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第5章~耳をすませば~①
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六月第二週の土曜日、秀明と亜莉寿は、翌週の放送の打ち合わせのため、再び西宮北口駅近くの喫茶店で落ち合うことにした。
初回と二回目の放送を終えた後の放送部や周囲の反応も悪くなく、二人は、それなりに手応えを感じていた。
また、二人で話し合い、これまでの放送は、二回とも上映中作品の映画紹介であったことと、六月中旬~七月初旬までは推したい作品が少なかったことから、三回目と四回目の放送は、『レンタル・シネマ・アーカイブス』のコーナーを軸に、亜莉寿がメインで語る内容にしようと計画していた。
さらに……。
秀明は、亜莉寿から
「この前、貸した『たんぽぽ娘』は、どうだった?読み終わっていたら、早く感想を聞かせて!」
という、《オススメ本を周囲の人たちに読ませたがる人間特有のプレッシャー》を受けていたため、彼女から借りた本を返却するとともに、返礼として、このSF短編の感想を語るという使命(?)を帯びていたのだった。
※
待ち合わせ時間は前回と同じく午後一時、待ち合わせ場所は『珈琲屋ドリーム』に直接集合するということで、秀明が午後一時ちょうどに店内に入ると、亜莉寿は、すでに席に座り、文庫本を読み耽っていた。
「ゴメン、待たせてしまった?」
秀明が彼女の座る席に近付いて言うと、チラリと腕時計を見て、
「ううん。時間ピッタリだし、私もさっき来たところだから」
と言って、朗らかに笑う。
その屈託が無いと感じられる彼女の笑顔から、いつになく上機嫌であることを感じ取った秀明は、
(オレに会えるのが、そんなに嬉しかったのかな……?って、思うのは調子に乗りすぎか?)
(でも、この打ち合わせの時間を楽しみにしてくれてる、ってことは間違いないのかな?)
(もし、吉野さんも、そう思ってくれてるなら嬉しいな)
などと考えつつ、前回と同じく、アイスエスプレッソマイルドのコーヒーを注文する。
秀明が席に着くと、亜莉寿は、ワクワクする気持ちが抑えられないといった感じで、
「ねぇ、番組の打ち合わせをする前に、早速、読んだ本の感想を聞かせてくれない?」
と、身を乗り出さんばかりの姿勢で、たずねてくる。
「あ~、え~と。とりあえず、表題作の『たんぽぽ娘』の感想で良い?」
「うん!私が聞きたいのも、そのお話しの感想だから!」
ロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』は、一九六〇年代初頭に発売されたSF短編集の一編だ。
本作の発表から四十年以上が経過した二十一世紀になってからも、PCゲームの『CLANNAD』や小説『ビブリア古書堂の事件手帖』などの作中でロマンチックな物語として取り上げられる程、読書好きに愛されている作品ではあるが、未読の読者のために、会話に夢中になっている亜莉寿と秀明に代わって、筆者が、あらすじをご紹介したい。
※
四十四歳の弁護士マーク・ランドルフは、夏の休暇の二週間を過ごすべくコーブ・シティの山小屋に赴く。
当初の計画では、夫婦二人で休暇を過ごす予定だったが、妻のアンは陪審員として裁判所に召喚されたため、やむなく一人で休暇を過ごすことになってしまった。
退屈をもてあましていたある日、山小屋の近くにある丘の上で、白いドレスを着た美しいタンポポ色の髪をした少女に出会う。
マークが話し掛けると、ジュリー・ダンヴァースと名乗った少女は、二百四十年後の未来から、父親の発明したタイムマシンに乗って、この時代にやって来たと言う。
この時代と、この丘の上から見える景色がお気に入りだと話す彼女は、マークにこんなことを言った。
「何時間も立って、もう、ただ、うっとり見とれていたりして。おとといは兎を見たわ、きのうは鹿、今日はあなた」
マークは、彼女の説明を空想と受け止めながら、あえて否定せずに、その話しに付き合うことにする。
次の日も、その次の日も、丘の上で彼女と会って話すうちに、マークは、二十歳近くも歳の離れた彼女にどんどん惹かれていく。
ところが、ある日、彼女はぱったりと姿を見せなくなってしまう。
歳の離れたジュリーへの想いと、愛する妻アンに対する罪悪感に苛まれるマーク。
数日後、再び彼の前に現れたジュリーは、喪服を着ていた。彼女が使用しているタイムマシンを発明した父親が亡くなったのだ。
壊れてしまったタイムマシンを修理する術はなく、タイムトラベルが行える機会は、あと一回あるかどうか……。
「それでも、君は僕に会いに来る努力はしてくれるんだね?」
とたずねるマークに、彼女は答える。
「ええ、やってみるわ。それから、ランドルフさん。もし、来られなかった時のために……、思い出のために……いっておきます。あなたを愛しています」
そう言い残して、ジュリーはマークの元を去って行った。
※
はたして、たんぽぽ娘とマークは、再会することが出来るのか?
この先の展開が知りたい読者諸氏は、ぜひ原作を読んでいただきたい。
この切ないSF短編に感銘を受けた二十代の有間秀明が、テレビアニメ版の『CLANNAD』のオープニングを観て、
「アニメ版では、ストーリー全般に触れられることは無いけど、このオープニングで一ノ瀬ことみが、たんぽぽの綿毛を吹くシーンは、ことみが大事にしている小説『たんぽぽ娘』を示唆してるんやね。さすが、京都アニメーション!芸が細かい!!」
と、したり顔で話し、『ライオンキング』フランス語版について語るクエンティン・タランティーノばりに周囲にうざがられるのだが、それはまた、別のお話し。
一方、亜莉寿と秀明の会話の続きが気になる諸氏もいるハズ……、との希望的観測をもとに、時間と場所を一九九五年六月の喫茶店に戻そう。
初回と二回目の放送を終えた後の放送部や周囲の反応も悪くなく、二人は、それなりに手応えを感じていた。
また、二人で話し合い、これまでの放送は、二回とも上映中作品の映画紹介であったことと、六月中旬~七月初旬までは推したい作品が少なかったことから、三回目と四回目の放送は、『レンタル・シネマ・アーカイブス』のコーナーを軸に、亜莉寿がメインで語る内容にしようと計画していた。
さらに……。
秀明は、亜莉寿から
「この前、貸した『たんぽぽ娘』は、どうだった?読み終わっていたら、早く感想を聞かせて!」
という、《オススメ本を周囲の人たちに読ませたがる人間特有のプレッシャー》を受けていたため、彼女から借りた本を返却するとともに、返礼として、このSF短編の感想を語るという使命(?)を帯びていたのだった。
※
待ち合わせ時間は前回と同じく午後一時、待ち合わせ場所は『珈琲屋ドリーム』に直接集合するということで、秀明が午後一時ちょうどに店内に入ると、亜莉寿は、すでに席に座り、文庫本を読み耽っていた。
「ゴメン、待たせてしまった?」
秀明が彼女の座る席に近付いて言うと、チラリと腕時計を見て、
「ううん。時間ピッタリだし、私もさっき来たところだから」
と言って、朗らかに笑う。
その屈託が無いと感じられる彼女の笑顔から、いつになく上機嫌であることを感じ取った秀明は、
(オレに会えるのが、そんなに嬉しかったのかな……?って、思うのは調子に乗りすぎか?)
(でも、この打ち合わせの時間を楽しみにしてくれてる、ってことは間違いないのかな?)
(もし、吉野さんも、そう思ってくれてるなら嬉しいな)
などと考えつつ、前回と同じく、アイスエスプレッソマイルドのコーヒーを注文する。
秀明が席に着くと、亜莉寿は、ワクワクする気持ちが抑えられないといった感じで、
「ねぇ、番組の打ち合わせをする前に、早速、読んだ本の感想を聞かせてくれない?」
と、身を乗り出さんばかりの姿勢で、たずねてくる。
「あ~、え~と。とりあえず、表題作の『たんぽぽ娘』の感想で良い?」
「うん!私が聞きたいのも、そのお話しの感想だから!」
ロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』は、一九六〇年代初頭に発売されたSF短編集の一編だ。
本作の発表から四十年以上が経過した二十一世紀になってからも、PCゲームの『CLANNAD』や小説『ビブリア古書堂の事件手帖』などの作中でロマンチックな物語として取り上げられる程、読書好きに愛されている作品ではあるが、未読の読者のために、会話に夢中になっている亜莉寿と秀明に代わって、筆者が、あらすじをご紹介したい。
※
四十四歳の弁護士マーク・ランドルフは、夏の休暇の二週間を過ごすべくコーブ・シティの山小屋に赴く。
当初の計画では、夫婦二人で休暇を過ごす予定だったが、妻のアンは陪審員として裁判所に召喚されたため、やむなく一人で休暇を過ごすことになってしまった。
退屈をもてあましていたある日、山小屋の近くにある丘の上で、白いドレスを着た美しいタンポポ色の髪をした少女に出会う。
マークが話し掛けると、ジュリー・ダンヴァースと名乗った少女は、二百四十年後の未来から、父親の発明したタイムマシンに乗って、この時代にやって来たと言う。
この時代と、この丘の上から見える景色がお気に入りだと話す彼女は、マークにこんなことを言った。
「何時間も立って、もう、ただ、うっとり見とれていたりして。おとといは兎を見たわ、きのうは鹿、今日はあなた」
マークは、彼女の説明を空想と受け止めながら、あえて否定せずに、その話しに付き合うことにする。
次の日も、その次の日も、丘の上で彼女と会って話すうちに、マークは、二十歳近くも歳の離れた彼女にどんどん惹かれていく。
ところが、ある日、彼女はぱったりと姿を見せなくなってしまう。
歳の離れたジュリーへの想いと、愛する妻アンに対する罪悪感に苛まれるマーク。
数日後、再び彼の前に現れたジュリーは、喪服を着ていた。彼女が使用しているタイムマシンを発明した父親が亡くなったのだ。
壊れてしまったタイムマシンを修理する術はなく、タイムトラベルが行える機会は、あと一回あるかどうか……。
「それでも、君は僕に会いに来る努力はしてくれるんだね?」
とたずねるマークに、彼女は答える。
「ええ、やってみるわ。それから、ランドルフさん。もし、来られなかった時のために……、思い出のために……いっておきます。あなたを愛しています」
そう言い残して、ジュリーはマークの元を去って行った。
※
はたして、たんぽぽ娘とマークは、再会することが出来るのか?
この先の展開が知りたい読者諸氏は、ぜひ原作を読んでいただきたい。
この切ないSF短編に感銘を受けた二十代の有間秀明が、テレビアニメ版の『CLANNAD』のオープニングを観て、
「アニメ版では、ストーリー全般に触れられることは無いけど、このオープニングで一ノ瀬ことみが、たんぽぽの綿毛を吹くシーンは、ことみが大事にしている小説『たんぽぽ娘』を示唆してるんやね。さすが、京都アニメーション!芸が細かい!!」
と、したり顔で話し、『ライオンキング』フランス語版について語るクエンティン・タランティーノばりに周囲にうざがられるのだが、それはまた、別のお話し。
一方、亜莉寿と秀明の会話の続きが気になる諸氏もいるハズ……、との希望的観測をもとに、時間と場所を一九九五年六月の喫茶店に戻そう。
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