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遊馬友仁

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第9章~ロッキー・ホラー・ショー~⑥

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彼女の言葉を聞いていた秀明は、

「あのラストシーン近くの洋館が空に飛び立って行くところで、ジェット風船を飛ばした時に思ったんやけどさ……。『ロッキー・ホラー・ショー』のファンの盛り上がり方と野球の阪神ファンの盛り上がり方って、ちょっと似てるなって感じたんよ」

と、自身の見解を述べ始めた。

「どう言うこと?」と問う亜莉寿に、

「う~ん、プロ野球に興味がないと伝わりにくいかも知らんけど……。阪神タイガースって十年前に優勝して以降、ずっと成績が低迷してるにも関わらず、ファンの熱心さだけは変わらへんのよ。万年最下位に近い弱いチームなのに、甲子園球場には、十二球団で一番に近い数の観客が集まるし」

「そうなんだ!」と関心を示す亜莉寿。

「それに、ファンが勝手に始めた応援スタイルが定着して公式に認められて行くところもかな?あの風船を飛ばすスタイル自体は、甲子園球場で広島カープのファンが始めたってのが定説やけど……。それを大々的に取り込んで、球場のファン全体で始めたのは、阪神ファンやねんな。球団もそのスタイルを公認して、甲子園球場でも七回の攻撃が始まる前に風船を飛ばすための映像と音楽を作ったりして雰囲気を盛り上げようとするところなんかも似てるかなって思ったり」

「うんうん」と亜莉寿は、相変わらず熱心に話しを聞いてくれる。

「人気だけはある球団やから、マイノリティとは少し違うかも知らんけど……。弱小チームへ想い入れるのは、弱さゆえに応援してあげたくなるのか、その弱さに自分自身のダメな部分を見いだして、チームに思い入れを持ってしまうのか。これって、亜莉寿が言ってた《少数派への讃歌》って部分に共通するところもあるかな?」

「そっか~。確かに、そう言うところは似てるかも」

同意する亜莉寿に、気を良くした秀明は、さらに持論を展開する。

「それと、《抑圧からの解放》っていうのも……。甲子園に集まる観客って、チームを応援したいだけじゃなくて、ストレス発散のために来てる面があると思うねんなぁ~。夜の試合で背広を着てきた会社帰りの真面目そうなオッチャンが、ユニフォーム柄の法被を着替えたとたんに、ヒトがかわったみたいに大声を張り上げてる光景なんて、しょっちゅう見てるし」
「そうなんだ~。何か面白そうね!甲子園球場」

興味を示す亜莉寿に、秀明は

「いや、あんまり女子に薦める様な場所ではないかも知らんけど」

と笑いながら言い、

「あとは、愛のある野次とツッコミの存在かな?」と付け加える。

「確かに、『ロッキー・ホラー・ショー』の参加型上映は、野次とか茶々をタイミング良く入れる楽しみがあるけど。球場でも、そうなの?」

亜莉寿の問いに、答える秀明。

「阪神ファンには、定番のネタがあってな。十年くらい前まで代打で活躍してた川藤っていうファンから愛されてた選手がいたんやけど……。レギュラーで出場してる選手が打てない時には客席から、『川藤出さんかい!』『代打川藤!』って野次が飛ぶんよ」

「それで?」と続き促す亜莉寿。

「で、いざ監督が代打に川藤を告げると、客席から『ホンマに出してどないすんねん!?』のツッコミ。その声を聞いた打席に向かう川藤も思わずコケたとか、コケてないとか……」

オチを告げる秀明に、「ハハハ」と笑う亜莉寿。

「関西のヒトって、やっぱり面白いね!その選手って、あのビールのTVコマーシャルのヒト?」

一九九五年当時、ビール会社の販促キャンペーンとして、一九七〇年代から八〇年代に掛けて活躍したプロ野球選手OBが結集して、モルツ球団なる野球チームが結成された。

阪神タイガースOBの川藤幸三氏も、そのチームの一員として、TVのコマーシャルに出演していたのだ。
彼女の問いに秀明は答える。

「そうそう!桂ざこば師匠にツッコミを入れられてるのが、川藤さん。他の選手は、カッコいい感じに仕上がってるのに、『代打川藤』だけは面白ネタ扱いなんよな~。あのCM作ったヒト、多分、阪神ファンなんちゃうかな?」
「へぇ~。スポーツに、そんな楽しみ方があるなんて、知らなかった」

と感心するように話す亜莉寿に、

「いや、阪神タイガースとファンの関係は、ちょっと独特やけどね」

と秀明は苦笑して答える。
さらに続けて、

「ただ、そういう、ちょっとダメな部分をバカにするんじゃなくて、野次とかツッコミを入れつつ、阪神ファンが、そのダメな部分を愛してる様に見えるところは、観客から野次とツッコミを入れられる隙を作ってる『ロッキー・ホラー・ショー』の作品自体にも、ファンにも共通してるんじゃないかと思うわ」

と、自身の見解を締めくくった。
秀明が語り終えると、亜莉寿は、「おぉ~」と感嘆の声を挙げて、パチパチと手を叩き、

「さすがは、『シネマハウスにようこそ』のアリマ館長!坂野クンが、映画の番組にスカウトしようと思ったのも納得って感じ!」

と、秀明に賛辞の言葉を送った。

なお、補足をしておくと、この時、秀明が亜莉寿に語った持論は、すべて阪神タイガースが《暗黒時代》と呼ばれる低迷期を送っていた一九八〇年代後半から九〇年代末期までに当てはまることであり、二度のリーグ優勝と三度の日本シリーズ出場をはたした二十一世紀のチームには必ずしも当てはまらない部分がある。
また、同じく二十一世紀の現在では、プロ野球を始め、他のスポーツにおいてもファンが独自の応援スタイルを確立して、そのスタイルがチーム公認で広く浸透しているのは、阪神タイガースに限ったことではないことも、あわせて付け加えておきたい。
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