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遊馬友仁

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第9章~ロッキー・ホラー・ショー~⑦

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閑話休題───。

亜莉寿の言葉に、

「いや、それ程でも……」

と、謙遜して答えながらも、彼女に誉めてもらえたと感じた秀明は、今までの自分の人生すべてを肯定してもらえた様で、かつて経験したことのない様な幸福感を味わっていた。

(亜莉寿に誉めてもらえるのが、こんなにも嬉しいなんて!)

それは、彼自身、意外な発見であった。
そして、秀明は再び彼女の言葉を思い返す。
『ロッキー・ホラー・ショー』のテーマは、《抑圧からの解放》だと亜莉寿は言った。
プレッシャーから解放されるということは、『自分を縛る枷から自身の気持ちや想いを解き放つ』ということでもある。

自分の気持ちは───。
素直な想いは───。
彼女のことを───。

秀明は、そう心の中で問い直し、テーブルを挟んで、目の前で微笑んでいる吉野亜莉寿を目にすると、急激に自身の体温が上がるのを感じ、彼女の前に座っていることに気恥ずかしさを覚えた。
そして、その場にとどまることが、いたたまれなく感じられ、

「ちょっと、トイレに行ってくる」

と言って、亜莉寿を席に残し、ファミリーレストランの男性用化粧室に駆けこんだ。
空いていた個室に入って洋式の便座に蓋をしたまま、座り込むと、頭を抱え

「やっぱり、そうか……」

と、一人言をつぶやく。

彼の頭の中に、初めて亜莉寿と出会った時のことに始まり、彼女と時間をともにした様々な思い出と、その時々に見せるいくつもの彼女の表情が駆けめぐる。

 ・ビデオ店で熱心に語った時の真剣な表情
 ・始業式の日に自分に向けられた暗黒微笑
 ・喫茶店で楽しそうに小説を語る時の笑顔
 ・夏休みに彼女の家で垣間見た不安と安堵
 ・映画上映の最中に見惚れてしまった横顔
 ・映画観賞の後にドキリとさせられた言葉

映画や小説に対する知識や見識の深さに対するリスペクト、話しをするだけで刺激を受ける楽しさ、不安げな表情を見せた時に何かをしてあげたくなる想い、他の男子と仲良く話すことを想像すると感じる胸の痛み、「帰りたくない」と言われた時に頭をよぎった邪な感情まで含めて……。

どのように言葉を取り繕うと、自分の抱える亜莉寿に対するこの気持ちは、《恋愛感情》という言葉、それ意外には言い表すことができないだろう。

ふと、一ヶ月前の正田舞の言葉を思い出す。

「自分の気持ちに向き合うこと」

今夜、観た映画のことも思い出す。

「自分の想いを解き放つこと」

確かに、どちらも今の自分にとって必要なことではあるが……。

(この状態で、どんな表情して亜莉寿に会ったらエエねん……)

これまで、過去の体験から、「自分には恋愛感情を抱く資格はない」と自身の気持ちに蓋をして向き合わなかったこと、そして、これからどうすべきなのか、わからなくなってしまった自分の不甲斐なさに、

「ウワアァァァァァ~~~~!!!!」

と叫び出しそうになるのを、秀明は何とかこらえた。

今夜、まだ自分には、成すべきことが残っている。
様々な感情が渦巻きの様に押し寄せるが、これまで、亜莉寿が不安な表情を見せた時、
「自分に出来ることなら、チカラになってあげたい」
と思ったことは事実なのだ。

それならば、今はその気持ちに従うしかない───。

そう決意した秀明は、個室を出て、洗面所で顔を洗い、気合いを入れる。
洗面台の鏡を見ながら、

(どんな話しが出るにしても、彼女の不安が少しでも小さくなるようにしないと……)

あらためて、そう思い直す。
男性用化粧室から出た秀明は、真っ直ぐ自分たちの席に戻った。



「どうしたの?大丈夫?」
と、心配そうに聞く亜莉寿。
秀明は、
「心配かけて、ゴメン!女の子に誉められることなんて、これまで無かったから、思わず感激にひたってしまって……」
と、努めて明るい表情で答えた。
「また、大げさに言って……。でも、安心した!冗談が言えるくらいなら大丈夫みたいね」
フッと笑いながら、穏やかな表情で語る亜莉寿に、秀明も応じる。
「ゴメンゴメン!それで、『ロッキー・ホラー・ショー』の話しは、もう出尽くしたかな、とも思うから……。亜莉寿が良ければ、オレに話したいって言ってたことを聞かせてもらいたいんやけど……」
その言葉に、彼女は「うん」と、うなづき、意を決した様に、言葉を発した。

「私ね、今の学校を辞めようかなって考えてるんだ」

亜莉寿の一言に、秀明は

「えっ……!?」

と言葉を失い、彼の思考回路は、この日、二度目の機能停止に陥ろうとしていた。
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