シネマハウスへようこそ

遊馬友仁

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第8章~フェリスはある朝突然に~⑤

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BGM:チャック・ベリー『You Never Can Tell』

♤「え~、あんまり使用しないジングルが流れたんですけど、ここからは、ブンちゃんにも入ってもらいます」
♧「はい、お邪魔します。いや~、紹介する映画がないって言うてたから、今日は、今週から始まった『新世紀エヴァンゲリオン』の話でもさせてもらおうかと思ってたんやけど(笑)」
♤「第一話からスゴかったらしいな!ビデオに録画してるから、家に帰ったら、速攻で観てみようと思うわ。……って、その話しは、どうでもエエねん!今日は、この番組と放送部から、何か重要なお知らせがあるんやろ!?」
♧「そうそう!二人とも、ちょっと、この用紙の朗読をお願い。はい、先生とヨシノさんにも……」
♤「はいはい」
♢「ありがとう!」
♧「じゃあ、まずはアリマ先生から、お願いします」
♤「《番組制作者から、皆さまへお願い》《校内の皆さん、いつも、『シネマハウスにようこそ』をお聞きいただき、ありがとうございます。おかげさまで、この番組も好評を博し、番組内で紹介する映画やビデオタイトルだけでなく、出演者にも注目をしていただける様になりました。ただ、一方で、出演者に注目が集まるあまり、休み時間を中心に彼らのクラスに生徒が集まるなど、一部で、出演者の周囲の方々に不都合が生じているとの報告を受けました。番組出演者に注目をしていただけることは、制作スタッフ一同、感謝の念にたえませんが、皆さまにおかれましては、何卒、節度ある行動を取っていただきます様、お願いいたします》」
♧「続けて、ヨシノさんお願い」
♢「《追伸》《なお、番組出演者の一人である有間秀明君に関しては、放送開始から数ヶ月経過した現在でも、特にギャラリーを集めたとの報告は受けておりませんので、今回のお願いの対象外とさせていただきます。有間秀明君には、より一層のご声援ならびに、異性・同性問わず、全校生徒の皆さんの愛の手を差し出していただければ幸いです》《十月五日『シネマハウスにようこそ』制作スタッフ一同より》」
♧「……………………(笑)」
♢「……………………(笑)」
♤「…………………………。ちょ、ちょっと、待って!!!!!オレが読んだ方は良いとして、もう一方の文章は、ナニ?」
♧「いや、《番組からのお願い》やけど(笑)」
♢「有間クン、そんなに注目してほしかったんだ」
♤「いやいや!ボクが自分で言い出したみたいになってるやん!これ、プロデューサーが、勝手に書いた文書でしょ!?」
♢「えっ!?はい!今、ブースの外にいるプロデューサーさんからメッセージが!『私の元には、有間クン見たさに集まる生徒がいるという報告は入ってきていないので、あらためてお願いをしてみました~』だって」
♤「余計なお世話や!!!!これ、番組公式で、アリマヒデアキの人気が無いということを表明してるってこと?」
♧「公式もナニも、客観的事実やから……(笑)」
♤「やけにアッサリと要望を受け入れてくれたと思ったら、こういうことやったんか……。あの、プロデューサー、出演者の人権とか考えてへんやろ!?もう、何も信じられへん!マジで、この世界に居るのが、イヤになって来たわ」
♧「おっ!現実逃避するか!?」
♤「これもう、来週発売されるプレイステーション版の『ときめきメモリアル~forever with you~』を買いに行くしかないな!」
♧「今度は、映画じゃなくて、ゲームで二次元の世界に浸るんや(笑)?」
♤「ああ、もう三次元に希望はないし、ちょっと次元の壁を越えてくるわ!」
♧「何をちょっとカッコいい風に言ってるねん(笑)」
♤「これからの時代は、バーチャルですよ、バーチャル!あっ、どうでもイイ話しやけど、いま話した『ときめきメモリアル』のタイトルって、たぶん、ジョン・ヒューズの『ときめきサイエンス』の影響を受けてるよな?」
♧「いや、そんなこと急に聞いてきて、同意を求められても『知らんわ』としか答えられへんわ……(笑)」
♤「多分、そうやって!あと、アリス店長も、ちゃんと会話に入って来てね」
♢「うん……。でも、二人って、ホントに仲が良くて楽しそうに話すよね(笑)」
♤「オレに対するフォローとかなくて、注目するところは、そこ!?」
♢「私は、ゲームのお話しとか良くわからないから、二人の会話を聞いてるだけで十分だよ」

BGM:ヴァンゲリス『Love Theme』

♤「ようやく、エンディングか……。今日は、めっちゃ時間が長く感じたわ」
♧「今日の放送は、アリマ先生の尊い犠牲の上に成り立ってるからな。感謝感謝」
♢「アリマ君には、もう愛の手が差し伸べられていると思うから、あとは、それを受け入れるだけだよ!」
♤「ナニを言うてんねん……。そんな訳で、今週のお相手は、『レンタル・アーカイブス』のオススメ作品のことも忘れないで下さいね!アリマヒデアキと」
♢「今日も、男子二名の会話を楽しんだヨシノアリスと」
♧「『エヴァンゲリオン』の第弐話が気になって仕方がないブンでした」
♤「来週、ボクの声が聞こえてこなかったら、『ときめきメモリアル』の舞台《きらめき高校》に転校したと思って下さい。それでは、また!」



十月最初の『シネマハウスにようこそ』の収録が終了した、その日の夕刻───。
有間秀明は、帰宅して早速、前日に録画していた『新世紀エヴァンゲリオン』の第壱話を観賞した。

初回のエピソードから緊迫感あふれる演出とストーリーに、思わず目が釘付けになる。

(演出・シナリオ・作画、どれを取っても、これは、スゴい……)
(やってくれたな、GAINAX&庵野監督!)
(ブンちゃんが、あのテンションで語りたがっていたワケだわ)

そして、アニメやコミックには、あまり詳しくない、と言っていた亜莉寿は、この作品をどう見るだろう、と想像する。
彼は、このところ、自身が気に入った映画や小説に出会うたびに、

「亜莉寿なら、この作品をどう評価するんだろう?」

そんなことばかりが気になっていた───。



十月最初の『シネマハウスにようこそ』の収録が終了した、その日の夜───。
吉野亜莉寿は、眠れない時間を過ごしていた。

週の始めに行われた学期制変更に関する説明会での教師の言葉、この日の午後に放送用の収録で語った内容、とりわけ秀明が放った『キミ達は、今のままでイイのか?』という言葉には、心を動かされた。
自分が成し遂げたいことを実現するには、何をするべきなのか?
自問自答するうちに思考のループに入り、答えを出すことが出来ない。
結局、解決策を見いだせないまま、いつの間にか眠りに落ちていた。

翌日は、この季節に相応しい秋晴れの一日だった。
寝不足気味の頭も冴えてくる素晴らしい快晴だ。
昨日、放送室で語り合った映画の主人公フェリス・ビューラーなら、学校をサボって、友人の父親の愛車を借りて、街に繰り出そうと計画するくらいに───。
亜莉寿はその朝突然に、こう考えた。

『人生は、何をするかではなく、何をしないか、だ───』

自分は、今のままで、良いのか───。
この場所に、居続けるべきなのか───。
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