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遊馬友仁

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第12章~(ハル)~①

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秀明が、自宅に帰り着くと、時刻は、午後七時を十五分ほど過ぎていた。
帰宅後の手洗い時に、涙が伝った顔も洗い流した秀明だったが、リビングに入り、

「ただいま。遅くなってゴメン」

と声を掛けられた母・千明の返答は、

「おかえり。まあ!目も顔も真っ赤にして!!外は寒かったやろ?」

というものだった。

「ああ、寒くて顔がヒリヒリしてたわ」

そう返す秀明に、母はさらにたずねる。

「大丈夫やった?電話の時の声も、何かこもって聞こえてたけど……」
「あ~、友達のお父さんに携帯電話を借りて電話させてもらったからかな?」

秀明が答えると、

「まあ、えらいハイカラなモノを借りて!ちゃんと、お礼は言うた?」

と、母は、いつもの調子で返してきた。
すでに社会人などに普及し始めていた携帯電話を『ハイカラなモノ』と称する母親に思わず笑みがこぼれる。

「使い方も教えてもらったから、ちゃんとお礼を言ってきたで」

答える秀明に、

「ん、そしたら、チャッチャッと座り!ピザもチキンも、もう温まるから」

母は着席を促す。
ダイニングテーブルには、夕方に母親が作っていたトマトサラダとフライドポテトが並んでいる。
秀明が席に着くと、父親の秀幸が

「友達のところに行ってたんか?」

と声を掛けてきた。

「ああ、遅くなってゴメン。ちょっと、進路のことで、ご両親と話し合いが必要になったみたいで……。その子の相談に乗ってたから、自分も、その場に参加させてもらった」

答える秀明に、

「友達は、上手く話し出来たんか?」

と再びたずねる父・秀幸。

「まあ、何とか自分の考えは伝えられたって感じなんかな?今日は、これから家族会議やって」

秀明が返答すると、キッチンから母が現れて、

「はい、お待たせ!ピザもチキンも温かくなったで」

と、今夜のメインディッシュを運んできてくれた。

「そしたら、いただこうか」

と言う父の声に、秀明も、
「いただきます!」

と手を合わせてから、ピザに手を伸ばす。
有間家のクリスマス・イブの団らんが始まったところで、秀明は、両親にたずねてみた。

「今日、家に行かせてもらった友達の話しを聞いてて思ったんやけど……。今すぐじゃなくても、もし高校を卒業して、オレが『海外に行きたい』って言ったら、二人はどう思う?」

母・千明は、

「あんた、英語しゃべれるん?まずは、ちゃんとコミュニケーションを取れる様にしてから考えたら?」

あっけらかんと言い放つ。
一方、父・秀幸は、

「何か海外で、やりたい事があるんか?」

と少し真面目な表情で聞き直してきた。

「いや、例え話やから具体的に何かやりたい事があるとかじゃないんやけど……。二人は、どんな風に思うかな、って聞いてみたかっただけ」

秀明が、そう返答すると、

「そうか……。真剣に何かやりたい事があって、それが海外でしか出来ない事なら、反対せんけどな。友達に影響されてとか、目的も無いまま、外国に行きたいと言うだけなら、賛成は出来へんな」

父が言うと、母は続けて

「そうそう。日本で出来ることも、たくさんあるやろう?野茂さんみたいに、メジャーリーグに入るなら、ともかく……。あっ、でも秀明がメジャーリーグに入ったら、年俸はたくさんもらえるか?そしたら、ウチの家計も助かるわ」

と笑いながら答える。

「なんで、野球部にも入ってない息子が、メジャーを目指す話しになるねん!」

秀明も、即座にツッコミを入れた。
しかも、やや天然キャラの母親は、『メジャーリーグ』をアメリカの野球機構ではなく、チーム名だと思っている様だ。
母と息子のやり取りを見ながら、父は

「まあ、将来やりたい事があるなら、いつでも話しは聞くから。気持ちが固まったら、早めに相談に来い」

と付け加える。
仁川からの帰り道、寂しさと悲しさで胸が締め付けられる様な想いを経験した秀明だったが、父の言葉と母の明るさに少し救われた気持ちになった。
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