愛と選挙とビターチョコ

遊馬友仁

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プロローグ〜選挙の味はあまくない〜

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 この物語を生徒会選挙をラブコメというエンターテイメントに昇華する方法を教えてくれた『恋と選挙とチョコレート』と、民主主義の儚さと尊さについて学ばせてくれた『銀河英雄伝説』に捧げます。

 ◆  ◆  ◆

 ~戦争の最初の犠牲者は真実である~

 アメリカ合衆国の上院議員、ハイラム・ジョンソン(1866年9月2日~1945年8月6日)の言葉。

 ◆  ◆  ◆

 11月28日(金)
 
「まったく……今年の過激な選挙戦の最初の犠牲者は、『真実』だね……でも、それも、今日で終わりか……」

 全校生徒が集合した講堂の壇上から降りる男子生徒と、その彼に拍手と声援を送る大勢の生徒たちを見つめながら、ケイコ先輩は、そう言った。

 たしかに、彼女の言うとおりかも知れない。

 新生徒会長の当選発表からわずか5日後に決まった、伝統ある自治生徒会はじまって以来、初の「出直し選挙開催」という結果になった今年の生徒会選挙。それは、とにかく、異例なことづくめの選挙戦となっていた。

 自身の当選を目指さない立候補者の出馬。
 生徒会選挙史上初のSNSを駆使した本格的な情報戦。
 異様な熱に浮かされたような有力候補者同士の応援合戦。
 
 そして、ネット上で無数に飛び交ったデマと誹謗中傷――――――。

「なにが、本当のことか、全然わからなかった……」

 これは、生徒会選挙が終わった週明けに、僕たち放送・新聞部が行った生徒への直撃インタビューで回答してくれた女子生徒の言葉だけど、彼女が語ってくれたことは、全校生徒の多くの声を代弁してくれているんじゃないかと思う。

 僕の目の前で、壇上から降りた石塚いしづか候補が所属する男子バスケットボール部で、シゴキやイジメ行為はあったのか?
 シゴキやイジメ行為を告発した文書を握りつぶそうとしたのは、誰なのか?
 夏休み明けに行われた男女バスケ部のインターハイ出場による凱旋パレードの資金の出所は、どこなのか?
 特定の候補者のSNSアカウントが突如として凍結され、虚偽の選挙公約が広まったのは、なぜなのか?
 自身の当選を目指さない、として立候補した古屋ふるや候補(出直し選挙の前から自主休学中)の本当の動機は何なのか?

 さらに、石塚会長の当選発表の数日後に、小規模な広告代理店を運営する女性代表が、自身のブログで今回の生徒会の宣伝戦略をあけすけに披露した目的は、何なのか?

 すべての真相は、いまだにヤブの中であり、まだまだ、解明されていない謎が多すぎる。

 この選挙期間を通じて、僕たち放送・新聞部は、他の生徒からさんざん、「」と嘲笑された。

 それは、これまで、特定の運動部の選手の活躍ばかりを取り上げてきた自分たちの編集方針にも原因があるだろうし、選挙期間が始まってからは、(生徒会自治条例の規定もあって)満足に情報発信やデマの訂正を行えなかったことも理由のひとつだろう。

 ここまで解明されていない謎を紐解き、真実や真相に少しでも近づいて、多くの生徒に知ってもらうことが、僕たちの役割だろうと、いまになって痛感する。この選挙戦をそばで観察していた生徒の一人として、いまも胸にズキリと刺さっている言葉がある。

 それは、石塚会長の当選発表の次の日に、クラスメートの塩谷しおやから送られたメッセージだ。
 クラスの中では、比較的よく話す仲である彼からは、選挙結果発表の翌日である土曜日に、メッセージアプリのLANEで、こんな内容が送られてきた。

 =================
 俺、昨日の生徒会選挙では、石塚会長に投票してきた。

 YourTubeの動画で色々見かけて、調べたんだけどそれに対するきちんとした反論がなかったから……

 めっさ迷って、石塚会長に一票いれた感じ。

 なぁ、俺ってバカなのか?
 自分なりに必死に考えたうえで投票したんだよ。部活に所属している奴らは、すぐに帰宅部ををバカにするけど、YourTubeのコメント欄を見てみろよ!
 もうこの世の中で笑われるのは、光石みついしを応援していた方なんだよ。

 SNSを使った戦術がーとか言われてるけど、本当に佐々木たちの言っていることが正しいなら、新聞部もYourTubeなりTeXなりで行動してくれよ!
 全部反論してくれよ!
 自分の頭で考えられない馬鹿だと言われるかもしれないけど、もう何もわからないんだよ!
 =================

 塩谷が送ってきたメッセージからもわかるように、最初の選挙結果の発表後、僕らが所属する一宮いちのみや高校の世論は二分されてしまった。

「石塚に投票した生徒は、SNSと動画サイトにダマサれたバカだ!」

「石塚くんを悪く言う人間は、クラブ連合会のを守ろうとする旧体制派だ!」

 そんな意見が双方から飛び交い、分断と対立は増すばかりだ。

「過激な選挙戦の最初の犠牲者は、『真実』だね」

 ケイコ先輩は、そう言うけれど……。

 この選挙戦が終わろうとしているいま、その最大の犠牲者は、クラスメートの塩谷のように、人間不信、メディア不信になってしまった生徒なんじゃないか、と僕は思う。
 そのメディア不信の現状を示すように、選挙戦の最中、有効な情報発信ができなかった放送・新聞部は、すっかり「」の烙印を押されてしまった。

 ただ、それは仕方のないことだ、と反省している自分もいる。

 僕たち放送・新聞部は、仲の良いクラスメートの期待や要求に、応えられるだけの情報を提供することができなかったのだから……。

 それでも――――――。

 その後の展開で、僕たちは、オワコンメディアの意地を見せるべく行動した。
 このことが、どれだけ、一宮高校の生徒たちに貢献できたかはわからないけれど、いま、目の前で最終演説が行われている出直し選挙にあたっては、自分たちのできる限りのことをしたという自負はある。

 あとは、大講堂で行われる最終演説を聞いて、全校生徒が、どちらの候補に投票するかを決めるだけだ。

 これまでの数カ月間のことを思い出すと、あまりに強烈な出来事が続いたこともあって、口の中には苦みが残る。それは、僕の好物でもある九楽園口駅近くにあるチョコレート専門店のビターチョコレートの心地良い苦みとは、まったく異なるモノだ。
 
 そんなことを感じながら、僕は――――――。

 投票結果にかかわらず、自分が胸に秘めている想いを告げようと考えている女子生徒が壇上にあがり、最後の演説を行う姿を静かに見守ろうと決めた。

 これは、放送・新聞部の一員として、体験したことをありのままに記した取材記録だ。
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