シネマハウスへようこそ

遊馬友仁

文字の大きさ
上 下
55 / 114

第9章~ロッキー・ホラー・ショー~③

しおりを挟む
秀明が、中学二年生の秋にこの映画を初めて観た時の感想は、
「なんだか良くわからない部分も多いけど、とにかく色々とスゴい……」
といった感じだったので、亜莉寿が、この映画をどう評価しているのか聞いてみたいと思う気持ちが強かった。

そんなことを思いながら、館内のシートに席を下ろし、上映開始を待っていると、燕尾服を着た男女二人がスクリーンの前に立ち、こんな説明を始めた。

「みなさん、こんばんは!今夜は『ロッキー・ホラー・ショー特別上映』に参加いただきありがとうございます。上映に先立って、観賞時のルールをお話しさせていただきます。本日は、館内の安全性と美化を考慮して、上映中の火気・水・お米の使用は厳禁です。それ以外の小道具に関しては、ご自由にお使いください。ただし、劇場に迷惑が掛からない様に、映画が終わったあとは、キチンと掃除をしましょう。歌って、踊って、声を上げて、大いに映画を盛り上げてくれると嬉しいです。それでは、みなさん、一緒に楽しみましょう!」

二人の前説が終わると、いよいよ上映開始。
この映画の代名詞とも言えるヌラヌラとした唇がスクリーンに大写しになると、途端に歓声が上がる!

オープニング・ソング『サイエンスフィクション/二本立て』が流れ始めると、場内は楽曲へのコールと合唱に包まれる。
特別上映とは聞いていたが、これまでのあり方とは全く異なる映画観賞のスタイルに、秀明は早くも興奮を覚えていた。
チラリと隣の席の亜莉寿に目を移すと、彼女も大いに、このオープニングの雰囲気を楽しんでいる様だ。
初めての体験に期待が高まっていくと同時に、オープニング曲が終了しようとした時、亜莉寿に声を掛けられた。
「有間クン、ティッシュペーパーの準備をして!」
そう言われ、カバンから米粒大の大きさにちぎって丸めたティッシュペーパーを入れたビニール袋を取り出す。
オープニングが終了し、冒頭の主人公たちの友人の結婚式のシーンが写し出されると、お米に見立てたペーパーを観客が一斉に投げ散らし始める。
劇中のライスシャワーの模倣だ。

(なるほど、特別上映とはスクリーンの登場人物たちと一緒になって楽しむ観客参加型の上映のことだったのか!)

秀明が感心していると、場面は切り替わり、ジャネットとブラッドは暴風雨の中、車から降りている。
劇場内の観客は、劇中のジャネットと同様、一斉に新聞紙を頭にかぶる。
ここで再びミュージカル・パートなり、『フランケンシュタインの屋敷に』のサビの歌詞では、ペンライトが光りだす。
劇場の暗闇の中に光るライトは、なんとも言えず幻想的な光景だった。

そして、ジャネットとブラッドが、洋館の執事フリ・フラに館に招き入れられると、早くも、『ロッキー・ホラー・ショー特別上映』のハイライトが訪れる!
ロック調の『タイムワープ』のイントロが流れ始めると、映画館内では、リフ・ラフとマジェンタの衣装を着た二人がスクリーンの前に飛び出し、手を合わせながら踊り始めた。
館内の観客も総立ちとなり、ダンスタイムの幕開けだ!

 まずは左へジャンプ!
 次は右足でステップ!
 次に手を腰に当てたら
 両膝を閉じスタンバイ
 あとは腰を振るだけさ
 レッツ・ドゥ・ザ・タイムワープ・アゲイン!
 レッツ・ドゥ・ザ・タイムワープ・アゲイン!

秀明も亜莉寿や周りの観客とともに、踊り、歌い、叫ぶ。
十月初めの学校内の集会で感じたことや自身の亜莉寿に対するモヤモヤした想いが全て吹き飛んで行く感じがした。
曲が終わり、再び席に着いた時、秀明は何とも言えない高揚感を味わっていた。
亜莉寿も同じ様に、何かが吹っ切れた様に晴れやかな表情をしている。

(亜莉寿も、何かストレスを抱えていたのかな?)

彼女の表情から、秀明が色々と想像をふくらまそうとする間に、映画は、物語の最重要人物であるフランクン・フルター博士の登場シーンに移ろうとしている。
やはり、予想通り、ここでもフルター博士のコスチュームの性別不詳者がスクリーンの前に立ちはだかる。
『タイムワープ』で沸いた館内から再び歓声が上がる。
観客全員でダンスするという経験を経た場内は、一体感に包まれている。
フルター博士が《ショー》と言い張る人造人間ロッキー・ホラーのお披露目前には、クラッカーを鳴らし、映画のクライマックスである洋館が空へ登って行くシーンでは、プロ野球の応援席でお馴染みの通称・ジェット風船が乱れ飛んだ。

ここまでの記述で読者諸氏も気付かれたと思うが、この『ロッキー・ホラー・ショー』の特別上映は、平成末期から日本でも定着し始めた、映画の《マサラ上映》や《応援上映》と呼ばれる観賞スタイルの元祖と言えるモノだった。
これまで、映画を観る時は、一人で観賞することが多く、観賞中も観賞後も、映画から感じられることを、頭の中をフル回転させながら考えるスタイルを取っていた秀明にとって、それは、斬新かつ新鮮な体験であったことは言うまでもない。
一〇〇分足らずの上映時間ながら、この日の特別上映は、刺激的かつ強烈な印象として、彼の心に刻まれた。

そして、劇場を出て、階下に降りようとエレベーターを待つ間、不意に亜莉寿は、こんなことをたずねる。

「ねぇ、有間クン。この後、時間はある?私、今日は帰りたくない気分なんだ」

その言葉を耳にした途端、秀明の思考回路は、機能停止に陥った。
しおりを挟む

処理中です...