢なんだから。さぁ、起きるんだ。さぁ――』
 
 誰かの声がして、顔を上げた。
「あ、起きた。おはよう。早速だけど、先生が読んでるよ」
 そう言って、その人がさしたほうを見ると、そこには、腕を組んだ先生が明らかに怒った顔をして立っていた。
 どうやら、授業中爆睡してしまったようだ。こういうとき、抵抗なんて無駄だし、まず、する理由もないから、さっさと立ち上がり先生の所に向かう。

『――いつかまた会えることを楽しみにしているよ』

 頭の中に、夢の中で聞いた言葉が響く。結局、あの夢は何だったんだろう。
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