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遊馬友仁

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第11章~いつかのメリークリスマス~③

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自宅を出発して、ちょうど三十分後。
ビデオアーカイブス仁川店に到着した秀明は、自転車を店舗の前に止めて、店内に入る。
カウンターには、亜莉寿の叔父である、この店の店長・吉野裕之が立っていた。

「お久しぶりです」

と、秀明は店長に一声掛けてから、続けてたずねる。

「あの、亜莉寿……さんは、来てますか?」
「おお!有間クン来てくれたか!?アーちゃんは、奥で待ってるわ」

裕之店長は、入店してきた人物が秀明だと認識すると、すぐにカウンターに招き入れ、バックヤードに通してくれた。
カウンタースペースの数倍ほどの面積ではあるものの、さほど広くはないバックヤードで、吉野亜莉寿は、さらに小さく身を潜めるかのごとく、オフィス用チェアに腰掛けていた。
ドアを開けた秀明が、入室してくるのを目にした亜莉寿は、今にも抱きつこうかという勢いで立ち上がり、はにかみと申し訳なさが入り交じった様な表情で、

「有間クン……。来てくれて、ありがとう」

と、感謝の言葉を口にする。

「あの日の夜に、約束したからね」

と秀明は、落ち着いた口調の笑顔で返し、

「少し気持ちは落ち着いた?」

と、亜莉寿にたずねた。

「うん……。家を飛び出して、このお店に来た時は、パニックになっていてどうしようかと思ったけど、有間クンの声を聞いて、私の話しを聞いてもらったら、少し落ち着いたかな……」

彼女は、そう答える。

「そっか、それは良かった」

亜莉寿の表情と声色に、少しずつ生気が戻って来ている様子であることに安心した秀明は、さらに質問する。

「まだ、夕方の時間やけど、今日もう一回ご両親と話してみようという気持ちはある?」

彼の問いに、亜莉寿は一瞬、逡巡したあと、

「うん……。もし、有間クンが、そばに居てくれるなら……」

と、再び申し訳なさそうな感じで、ポツリとつぶやく様に答えた。

「そっか」

秀明は、返事をしたあと、ニコリと笑い、

「まあ、そのために来させてもらったからね!ただ、吉野家のご両親が、同席することを許可してくれたら、やけど……」

そう彼が告げると、同時に、コンコンと閉じていたドアがノックされた。

「あ~、立ち聞きしてしまった様で申し訳ないけど、そう言うことなら、アニキの携帯に電話して、オレの方から聞いてみようか?」

声の主は、店長の裕之だった。
どうやら、亜莉寿と秀明の会話は、薄いドアの向こうに筒抜けだった様だ。
二人は、少し気恥ずかしい様な気持ちを味わいながらも、彼の提案に甘えることにする。

「叔父さん、ありがとう!お願い」

亜莉寿は、パチンと両手を合わせて、叔父の好意にすがった。

「わかった!すぐに家には戻れそうか?」

二人にたずねる裕之に、

「少し、ご両親との話し合いに対する作戦を練りたいので、十五分だけ時間をもらえないでしょうか?」

秀明が答えた。

「わかった!じゃあ、三十分くらいで家に戻ると伝えておくわ」

裕之が応答すると、

「ありがとう!」
「ありがとうございます!」

二人も感謝の言葉を述べる

「ほな、しっかり作戦を練りや」

と、言って裕之はドアを閉めた。
亜莉寿と秀明は、顔を見合わせ、

「ちょっと小さい声で話そうか」

と申し合わせながら、バックヤード内に二つ置かれたオフィス用チェアに座り、ドアから離れた位置に移動する。
バックヤードの入口から、十分に距離を取ったことを確認して、秀明は切り出す。

「あらためて確認しておきたいんやけど、亜莉寿は、ご両親に、自分の将来の夢について話したことある?」

フルフルと、首を横に振り亜莉寿は、

「ちゃんと話したことは、ない」

と答える。

「今日、それを自分の口で、ご両親に伝えることは出来そう?」

秀明がたずねると、

「うん……。頑張ってみる」

亜莉寿は、決心した様に答えた。

「うん!それなら大丈夫。あと、亜莉寿が、どうして、その夢を持ったのか、ご両親に話すことが出来たら、もっと良いと思う」

秀明が言うと、亜莉寿も納得した様に、小さくうなずいた。
亜莉寿が、秀明の最初の提案に同意したことで、二人の話し合いはスムーズに進む。
まだ、時おり緊張している様子はうかがえるものの、彼女の表情にも、少しずつ明るい笑顔も見られる様になってきた。

話しを聞いてもらうために必要なこと───。
亜莉寿自身が話すべきこと───。
秀明がフォローできること───。
最後は、どのように締めくくるか───。

これらの内容を総合した、亜莉寿の両親との話し合いに関するシナリオは、ほぼ秀明が考えていた内容で組まれることになった。
秀明は、今回の交渉の相手である亜莉寿の両親の人となりを知らないことに、一抹の不安を感じていたものの、こればかりは、心配しても仕方ないと、自分に言い聞かせる。

(それに、彼女の両親なら、きっと……)

これまでの亜莉寿の言動や彼女の部屋で読ませてもらった本などから、察せられる彼女の両親の性格は、頑ななものではない。
あとは、二人が、いかに落ち着いて話しが出来るかにかかっている、と秀明は考える。

「じゃあ、頑張ろう!」

と言って、秀明が拳を突き出すと、亜莉寿も意味を理解したのか、握った拳を秀明の拳にぶつけた。
準備は整った───。

二人は、あらためてリベンジ・マッチに向かう決意を固めた。
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